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冨がある者へ雨水を飲め

作者: 猫柳 星
掲載日:2025/09/04

富がある者へ雨水を飲め。

男は、この街で一番高いビルの屋上に立っていた。

この街のすべての富が、彼の足元に広がっていた。

煌びやかなネオン、高速道路を流れる高級車のライト、

そして、まるで宝石を散りばめたように瞬く、無数の窓の光。

男の名は、シュウ。

彼は、この街の富の、支配者だった。

人々は、シュウを神のように崇めた。

彼の一言で、株価は乱高下し、新しいビルが建ち、古いビルが消えた。

彼は、何もかもを手に入れた。

しかし、その顔には、虚ろな影が落ちていた。

ある日、シュウは、彼の秘書に言った。

「私のために、最高の水を、探してきてくれ」

秘書は、世界中を駆け巡った。

ヒマラヤの氷河から溶け出した水、

アマゾンの奥地でしか手に入らない聖なる泉の水、

月の光を浴びた特別な鉱石から湧き出る水。

秘書は、あらゆる水をシュウに差し出した。

しかし、シュウは、どれも一口飲むと、静かに首を振った。

「違う。どれも、私の渇きを癒すことはない」

彼の渇きは、喉の渇きではなかった。

それは、心を満たすことのできない、魂の渇きだった。

彼は、すべてを手に入れたと思っていた。

だが、そのすべては、彼の心を、より深く、渇かせていったのだ。

その夜、シュウは、雨が降る中、一人、ビルの屋上に立っていた。

冷たい雨粒が、彼の頬を伝う。

彼は、ふと、空を見上げた。

街の光に隠されて、星ひとつ見えない、暗く、重い空。

彼は、手のひらを空に向けて広げた。

冷たい雨粒が、手のひらに落ちてくる。

それは、何の変哲もない、ただの雨水だった。

シュウは、その雨水を、ゆっくりと口に運んだ。

その瞬間、彼の心臓が、大きく脈打った。

それは、彼の人生で、一度も味わったことのない味だった。

雑味がなく、ただ、ひたすらに、純粋な味。

それは、空が、この世界に与えてくれた、無料の贈り物だった。

そして、その雨水は、彼の心の渇きを、静かに、ゆっくりと癒していった。

彼は、すべてを手に入れたと思っていた。

しかし、本当に大切なものは、空から、ただ降ってくるものだった。

彼は、その雨水を飲み干すと、静かに、そして、深く息を吐いた。

彼の虚ろだった瞳に、初めて、光が宿った。

シュウは、次の日、すべての富を捨てた。

彼は、ただの、一人の男に戻った。

そして、この街で、人々に語り始めた。

「富がある者よ、雨水を飲め」

人々は、彼の言葉を嘲笑った。

「愚かな男だ」と。

しかし、シュウの言葉は、まるで、水面に落ちた波紋のように、人々の心に静かに広がっていった。

それは、富では満たされない、心の渇きを抱える、すべての人々への、静かな問いかけだった。

シュウは、今日も、雨が降る中、空を見上げ、手のひらに落ちてくる雨水を飲んでいる。

彼の顔には、もう、虚ろな影はなかった。

ただ、満たされた、穏やかな光が宿っていた。


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