核爆弾が降ってきた
(`・ω・´)えらいこっちゃ
ちなみに不発弾です。
核爆弾が降ってきたのは、五月の中旬、ちょうど田植えの時期だった。
昼前、スマホが不気味な音を立てた。「ミサイル発射」の通知が、画面の上に静かに現れた。
村の防災放送が流れた。「ミサイルが日本に向けて発射されました。頑丈な建物に避難してください」という女性の合成音声。
けれど、村には頑丈な建物もなかった。
逃げようにもどこへ逃げればいいのか分からず、あぜ道の途中で立ち尽くす者もいた。
子どもを抱えた母親が土蔵の中に走り込むのを見た。
そして、ほんの数分後のことだった。
空が閃いた。
爆音が響いた。
遠くの雲が割れたように見えた。
だが、村は無事だった。
上空で何かが爆発したのは確かだったが、衝撃波も、熱も、放射線も届かなかった。
あれは何だったのか。
その答えが見つからぬまま、村人たちは一夜を過ごした。
翌朝。田んぼの真ん中に、奇妙なものが落ちていた。
それは、まるで最初からそこにあったかのように鎮座していた。
銀色の筒。長さは観光バスほど。表面には傷ひとつなく、異様なほど艶やかに光を反射していた。
先端は丸く、全体に緩やかなカーブを描いていたが、どこか人工物らしからぬ静けさをまとっていた。
──落ちてきたのは、核弾頭そのものだった。
「政府は……何も言ってこないんですか?」
村役場の会議室で、誰かが言った。
落下から一週間が経っていた。自衛隊も来なかった。記者会見もなかった。
ニュースでは最初こそ大きく報道されたが、「弾頭は不発でした」「詳しい調査中です」との一報のあと、ぴたりと報道が止まった。
「問い合わせはした。返答は“安全確認中につき立入禁止”の一点張りだ」
係長が疲れた声で言った。「撤去については、検討中とのことだ」
検討中。
村の真ん中に爆弾があるのに。
けれど、珍しいものには、人が集まる。
最初は、大学生だった。東京から車で来たという若者たちが、田んぼの脇に三脚を立て、爆弾をバックに記念写真を撮った。
「#不発弾マジ現物」「#平和ってなんだ」
そんなタグとともに、SNSに写真が投稿された。
やがてぽつぽつと、他の見物人が現れた。
週末になると、車の列ができるようになった。
道路沿いには簡易トイレが設置され、自販機も置かれた。
誰かが勝手にテントを張り、「アレ見学スポット」と書いた木の看板まで立った。
「アレ」とは、核爆弾のことだった。
ひと月後、「不発弾見学ツアー」が始まった。
主催は地元商店会だった。
役場は最初、断固反対したが、「ほっといても人は来る」と押し切られた。
それからというもの、村はちょっとした観光地になった。
ミサイル型の饅頭。爆弾のイラスト入りTシャツ。
「放射能除けお守り」なる、効果のほどが怪しいキーホルダー。
ツアーバスの出入りとともに、村の空気が、少しずつ変わっていった。
それでも、常にどこか怯えた影があった。
本当に、爆発しないのだろうか。
何かの拍子に、起動するのではないか。
中にまだ、何か生きているのではないか。
夜中、静かに風が吹き抜けるたび、爆弾は月光を反射して光った。
まるで、こちらを見ているかのように。
それでも、誰も撤去しようとは言わなかった。
触るのが怖かった。責任を取りたくなかった。
だからただ、「あるもの」として受け入れ、日常の中に組み込んだ。
秋が近づく頃には、爆弾にはあだ名がついていた。
最初に言い出したのは、近所の子どもだった。
「ねえ、アレさんって、まだいる?」
それが村の中で広まり、誰言うとなく「アレさん」と呼ばれるようになった。
爆弾にさん付けする奇妙さを、誰も指摘しなかった。
その方が、少しだけ怖くなくなる気がした。
アレさんの前で手を合わせる人もいた。
おばあちゃんが線香をあげ、「どうかこの村を見守ってください」と祈っていた。
「昨日、アレさんのそばで祈ったら腰痛が治った」という噂まで広がった。
それが本当かどうかは分からない。
ある晩、村に住み着いた青年が、アレさんのそばで焚き火をしていた。
SNSでバズったのをきっかけに、都会を離れてきた移住者だった。
「……あのさ、アレが落ちてきた日、俺、会社で怒鳴られてたんだよ」
青年は、誰にともなく呟いた。「くだらねえ書類のことで。俺の人生、この程度かって思ってた」
「でも、帰りにスマホが鳴って、ミサイルだって知って……。そん時、ふと笑っちゃってさ」
「こんな終わり方するなら、仕事とか全部どうでもいいやって」
火はぱちぱちと音を立てていた。
アレさんは黙っていた。
そして、それがちょっと救いだった。
冬になっても、アレさんは動かなかった。
雪が積もれば、白い帽子をかぶったようになり、春には花が咲く周りの畔に、カメラを構える人たちが集まった。
不思議なもので、「いつか撤去されるんだろう」という感覚は、どこかへ消えていった。
もうここにあるのが当たり前で、ない方が不自然に思えるほどだった。
村の人も、よそから来た人も、それぞれの理由でアレさんを見に来た。
不安な顔でじっと見つめる者もいれば、記念写真を撮って笑う者もいた。
中には、「アレさんのパワーを感じます」と言って涙ぐむ人までいた。
不発弾のはずなのに、アレさんはなぜか、人を引き寄せた。
やがて春が来て、また田植えの季節がめぐってきた。
去年と同じように、空には燕が飛び、土の匂いが風に混じった。
田んぼに並んだ苗の列の向こう、アレさんは相変わらず銀色の光を放っていた。
政府からは、いまだ何の返答もなかった。
誰もそれを不思議とは思わなくなった。
撤去されるかもしれないが、それは今日ではない。
たぶん、明日でもないだろう。
だから村人たちは、いつも通りの朝を迎え、それぞれの一日へと足を運んでいった。
アレさんのそばを通るときは、少しだけ歩幅を狭めて、息を整える。
何も起きない日が、今日もまた、ありがたかった。