二人のために
森まで歩きながら深呼吸をし心を落ち着かせる。
不思議なことに外を巡回しているはずの警備隊と出会わない。ザル警備と思わんでもないが今は都合がよかった。
数時間歩いて目的の森の中に入る。
森はあまりにも静かで、暗くて、そして寒い。目に魔力の補強をして奥へと進む。
昼間に来たはずなのに、今はまるで別の森に感じる。
というより、世界が違う気がする。
この世界には『異界』と呼ばれる場所が存在し、そこに繋がる魔法もあるのだが、ここはそれに近いような気がする。
そして。
ズ……と音がした。
しかし今回は逆に嫌な空気が少なくなったように感じる。不思議に思ったが、警戒しながらも小屋の方へと進んだ。
そして開けた場所に着くと、俺は目を見開いた。
この前と同じ小屋。
だが、その隣に人影があったのだ。
「……何だよ、あの女じゃないなら驚かせんなよ!!」
魔力での眼球の補強を強くし人影を凝視する。
乱れた髪の色は金髪で、鼻や耳にはピアスをつけていて背は高く、そのガタイからは威圧を感じる。
「お前が、ルーブル・ザルガン?」
「あ?なんで知ってんだよ。ってかお前カエデス・メタスタシスじゃねぇか」
俺が警戒しながら名前を確認したが、驚くことにザルガンも俺の名前を口にした。
この男とは初めて会ったが、向こうは俺のことを知っているらしい。
「何だ、俺のこと知ってるのか?」
「うるせぇよ……!何でテメェみたいなバカがいるのかしらねぇが消えろ、二度とここに来るんじゃねぇ死ね」
ザルガンは早口でまくし立て小屋の中へ戻ろうとする。
その顔は怯えており、言葉遣いは悪く相当焦っているのが見て取れた。
だが、こっちも引けない。向こうは偶然俺が入ったと勘違いしているが、俺はこいつに会うためにここに来たのだから。
「おい、待てよ。俺はお前に用があってここに来た」
「……は?何言って」
「お前を見つけろって言われてな。だからここに来たんだ。お前がさっき言ってた女って奴に」
正直、アイツを普通に女だと思いたくないし、今ここに来たのはその理由だけではないが、ザルガンは勢いよくこちらに振り向き、更に焦りだした。
「お前……お前あの女と繋がってんのかよ!!ふざけんなよグズが!隠れてここでやり過ごそうと思ってんのに!!!」
イラつくように髪をかきむしると、ギロリと目を向けた。
「あの女に……言うのかよ」
ああ、と答えると殺意を強めて言葉を続けた。
「テメェにはなんも関係ねぇだろうが!!オレのことは言うな殺すぞ!」
そう叫叫び小屋の柱を拳で殴りつける。相当イラついているのか上手く魔力操作はできておらず、必要以上に魔力を込めたせいでバキィと音を立てて柱は凹んだ。
「そうだ、関係はない。だから最初はアイツに任せようと思ったんだ。でも、お前に聞きたいことができた」
「あ?」
「お前、なんでおっちゃんを殺した」
ザルガンは質問の意味が分からず、顔をしかめた。
「お前が昨日殺した人だ。食糧が欲しいのならあの人は渡しただろ」
そう、おっちゃんは争う気はなかったはずだ。強盗犯に会っても金もパンもくれてやると。
誰のことか思い出したのか、ザルガンは苛立ちの表情を見せる。
「は?あのジジイぶっ殺したところで何の関係があんだよ。それに殺した理由?意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ!!オレが強盗犯って分かったら言いふらすだろ、だから殺して黙らすに決まってんじゃねぇか?!当たり前だろそれぐらい!それに、あのジジイ憐れんできやがったんだよ!!」
「…………」
「ウザかったんだよ、こっちの事情も知らねぇでよ。『これを食べたら自首しなさい』って。たかがパン寄越したぐらいで偉そうに説教垂れやがって……!何様のつもりなんだよ、もうすぐ死ぬジジイの分際でよ!!だからムカついて殺」
「もういい黙れ」
聞くに堪えない、何で聞いたんだろう。
「セーレにもう一つ言われててな、もしお前が大人しく来ないのなら多少傷つけてもいいから捕まえろって」
「……は?」
ザルガンはポカンとしていたが、次第に不気味なほど口元が裂けていった。
「お前が、オレを捕まえる……?は、はは、ははは、ははははははは!!!!笑わせるなよカス!お前みたいなグズがオレに勝てるわけないだろ!?」
あまりにも可笑しかったのか、狂ったように笑い続ける。
夜の森に笑い声が響き渡り、鳥たちが羽ばたいていく。しかし顔が徐々に俯いていくごとに笑い声が小さくなり、最終的には聞こえなくなった。
だが、項垂れたザルガンはブツブツとまだ何かを呟いている。
