その後
――墓の前で手を合わせる。
国や宗教によっては手を組んだりするらしいが、この行為で重要なのは死者を想う気持ちということ。
その想いが愛情なのか憎悪なのかは当人でしか知りえないが、墓の前ではこうすることが決まりだという。
何故ならこの行いが死者にとっての礼節であり、礼儀でもあり、祈りなのだから。
(……ある意味確認なのかもな。この人は死んだってことの)
花が置かれた墓を眺めながら、そんなことを考える。
今日俺はおっちゃんの墓参りに来ていた。
昼ぐらいにセーレの家に行く事になってるが、その前にここに寄ることにしたのだ。
「…………………」
墓参りにはたまに行くがことがあるが、毎回言うべき言葉が見つからない。思い出がある人とほど、考えこんでしまう。
今も二十分近くここにいるが、何も言えずに墓の前で立ち尽くしている。
と、ザッザッとこちらに来る足音が聞こえた。
振り返ると紙袋と花束を抱えてた、おっちゃんの奥さんがやって来た。
「あら、来てくれたのねカエデス君」
「お久しぶりです」
軽く挨拶すると奥さんは持っていた紙袋を下ろし、墓の前に花束を置き手を合わせた。
やはりまだ引きずっているのか、その横顔からは少し影を感じる。
祈りが終わったのか、こちらに振り向く。
「ありがとね、主人の墓参りに来てくれて」
「いえ、俺もお世話になったものですから」
「あの人の店に来てくれて感謝してるわ。いつもあなたがお店に来たことを喜んで話していたの」
「そんな大きなことはしてないですよ、俺はあそこに買物しに来ていただけなんですから」
「それだけでいいのよ。元々あの人が趣味でやっていただけなんだもの、ただ人が来るだけでも十分だったのよ」
そう言う彼女の顔は悲しそうに、でも少し嬉しそうな顔に変わっていた。
おっちゃんが店を開いた理由を聞いているんだろう。だからこそ、楽しそうにしているおっちゃんが嬉しかったんだろう。
「あのお店ね、閉めようと思っているの。あの人が始めたことだし、それを私が引き継ぐのは何か違うような気がして」
「それでいいと思いますよ。おっちゃんも、無理に続かせようとは望んでないと思います」
ありがとね、と言うと彼女は視線を落とした。
「……主人を襲った強盗犯。火事になった東側の森で見つかったそうよ」
「――――」
「魔法学校の学生さんで、警備隊の人が言うには錯乱してたのか魔法を使ったらしくてね。そのせいで森諸共が自分も焼けて、瀕死の状態なんですって」
「そう、なんですか……」
なにか思うところがあるのか、少し複雑そうな顔をしていた。
「やっぱり、納得がいかないですか」
「どうかしら……ちゃんと生きて罪を償ってほしいけど、これでよかったかどうか分からないの」
やはりまだ、ザルガンを許す気持ちと許せない気持ちがあるようだ。
おっちゃんのことを思うと、どれがいいのか俺には分からない。
「……すみません。俺そろそろ用事があって」
この後はセーレのところ行かなければならないので、時間を見てそう告げる。
「あら、そうなの。ごめんね、話を聞いてもらって。じゃあこれ」
すると奥さんは持ってきた紙袋を俺に渡してきた。
「最後にあの人が作ってたものなの。食品保存の魔法具に入れてたからまだ食べられるわ」
紙袋の中はあの店に売っていたパンがいくつもあった。
「――ありがとうございます。大事にいただきますね」
「いいのよ。何度も言うけどありがとね、主人のことを大事にしてくれて」
こちらが頭を下げるとあちらも深々とお辞儀をしてきた。その後もう一度感謝の言葉を口にし、霊園から出た。
この町、娯楽は少ないが北側には墓地は多くそして広い。
聞いた話によると、何百年か前の戦争での戦死者が埋まっているらしい。
俺は、あまりここが好きではない。
ただでさえ友人の墓参りだというのに、大量の墓を見るたびに余計しんみりした気持ちになる。
それに墓地特有の、出入りの瞬間に負の魔力に当てられて、気分が悪くなるのが嫌なのだ。
もらったパンを大事に抱えながらセーレの家に向かう。このパン達はあそこで食べることにした。
