脅してくる教師
二月二日。金曜日。
明日からこの魔法専門学校ヒストリアは春休みに入り、生徒たちは長期間の休みに胸を躍らせている。
この休みに家族や友人達と遠くの街や国へ旅行する者、魔法の修行に専念し道を拓いていく者、何もせず自堕落な生活を楽しむ者など、多くの生徒が春休みを如何に過ごすか考えていることだろう。
ちなみに俺、カエデス・メタスタシスはどちらかというと自堕落派なのだが、今はそんなこと言ってられない状況に陥っていた。
現在十二時四十五分、場所は生徒指導室。憂鬱な気分で椅子に座りとある先生を待っていた。
今日は十二時半には学校が終わるというので内心ウキウキだったのに、何でこんなところにいるのだろうか。
いや、実のところ理由は分かっているのだが絶賛現実逃避中なのである。
外では下校中生徒たちの笑い声が聞こえてくる。きっと今後の予定を立てているのだろう。
俺も友達と楽しい予定を立ててみたいものだが、数少ない友人達は別の連中と予定があると思われるので、残念ながら俺は春休み中ボッチな気がする。
そんな悲しい現実を想っていると、生徒指導室の扉をガチャリと開いた。
「ほう。逃げずに来たんだな、おまえ」
扉の外にいた人物は椅子に座っている俺を見て、不機嫌そうに顔をしかめた。
細身でスレンダーという人気モデルとしか思えない体型に、赤色の長い髪を束ねたその姿は、凛々しいという言葉にピッタリである。
ピシッとしたワイシャツにスーツスカートを着ていたのも相まって、そのキリっとした顔つきはいかにも『仕事ができる』という厳格な雰囲気を纏った美女であった。
この女性はこそ俺をこの教室に呼び出した人物で、一年の学年主任でもあるシャロム・ヘルメス・トリスメギストス先生だ。
トリスメギストス家は革新歴初期から存在する魔法界トップの座に位置する家系であり、魔法の発展を昔から支えてきた三大貴族との一つである。
名前の通り三大貴族は普通の貴族よりも強い権力を持っており、中でもトリスメギストス家は外交的で知られていて、政治関係の話題だと必ずその名が出るほどだ。
このシャロム先生はそんな家の次期当主の最有力候補らしいく、家での自分の評価を上げるためにこの学校の教師になったらしいが、正直そんなこと必要ないと言われていた。
というのもこれがまたすごい人で、魔法使いとして五段階ある階級で、世界でも三十人ほどしかいない最高位のA階級を獲得している。
そしてシャロム先生はその中でも強く、魔法界最強戦力の称号、五人いる『異能の守護者』の序列三位に匹敵するのではないかと囁かれている。
家柄、容姿、実力ともに文句無しで、月に何回もお見合いの話が来るらしい。
当然学校内での人気も高く、生徒教師含めた学校の美女ランキングではトップ5に入るほどだが、同時に怖い人ランキングでもトップ5でもある。
生徒に対して厳しく高圧的で、問題を起こす生徒には体罰も厭わないその姿に、いつしか『悪魔のシャロム』という呼び名が付いていた。
不良生徒十数人に起こった『血まみれの空き部屋事件』はあまりにも有名だ。
相手が先輩教師でも容赦なく指示を出していたりもして、学校のヒエラルキーは校長先生よりも上なのではと囁かれている。
しかし、保護者や他の教師にも物怖じしない態度と生徒の面倒見の良さから、生徒達からはなんだかんだで慕われている先生だ。
そんな先生は、ヒールでコツコツと音を立てて教室に入ってきた。その表情からは俺を見下しているのが判る。
「逃げませんよ、先生に直接言われたら誰でも来ますって」
「フン、そういう割には何度か来ないことがあったじゃないか。しかし残念だ、今回来なかったら‟特別指導”を受けさせようと思っていたんだがな」
対面の椅子にドカっと座り足を組み鼻で笑うと、こちらに向ける目を細めた。
その‟特別指導”とやらは知らんが絶対にやばいというのは分かる。
「なんか怖いんですけど。そもそも来れなかったのはちゃんとした理由があるって言ってるじゃないですか」
「何度も聞いてるし何度も言ってるがそんなのはただの言い訳だ。お前は来なかった、それが事実だ」
ちくしょう、なんて血も涙もない……!
他の生徒にはちゃんとした理由があるなら分ってくれるのに不公平じゃないかこれは……!
「そんなことよりカエデス。どうしてここに呼ばれたのか分かっているな、言ってみろ。あぁ、見当違いなことをぬかすならぶん殴るからな」
「ホント物騒ですね……昨日渡された成績のことですかね?」
「なんだ面白くない。正解だ。殴りたかったのにこういう時に気が利かないな、おまえは」
昨日、一年後期の成績が渡されたのだがそれがかなり酷く、担任の先生にもヤバいと言われたので理由は分かっていた。
が、正解したというのに先生はわざとらしくため息を吐き、つまらなそうなヤツだなと言わんばかりに俺を見つめてくる。ひどい。
……というか、公然と殴りたいだなんて言うこの人が怖い。
「分かっていると思うがお前の成績はとんでもなく悪い。A⁺~Eの評価でほとんどがDかEだ。実技に関してはほとんどEだ」
先生は手に持っていた書類をバサリと机に広げ、何枚か適当に選んで読んでいるのだが、読み進めるたびに目から色が冷たくなっていく。
「魔力供給科目、展開・発動科目、術式科目、結界科目に魔法具の作成……はは、不真面目な生徒でもDかCだぞ、凄いなおまえ」
ハハハと笑っているが目が笑っていない。今日、俺死ぬのではないだろうか?