「………………そうだ、あの女が異常なんだ。オレは悪くねぇ、悪くねぇんだ……だから逃げねぇと、逃げねぇといけないんだ」
小さい、だけど鮮明に聴こえてくる言葉を吐きながら、ゆっくりと顔を上げる。
その血走った目を俺に向けた瞬間、辺りの空気が弛緩していく。
「バレちゃいけねぇ。バレたら殺されるんだ。だから殺さねぇといけない、あの女に伝わる前に。見つかったら殺さねぇと……見つかったら……殺さねぇと!!!」
右手をこちらに突き出す、そしてザルガンの腕が赤く光りだし……
「原始の火!!」
そう叫ぶと、突如として手のひらから星が書かれた円が表れ、その中心から炎が吹き出した。
「――ッ!」
足に魔力を回して補強し、間一髪で横に避けた。
飛んできた炎は森に当たるとそのまま他の木々に伝わり一気に燃え盛る。
今のが魔法とその発動だ。普段は見えないが身体に術式と呼ばれる文字が刻まれており、そこに魔力を流して魔法を発動させる。今のは原始の火と呼ばれる基礎の火属性魔法だ。
しかし基礎とはいえ、使い手によっては高位の攻撃魔法に匹敵するため好んで使う魔法使いは多い。ザルガンは火属性の魔法が得意だと資料に書かれていたが、それに納得するほどの精度だった。
辺りが火に包まれ始める。ここまで火事になったのなら騒ぎが大きくなりそうなものだが、相手は特に気にしてはいないらしい。
穏便に解決するつもりはあまりなかったが、話し合いが破局したため戦闘となった。
こちらも攻撃のため右腕の術式に魔力を通す。腕が赤く光りだすと相手に向けて魔法を放つ。
「っ、ぐっ………プ、原始の火!!」
手のひらからただの円が表れ、そこから小さな火の玉がザルガンに打ち出された。
が、向こうの炎と比べてあまりにも弱いそれは、ザルガンが作り出した魔力の壁に阻まれ、簡単に霧散してしまった。
「マジかザッコ!?信じられねぇほど弱ェ!!噂は噓じゃなかったんだな!!そんなんでオレに勝とうと思ったのかよ!?」
「クソっ」
ギリッと奥歯を嚙み締める。
ただ術式に魔力を通して魔法を発動させるだけなら、誰が使っても魔法の性能に違いはない。魔法に個人差が出るのは、魔法の発射口である魔法陣だ。
魔法使いが使う魔力は基本、大地や大気中に存在している魔力であり、それを取り入れ自分の魔力にし術式に流したりする。魔法陣もこれを使って作成するのだが、この時取り入れた魔力の量と質が大きく関係する。
魔法陣は複雑にした分(魔法陣の模様など)魔法の効力が上がるのだが、魔力の量が少ないと複雑な魔法陣作成の魔力が足りなる。そしてどんな形であれ、魔法陣そのものが強いと魔法も強くなれるのだが、魔法陣の土台となる魔力の質が低かった場合、魔法陣が脆くなって魔法を強化できない。
魔法陣の作成ではどちらか一方が不足な場合もう一方で補うのが普通だが、そもそも俺は供給した魔力の量も質も悪いため、魔法陣が上手く作れず魔法を強化できなかった。
「カスのくせに魔法使いを名乗りやがって。魔法ってのはこうやるんだよ!!」
「!!!」
ザルガンの左腕が掲げられると緑色に光りだし、手のひらから円の中に△が描かれた魔法陣が展開される。そして突風が丸く圧縮されたかような風がそこから出現すると、包丁の形となって三つに分裂し打ち出された。
(『風の刃』、それも三つも……!)
魔力で薄い盾を作り、向かってくる刃の内一つをそれで防いだ。衝撃で弾かれ腕が強く痺れたが、二つ目を防ぐために無理矢理腕を動かして盾を構えた。
が、一つ目で亀裂ができていたのか、二つ目の刃が盾にぶつかると盾を貫通し、そのまま腕の肉を切り付ける。
「痛っ!」
傷口から血が噴き出る。魔力の盾のおかげで真っ二つにはなってないが、それでも腕は深く切り込まれた。
あまりの痛みで膝をついた瞬間、最後の刃が頭を掠った。もしも立ったままでいたら、今頃刃が俺の脳を貫いていただろう。
偶然に助けられたが、脅威はまだ終わっていなかった。
前方から魔力を感じて振り向くと、ザルガンが魔法陣を展開していた。それは最初に使った魔法と同じモノで、魔法陣から高温の炎が吹き出された。
この状態で回避はできないと思い咄嗟に魔力の壁を作るが、簡単破られ吹き飛ばされてしまった。
「がっ……アアアア!!」
魔力で身体を補強していたとはいえ体中を焼かれた。肉の焼ける音、それが自分の身体から発せられるものだと知ると余計痛みを感じる。
「はははははは!!ホントにやべーよスゲェ弱い!そんなんでよく魔法使いになろうとしたな!!」
意識が朦朧としていき、段々と感覚がなくなっていく。ザルガンが何か叫んでいるが聞こえず、頭の中がぐちゃぐちゃになってまともな思考ができない。
(……死ぬのか?)