家に着くとやたらいい匂いがした。
あいつはキッチンでなにか料理をしているようで、俺が声をかけると驚きを含んだ声で返してきた。
「あれ、なかなか早いじゃないか。もう少し遅く来ると思ってたのに」
「ちょっと墓参りに行ってな。そのまま来たんだ」
答えながら紙袋を置こうと机に目を向けると、書類の山が綺麗さっぱりなくなっていた。
「なあ。なんか机の上綺麗になってるんだけど」
「今日は特別でね。カエデスの仕事の達成祝いとして、私自ら料理を振る舞うことにしたんだ。机の書類達はベットの方に移動させたんだよ。後で元に戻すから心配しなくてもいいよ」
別に心配なんてしてないし、どうせだったら片付けてほしいのだが。
パンを食べようか悩んでいると、キッチンの方から声をかけられた。
「それよりもう傷は癒えたかい?」
「あぁ、もう治ってる。傷を治すだけじゃなくて火傷の痕も消すだなんて凄いな」
「そうでもないよ。私が治療する段階で大きな傷は治ってたしね。痕に関しては治療専門の魔法使いなら誰でも消せる」
それを魔法の劣化である魔術でやるのだから凄い話……なのだろうか。俺はあまりその違いは判っていないので何とも言えない。
ザルガンとの戦いの後、俺はそのまま意識を失っていて、気づいた時にはこの家にいた。
森が火事になって警備隊が来たらしいのだが、セーレが俺を治療するから家まで運んで来るように命じたらしい。
その後のザルガンの事後処理はやってくれたらしく、世間にはザルガンのことだけ公表して、前回と同じで事件に俺はいない者として扱われた。
『正直ありがたいけど、なんで警備隊や新聞社にそんな命令できるのアナタ?』
目覚めた後、不思議に思いそう聞くと……
『んー?それは権力があるからでしょ』
こう返してきたので怖くてこれ以上聞かなかった。
――余談だが、こいつが何の仕事をしているのかは意外に早く知ることになる。
「そろそろ出来るよー」
そんな経緯を思い出していると、セーレにそう言われたので手を洗いに洗面所に行く。
ちなみに洗面所は部屋の左側の扉を入ると目の前にあり、その左右にはトイレと風呂場の部屋がそれぞれある。
これまた豪華な洗面所を見ると、自分の家と比較してため息がでてしまう。
(これも経済力の差か……)
などど思いながら手洗いを済ませ居間に戻る。
が。
「ああああああああ!!?なに勝手に食ってんだお前!!」
俺が貰ってきたパンをセーレはもぐもぐと食べていた。
「何だい、まさかこれを一人で食べる気じゃあるまいね。だったら私の料理も食べてこれも食べるなんて中々贅沢だね。それにしても美味しいねこれ」
「だったら一声かけろよ……」
勝手に食っているコイツに腹パンしてやりたいところだが、おっちゃんのパンを美味しいって食べてるので勘弁してやる。
「それはおっちゃんのだからな、お前があの時助ければその味をもっと食えたんだぞ」
「まぁ、それは中々酷いことをしたね。今度お墓に連れていってくれ、謝罪とお参りがしたい」
おっちゃんのだと知り驚き、真剣な表情で言ってくる。調子がいいのか何なのか、よく分からない。
こちらが同意すると本当にいい顔で、ありがとう、と微笑んでくる。
「――――」
その笑顔で何度目かの胸の高鳴りを感じる。
瘦せているのにエプロンをしていても目立つその形のいい大きな胸。スラっと伸びているのに程よい肉付きがあり、全く変に見えない足。卑猥であまり思いたくないが男が欲情してしまう女体にクラっとしてしまう。
俺が何回脳というか心というか性癖を焼かれていることに、セーレは気づいているのだろうか。
「さて、じゃあ料理も出来たからお疲れ様会といきましょう!!」
ノリノリでキッチンに戻っていく背中を見て、気づいていないんだろうなぁと呟く。
頭を振って考えを止め、俺も準備のためにキッチンへと足を向ける。
あんなに大変だった仕事だったんだ、今はおっちゃんのパンとあいつの料理を心から楽しもう。
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