かもしれない
「じゃあ、話はこれで終わりだ」
その後も学校生活についてなど色々と話し、なにか納得していない表情でシャロム先生は席を立った。
正直何が不満なのか分からないが俺も帰るために席を立つ。
「でも覚えておけよ。春休みが明けても何も変わっていないようだったら、本気でおまえの家行くからな」
「肝に銘じておきます。でも先生、一年担当の学年主任でしたよね。次俺二年ですけどまた俺たちの学年担当するんですか?」
「ああ。最初は一年生担当という契約だったんだが、お前たちの学年は卒業するまで主任は私がすることに変更したんだ」
……なぜだ。なぜ変えたんだ。そしたら卒業まで怖い先生がずっといることになるじゃないか
「言っとくが、理由は聞かれても答えないからな」
……なんでだ。なんで答えないんだ。そしたら変えた理由が気になるじゃないか
でもこの人のことだから家がらみとかそんなんが理由だろう。どっちにしろ怖い理由には違いない。
教室を出て一緒に並んで廊下を歩く。
「あ、そういえば先生。去年やったB階級模擬試験って今年もやるんですか?」
「ああ、多分な。今年はDかC階級になるかもしれないが、少なくとも模擬試験自体はやるだろう」
「えぇ……やるんですか?俺あれやりたくないんですよねぇ。試験や面接をやるのだって嫌なのに、結果が採点されて返ってくるのがさらに辛いんですよ。それにいい評価取ったからって、実際に階級貰えないんじゃ意味ないんじゃないですか」
「それを馬鹿の考え方と言うんだ。ま、分からんでもないぞおまえの気持ちはな。去年は結果が悪すぎて審査員にボロクソに言われてたからな。涙目になりながら凄く落ち込んでたもんなぁ、あの時」
「……涙目には、なってないですよ」
あまり触れてほしくない過去だったので、窓の方に顔をそらした。
すると複数の女子生徒が校門に向かって歩いているのが見えた。
数が多いな、と思ったがグループの中心の人物に見覚えがあった。
(確か彼女は……)
「なんだ、ついに女に手を出そうと品定めか?」
横から声がしたと思えばシャロム先生が蔑んだ眼でこちらを見ていた。
「そんなんじゃないですって。ただ、見覚えのある人がいたと思って」
先生も窓を覗く。そして俺が見ていた集団を見つけ、あぁと呟くと俺が言った人物の名を口にした。
「ロザリア・ミシェルだな。話をしてればというヤツか、これが」
ロザリア・ミシェル。名のある名家の一人娘で、ある意味この学校にふさわしい生徒だ。
成績は常に上位で誰に対しても礼儀正しく、そして心優しい優等生。学年や身分、そして男女問わず多くの人と親交がある学校の人気者。
そして容姿もいい。細い体に綺麗な長い黒髪をストレートに下している姿は、真っ先に清楚という言葉が出る。おっとりした雰囲気で整った穏やかな顔立ち、花を連想させる笑顔は誰もが見惚れる。学校の美人ランキングでも先生と同じトップ5に毎回入っているほどだ。
どうやら今は下校中らしい。
「友達多いですよね」
「彼女ほどの人格者だからな。私も含め、教師陣でも彼女を好意的に見ている者がほとんどだ。優等生という言葉は彼女のような人間の為にあるんだろう。どこかの誰かとは違って好成績で理事長からの覚えもいい」
「……でも俺、彼女のことよく知らないんですよね。去年はクラスが違ったし、多分まともに話した事もないと思います」
「それが正しい。おまえみたいなポンコツと話すとに変な影響が出るかもだからな」
いや、ホント流れるように俺を貶すねこの先生。
成績不良な生徒にはこんなこと言ってくるのか?よく問題にならないな……
これが俺と彼女の違いか、と思いながらボケーと眺めていると、視線を落とした状態でシャロム先生が呟いた。
「…………おまえも、彼女が好きなのか?」
「……ん?」
「当たり前だがミシェルは相当モテる。一月に三回告白されるなんてのも珍しくない。だからおまえも……他の、生徒みたいに、好意を持ってるのかと思ってな」
言ってる意味は分かったが、俺が彼女を?
「ないですよ、さっきも言いましたがまとも話したこともないんです。人となりもよく分かってないですし、そんな状態でいきなり告白したら相手に迷惑ですからね。そりゃあ綺麗とは思いますけど、一目惚れって訳もでもないし…………それに」
「それに?」
「……………………いや、なんでもないです。とにかく、そんな感情はミシェルさんに抱いてないですよ」
先生は納得してくれたが、それでも少し腑に落ちない顔をしていた。ミシェルさんに好意を持たないことがそれほど意外なのだろう。
だが本当に俺は彼女に好意を持ってない。話してみれば変わるかもしれないが、今は彼女のことは分からない。
それに、恋だの愛だのなんて……
『ねぇ、どうして分かってくれないの???』
「―――」
一瞬だが吐き気がした。あんなこと思い出すからだ。
「しかし下校にしては少し遅いな。ホームルームが終わって四十五分経ってるぞ」
何か神妙な顔でミシェルさんを見ていた先生はそう口にする。
頭を振って無理やり意識を戻し、俺も先生の視線を追う。
確かに少し変だ。俺は先生に言われて居残りさせられて、なんだかんだで遅くなったが、今日は学校のクラブ活動がないので他の生徒はもう帰っているはずだ。
「なんか先生からの呼び出しでもあったんですかね?」
「職員室でそんなの聞いてないし、それでもこんなにかからないだろう。それに周りの生徒は、進路関係で居残るよう言われて帰りが遅くなった上級生達だ」
どうして先生が他学年の生徒の事情を知ってるのかはともかく、ミシェルさんは一緒に帰る約束でもしていたのだろうか。それにしては同じ学年の生徒と帰っているような。
「それに私がおまえのところに行く時に彼女を見かけたが、もう帰るような感じだったんだがな」
「うーん……じゃあ元々帰りが遅い人達で帰ってたけど、後からミシェルさんが入った感じですかね」
どうしてか彼女は帰りが遅くなって、帰りが遅いグループとたまたま会ったみたいな。
「ま、よく分かりませんが、大したことではないんでしょう。先生だか生徒だかの手伝いをして、思いのほか遅くなったんじゃないですかね」
別に関係ないことだったのであまり興味もなく、俺は廊下を歩いて行った。
「……そうだな」
先生は何か考えていたが、少し遅れて歩きだした。
今思えば、先生は気づいていたかもしれない。
生徒と真剣に向き合っていたから、その違和感に気づいていたのかもしれない。
俺が歩きださず、もう少しあの場にいたら確信できていたのかもしれない。
もしあの場で、それに気づくことが出来たら、あんな悲劇は起きなかったかもしれない。
後悔はいつも未来で。かもしれない、と嘆いても過去は変えられない。
でも……もっと早くに、俺が彼女と関わっていたら、その無理して作っていた笑顔に、気づいてたかもしれない。
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