そう思うほど死が近づいてきている。
意識が保てない。視界が点滅し始め、世界に色が無くなっていく。
(……何で、こんなことを、してるんだっけ?)
どうしてここにいるのか。どうしてこんな目に合ってるのか。どうしてこんな事しているのかと後悔し始め、どうしてここまでしているのと疑問に思う。
――そうして薄れていく意識の中、彼の時のように自分が……し始めると…………
「そうだよなぁ。雑っ魚いお前ら弱者はオレ達強者の思い通りになってればいいんだよ。ジジイもさっさと殺されればいいのに抵抗なんてしやがって。オレの足に傷負わせるなんて死刑だ死刑」
他者を嘲る小さな声。
だけどそんな言葉が鮮明に耳に届いた。
……その言葉に。
「あの女もそうだ。優等生だなんだ言われてんのに、実際にはオレ達にヤられちまうほど弱かった。だからその通りに扱ったのに、なんでオレがこんな目に合わなきゃいけないんだよ!?」
その言葉に、自身が戻った。
……そうだ、そうだった。これはおっちゃんと、彼女のためでもあった。
二人のためにも、俺はこいつに勝たないといけない。
無理やり立ち上がった。体中熱く痛く気持ち悪いが、意識だけはハッキリしていた。
そして、彼女やおっちゃんとの差が理解できてないバカに言葉を吐き捨てた。
「――弱者なんかじゃない」
「……あ?」
「彼女は弱者なんかじゃない。彼女は強かった。魔法使いとしての力も、そして人としての心も。優しくて、他者を、思いやれて。それを、お前らが卑怯なことして弱いと思い込ませてただけだ」
ザルガンの顔が不愉快そうに歪む。
「おっちゃんもそうだ、確かにお前よりも魔法の技量はなかったかもしれない。でも、それよりも人として強かったのに、お前の心がそれを理解できないほど弱かっただけだ。セーレにビビッてコソコソ逃げ回ってイキってるお前の方が、あの二人よりも圧倒的に弱者なんだよ!!」
「ああああああああああ!!!!!!死ねええぇぇぇえええ!!!」
挑発がどうかも怪しい言葉だったが、頭がハイになってたザルガンにはよく効いたのだろう。叫びながら魔法を撃とうとする。
セーレの言葉を思い出す。アイツは、殺し合いだと思えば俺は勝てると言ってた。
正直意味は分からない。だけど、彼の時も俺はそうしていた気がする。
目を閉じて集中する。
……意識を変える。
魔力の供給。無意識に行う普段のイメージを捨て、セーレに教えられた方法を一から思い描く。
海の中を潜って。
――■■
………怖くなったら。
――魔力を●からではなく
………振り向いて。
――◆◆◆◆に変更し
………ここまで、来て。
――を、完了。
「……………………あぁ」
認識を変換させる。
◆◆◆◆の魔力を取り入れる。敵を傷つけるのではなく、敵を殺すために魔法を使う。
だが、向こうの方が早かった。
ザルガンが手を向けた魔法陣から、今までより数段上の火力の炎が飛び出した。
直撃すれば森を簡単に焼け野原にでき、人を一瞬で燃やし尽くす炎は確実に俺に直撃した。
本来ならば即死の威力。手ごたえを感じてほくそ笑むザルガン。
当然だろう。あくまで基本魔法であった原始の火とは違う中位の魔法。そして質が良く複雑な魔法陣によって炎は、さらに勢いが増し回避不能の一撃となる。先の炎にも耐えられなかった人間は、これを食らえば人の形など残らないのだろうと……
――そう、思っているのだろう。
視界を覆いつくす炎が開けると、ザルガンが目を見開き、驚愕していた。
立っていた。目の前の俺は全身に強化の魔法をかけて平然と立っていた。
ゆっくり手を掲げる。
腕が赤黒く光る。手のひらから黒く変色した★が描かれた魔法陣出現する。
それを見て、今までとは違う何かに恐怖を覚え、逃げだそうとするザルガン。
だが、その前に。
「原始の火」
同じ名前の魔法。しかし全く違う赤黒い業火が、その身を焼いた。
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