「おいおいおい、身体能力科目D⁺ってなんだよ。魔法以外もダメじゃないか」
「でもプラス付いてる分ただのDよりマシっすよね」
「……あ?」
「噓ですなんでもありません」
俺なりのジョークだったが、目に殺意を宿していたので謝った。
それにしても他人の口から言われると自分の成績の悪さに本当に驚く。ちゃんと学校に来てこれなのだから最早才能ではないだろうか……まあ、そんなこと言うと本気で殴ってきそうだから言わないが。
「ここまで酷いのは初めてだよ。というか実技だけじゃなくて筆記も悪いじゃないか、勉強しろよ。そんなんだから毎度テストの度に慌てる羽目になるんだぞ」
それに関してはホントに正論なので反論ができない。ただ、どうしても勉強は辛いし楽しくないというのがあるし、何より一番の問題がある。
「すみません。自分でも分かっているんですけど、めんどくさいんですよね、勉強」
そう、純粋にめんどくさいのであった。世界の歴史とか今の政治経済とか人間の身体の仕組みとか、そんなもん聞いてるだけで眠くなる。
俺のダメさ加減を再認識したのか、今度は大きくため息をつく先生。
そして姿勢を正し、真剣な眼差しで俺を見据えた。
「いいか、よく聞け。ここは様々な分野で活躍している魔法使い達を数多く輩出している、いわゆる上位校というヤツだ。そして他とは違い、平民も入れるのが大きな特徴でもある。似たような学校は完全に貴族専用になってしまったからな。これがどれだけ凄いことか解るか?質の高い講義を、平民でも受けられるということを」
魔法学校は魔法の素質がある者達が魔法を教わる場所なのだが、どの学校もそれなりに金がかかる。費用を抑えた学校もあるのだが、そうなると十分満足のいく講義を受けられなくなってしまう。
そのため金持ち貴族が行くような学校が、もちろん例外もあるが、ランクの高い学校ということになっている。
そして昔から存在する学校はそうした傾向が強く、その中でも『ヒストリア』は上位校とも呼ばれる学校の一つだが、平民でもさほど金がかからずに入れるというのが特徴なのだ。
だが、最近これが問題になっていた。
「しかし、だ。現在平民の受け入れは止めるべきという意見も出ている。なぜか解るか?粗暴が悪く成績の低い生徒は平民出身の方が多いからだ。古き良き魔法学校が下劣な者を出すなど恥だ、教師陣でもそういうヤツもいる。おまえがこのままだとこれから来る優秀な平民出身の後輩の未来を潰す事になるぞ」
(未来を潰す……か)
俺のせいで未来ある若者がこの学校に入れない、と言われると何だか申し訳なくなる。
正直、そろそろ退学の危機なため死ぬ気でやるしかないのでは、と考えていたので先生の話に大きく頷く。
「……分かりました。今度から、というか去年からやっとけよと自分でも思ってましたけど、ちゃんと努力します」
「努力はしなくていい、結果を出せ」
俺が頑張る宣言をしたのに相も変わらず厳しい口調で心にくる。これもそれも俺がポンコツ生徒なせいだからか。
と考えていると、先生は俯きだし小声でボソボソ喋りだした。
「……しかし、カエデスの成績がこのまま上がるとは思えないな。ここは私自ら学校で……いや、それだと時間に限りがあるし、家の連中が邪魔してくるかもしれない……なら、そうだな、うん」
なんか一人でぶつぶつ自問自答しているが、いきなり顔を上げ、なんか背筋を伸ばして……
「今回の春休み、私がおまえの家に泊まり込みで魔法の実技と勉強を見てやろう」
とんでもないこと口走ったのである。
「え、ええええええ!!!!何言ってんスか!!前に俺一人暮らしって言いましたよね!?それ以前に教師が生徒の家に泊まり込むってダメでしょう!!?」
「なにを言ってるんだ、どうせおまえみたいな奴が努力すると言って本当にするわけないだろ!それに泊まり込みは大丈夫だ、私が理事長を説得すればいい話だからな」
得意げに胸を張っているが圧倒的にアウトである。てかさっき理事長に何するって言った?
「それに勘違いしていないか?これはおまえのためじゃない、私のためだ。私が担当した学年のおまえがこんな状態で家での私も評価が落ちたりなんかしたら当主になるのが更に困難になるからな。評価を下げたらこの学校の教師になった意味がない」
こちらがあたふたしていると、少し早口で説明してくる。
……なんだそうだったのか。なんか入学当時から俺に対してことあるごとに突っかかってくると思っていたが、自分の家のことで必死になっていたんだな。
俺の評価が落ちていくのは構わないが、こんなにも頑張っている先生の評価が落ちることは避けなければいけない。
(これはもう本気でやるしかないな)
正直実技の方は諦めているが、最低でも筆記の方をどうにかして上げなければいけない。
あの何が面白いんだが分からない教科書と向き合うことにしよう。
「そうだったんですね先生……確かに先生の沽券にかかわる内容でした。任せてください……!俺、二年から頑張って成績を上げて先生の迷惑にならないよう頑張ります!」
自分の想いを高らかに叫んだ……が。
「……そうか」
と、どこか拗ねたような表情で俺を見てくるシャロム先生。
……たまにこんな顔になるが、その理由が未だによく分からないのだった。
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