13 悪魔の回転椅子4
日が傾き、街がオレンジ色に染まる。
屋敷に迎えに来たレオニスと、街の広場を抜け、遥香は帰路に就いていた。
事件が解決し、その足取りは軽い。
「今回も助かった。礼を言う。」
「いえ、原因がわかって良かったです。」
歩きながら、遥香はレオニスに事の次第を話した。
彼は相変わらず冷静な表情で、淡々と耳を傾けている。
広場の中央に差し掛かると、人だかりができていた。
何かの催し物だろうか、と首を伸ばすと、レオニスがさっと顔色を変え、遥香の目を手で覆った。
「レオニスさん…?」
レオニスの長い指の僅かな隙間から、40代程の歳の女性が太い木の柱に後ろ手に縛り付けられているのが見えた。
足元には藁が敷かれ、人々が群がっていた。
白い服の男性が声高々に言う。
「この魔女は悪魔と契約し、黒魔術を使い隣人を呪い殺した。よって火炙りに処する」
言い終わると、藁に火がつけられた。
ぱち、ぱち、と乾いた音を立てながら炎が藁に移り、女の足元に燃え広がる。
「っ……!」
遥香は息を呑んだ。炎の光がレオニスの指の影を揺らす。
「見なくて、いい。」
低く、押し殺した声だった。
「な、な、何をしているんですか……?な、なんで……!!」
「“魔女狩り"だ。」
レオニスの手がわずかに震えた気がした。
「ここでは、説明のつかない怪死が起きると、何者かが“魔術”を使ったとする。あの女性は……疑いをかけられたのだろう。」
遥香は、エルダの小屋へ来た喘息の親子の事を思い出す。
あの時、呪いをかけられたと父親は漏らしていた。
今回も同じ状況で、あの女性は嫌疑をかけられたのだろうか。
群衆の歓声は熱狂的だ。
狂気じみた喜びすら帯びている。
パチパチという音と共に炎が柱を包み、女の叫びが空に裂ける。
群衆はそれを歓声でかき消した。
目の前に広がる凄惨な光景に、遥香の膝は力を失いかける。
「はあっ…、」
肩で息をし、空気が上手く肺に入らない。
「行こう。」
「で、でも……もう…助けられないんですか……?」
レオニスは遥香を見下ろし、静かに首を振った。
「助ければ、俺たちも“魔女の仲間”だと見なされる。それに…もう……あの女性は…」
遠くで、パチ、と何かが弾ける音がした。
この時代では、病の原因を説明できる者は少ない。だから“異常なこと”は、すぐに魔女や悪魔の仕業にされる。
(……きっと…、あの人のせいじゃないのに…っ)
悔しさが喉元まで込み上げる。
だが、それを言う暇もなく、歓喜に満ちた人々がどっと広場に押し寄せてきた。
レオニスはその場から遥香を連れ出し、群衆から遠ざけた。
森へ続く小道へ入ると、そこはさっきまでの喧騒が嘘のようにしんと静まり返っていた。
ただ、木々の揺れる音だけが響いている。
遥香は震えが止まらなかった。
人が焼かれる瞬間など初めて見たのだ。
焼け焦げる匂いが鼻について未だに消えない。
レオニスは地面に膝をついて、遥香の背に手を添えている。
何も言わず、ただそっと——その静けさが遥香には救いだった。
しばらくして、遥香はゆっくり立ち上がる。
(……泣いては、いけない。)
慰めを求める悲劇のヒロインにはならない。
涙は甘えだ、と自分に強く言い聞かせる。
立ち上がった遥香をレオニスは見つめる。
その瞳には少し驚きが混ざっていた。
「……歩けるか。」
レオニスの言葉に、遥香はしっかりと頷いた。
「はい……もう、大丈夫です。」
足はまだ震えていたが、隠すように立つ。
「……そうか。」
レオニスは目を細め、遥香の足を見た。
何も追及はせず、ただそっと遥香の横に立った。
ふと、レオニスが口を開いた。
「…驚いただろう。」
遥香は少し考え、ゆっくりと答えた。
「…そうですね…。とても…。でも……それよりも……悔しかったです…」
「悔しい?」
「呪いで人が死ぬことはありません。あの人は…罪を着せられて、命を奪われました。もし、原因が分かっていたら、結果は違っていたかもしれません。」
「……そうだな。」
*******
「どうしたんだい!?」
エルダが青ざめた遥香の顔を見て、驚きの声をあげる。
遥香は僅かに口角を上げ、「大丈夫です」と告げる。
2階へ上がり、ベッドに飛び込む。
(…もう、眠ってしまいたい…)
そう思い瞼を閉じても、パチパチと燃える炎の光は消えず、心に焼き付いて離れなかった。
(私に…、出来ることを、しよう)
遥香は決意した。
魔女とされた人々が少しでも救われるように。
呪いではなく、“病”として理解される世の中に近づけるために。




