表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

核爆弾が降ってきた

作者: たこはち

(`・ω・´)えらいこっちゃ


ちなみに不発弾です。

核爆弾が降ってきたのは、五月の中旬、ちょうど田植えの時期だった。


昼前、スマホが不気味な音を立てた。「ミサイル発射」の通知が、画面の上に静かに現れた。

村の防災放送が流れた。「ミサイルが日本に向けて発射されました。頑丈な建物に避難してください」という女性の合成音声。

けれど、村には頑丈な建物もなかった。


逃げようにもどこへ逃げればいいのか分からず、あぜ道の途中で立ち尽くす者もいた。

子どもを抱えた母親が土蔵の中に走り込むのを見た。


そして、ほんの数分後のことだった。


空が閃いた。

爆音が響いた。

遠くの雲が割れたように見えた。


だが、村は無事だった。


上空で何かが爆発したのは確かだったが、衝撃波も、熱も、放射線も届かなかった。

あれは何だったのか。

その答えが見つからぬまま、村人たちは一夜を過ごした。


翌朝。田んぼの真ん中に、奇妙なものが落ちていた。


それは、まるで最初からそこにあったかのように鎮座していた。

銀色の筒。長さは観光バスほど。表面には傷ひとつなく、異様なほど艶やかに光を反射していた。

先端は丸く、全体に緩やかなカーブを描いていたが、どこか人工物らしからぬ静けさをまとっていた。



──落ちてきたのは、核弾頭そのものだった。


「政府は……何も言ってこないんですか?」


村役場の会議室で、誰かが言った。

落下から一週間が経っていた。自衛隊も来なかった。記者会見もなかった。

ニュースでは最初こそ大きく報道されたが、「弾頭は不発でした」「詳しい調査中です」との一報のあと、ぴたりと報道が止まった。


「問い合わせはした。返答は“安全確認中につき立入禁止”の一点張りだ」

係長が疲れた声で言った。「撤去については、検討中とのことだ」


検討中。


村の真ん中に爆弾があるのに。


けれど、珍しいものには、人が集まる。


最初は、大学生だった。東京から車で来たという若者たちが、田んぼの脇に三脚を立て、爆弾をバックに記念写真を撮った。


「#不発弾マジ現物」「#平和ってなんだ」


そんなタグとともに、SNSに写真が投稿された。


やがてぽつぽつと、他の見物人が現れた。

週末になると、車の列ができるようになった。

道路沿いには簡易トイレが設置され、自販機も置かれた。

誰かが勝手にテントを張り、「アレ見学スポット」と書いた木の看板まで立った。


「アレ」とは、核爆弾のことだった。


ひと月後、「不発弾見学ツアー」が始まった。


主催は地元商店会だった。

役場は最初、断固反対したが、「ほっといても人は来る」と押し切られた。

それからというもの、村はちょっとした観光地になった。


ミサイル型の饅頭。爆弾のイラスト入りTシャツ。

「放射能除けお守り」なる、効果のほどが怪しいキーホルダー。

ツアーバスの出入りとともに、村の空気が、少しずつ変わっていった。


それでも、常にどこか怯えた影があった。


本当に、爆発しないのだろうか。

何かの拍子に、起動するのではないか。

中にまだ、何か生きているのではないか。


夜中、静かに風が吹き抜けるたび、爆弾は月光を反射して光った。

まるで、こちらを見ているかのように。


それでも、誰も撤去しようとは言わなかった。

触るのが怖かった。責任を取りたくなかった。

だからただ、「あるもの」として受け入れ、日常の中に組み込んだ。



秋が近づく頃には、爆弾にはあだ名がついていた。


最初に言い出したのは、近所の子どもだった。


「ねえ、アレさんって、まだいる?」


それが村の中で広まり、誰言うとなく「アレさん」と呼ばれるようになった。

爆弾にさん付けする奇妙さを、誰も指摘しなかった。

その方が、少しだけ怖くなくなる気がした。


アレさんの前で手を合わせる人もいた。

おばあちゃんが線香をあげ、「どうかこの村を見守ってください」と祈っていた。

「昨日、アレさんのそばで祈ったら腰痛が治った」という噂まで広がった。


それが本当かどうかは分からない。


ある晩、村に住み着いた青年が、アレさんのそばで焚き火をしていた。

SNSでバズったのをきっかけに、都会を離れてきた移住者だった。


「……あのさ、アレが落ちてきた日、俺、会社で怒鳴られてたんだよ」

青年は、誰にともなく呟いた。「くだらねえ書類のことで。俺の人生、この程度かって思ってた」

「でも、帰りにスマホが鳴って、ミサイルだって知って……。そん時、ふと笑っちゃってさ」

「こんな終わり方するなら、仕事とか全部どうでもいいやって」


火はぱちぱちと音を立てていた。

アレさんは黙っていた。

そして、それがちょっと救いだった。


冬になっても、アレさんは動かなかった。

雪が積もれば、白い帽子をかぶったようになり、春には花が咲く周りの畔に、カメラを構える人たちが集まった。


不思議なもので、「いつか撤去されるんだろう」という感覚は、どこかへ消えていった。

もうここにあるのが当たり前で、ない方が不自然に思えるほどだった。


村の人も、よそから来た人も、それぞれの理由でアレさんを見に来た。

不安な顔でじっと見つめる者もいれば、記念写真を撮って笑う者もいた。

中には、「アレさんのパワーを感じます」と言って涙ぐむ人までいた。


不発弾のはずなのに、アレさんはなぜか、人を引き寄せた。


やがて春が来て、また田植えの季節がめぐってきた。


去年と同じように、空には燕が飛び、土の匂いが風に混じった。

田んぼに並んだ苗の列の向こう、アレさんは相変わらず銀色の光を放っていた。


政府からは、いまだ何の返答もなかった。

誰もそれを不思議とは思わなくなった。

撤去されるかもしれないが、それは今日ではない。


たぶん、明日でもないだろう。


だから村人たちは、いつも通りの朝を迎え、それぞれの一日へと足を運んでいった。


アレさんのそばを通るときは、少しだけ歩幅を狭めて、息を整える。


何も起きない日が、今日もまた、ありがたかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