逃げるか待つか
家に帰り、買ってきたたまごサンドを食いながら書類を見る。
名前はルーブル・ザルガン。十九歳。どこかは不明だが魔法学校の四年生であり、成績は優秀ではあったが粗暴が悪く、よく問題行動を起こしていたという。
魔力は質C⁺量C。属性は火。最も多い属性だがその性能は高く、他の属性の基礎的な魔法も習得している。
本人がきちんと特訓していれば魔法使いの検定試験で、五段階中三番目のC階級に至ったかもしれないらしい。
おっちゃんが言っていた強盗犯はやはりザルガンだと確信すると同時に、今回の仕事がさらに嫌になった。
優秀な魔法使いは基礎がしっかり出来ているため、このザルガンは人間性はあんまりだが魔法使いとしての能力はそれなりに高い。もしもの話だったが、今の魔法使いでC階級になれる人間が少ないのがいい証拠だ。なんでこんな事やってるのかは知らんが、魔法を搔い潜り家に侵入することはできるだろう。
正直俺が勝てるとは思えない。居場所を見つけてセーレに任せることにしよう。
今回の仕事の方針を決めたところでシャワーを浴びる為に隣の建物に移動し、服を脱いでいるとあることを思い出した。
前回の仕事で助けた彼女が言うには、ある小屋に連れていかれたらしい。その場所はこの町の東側にある森の中だとか。
森の場所は大体分かるので、明日はそこを捜索することにするか。
シャワーを浴び終わり外に出ると、身体を冷たい風が迎えた。
もう三月に入ったが、まだまだ冬の寒さは消えていないようだ。温まった身体によく染みる。
「寒っむ。なんでトイレと風呂場が家の中にないんだよ」
思わず愚痴が出たが、こうやって住めるだけでもありがたいと思うべきなのだろう。
今から五年前に俺の家族が色々あって全員いなくなったのだが、残された俺のことを誰も引き取ろうとはしなかった。
父方の親族は俺に対し憐れみと申し訳なさそうな顔をしていたが、母方の親族は完全に俺を嫌っていた。伯母なんて俺にビンタぶちかまして『お前なんか死ね!!』とまで言ってきほどだ。正直悲しみより困惑した。
そもそも父方と母方の親族は仲が悪かったため、あの時はめちゃくちゃ言い合っていた。最終的に俺は引き取られなかったが、生活の援助をしてもらって、一人で暮らすことになった。
父方の祖父母が金を出すということになっていたのだが、これまた伯母が『コイツの金はオレが出す』と譲らなかったため伯母の援助に決定した。
そして、当時俺は十二歳だったため一人暮らしは法律でできないはずだが何故か許可が下りた。永遠の謎である。
そんなこんなで一人暮らしが開始したのだが、家も伯母が決めることになって『お前にはこんな家がお似合い』と言われてここで暮らしているのだが、俺の家賃と学費は払ってくれるが生活費はすげぇ少ない。
セーレのところでバイト始める以前は毎度ギリギリな生活だった。
一度文句を言ったことがあったが、びっくりするぐらいヒステリックにキレられ、俺をぶん殴ってきた。あれから二度と言わないと決意している。
そんな随分昔の話を思い出しながら俺は布団に入り込んでいた。
……あの人は、確かに俺のことを尋常じゃないレベルで嫌っているが、手を差し伸べてくれた人には違いない。
こうして生活で生きているのは紛れもなくあの人のおかげなのだから。
それに彼女が俺を恨むのも理解できる。母とは仲が良く大人になっても溺愛していた。そんな母がああなったのだから、残された俺に敵意を向けるのも仕方がない。
けど。あれは、なにか――
「……やめだ。さっさと寝て明日に備えるか」
明日はそれなりに歩く。変なことを考えてないでさっさと眠ることに限る。
布団に包まって目をつぶると、襲ってくる眠気に俺はあっさり意識を手放した。
ここはどこかの夜の森。
暗く、寒く、あまりにも静まり返った闇の中を動く人影があった。
それは重い足取りでズルズルと森の中を移動している。暗闇であったが目に魔力を回して補助しているため問題はなかった。
「クソ、クソクソクソ……!!あのジジイやりやがって……!!」
彼は辛そうに進みながら呟く。
右足には血が流れており、よく見れば切り傷がいくつかありまだ治りきっていない。両手に多くのパンを抱えているが、力を強く入れているためか押しつぶされている。
「ふざけんなよ……こっちは無駄な目立ちたくねぇのに!」
彼こそがルーブル・ザルガンであり、今この町を騒がせている強盗犯である。食糧を求めて町に出てきた帰りであり、今は自分の仮の拠点に向かっている。
体は震えてのろのろ歩いているが、それは足のケガが原因ではない。
彼は恐怖で震えている。先のちょっとした戦闘で負った怪我程度は何も問題ではない。
「クソが……!このままだと見つかるかもしれねぇ……」
口に出すと震えが更に強くなる。
彼がこの町に来たのは面白いことが出来ると聞いたからだ。
責任を取ることもなくやりたい放題、楽しくて気持ちいいことができると言われたから。実際それは噓ではなかった。
しかし、今は。
「なんでだよ……なんでこんな事になってんだよ……!!聞いてねぇよあんなの!オレがなにしたっていうんだよ……ちょっとヤっただけだろ!それなのに、何なんだよあの女!!!」
呪詛のように言葉を吐く。
彼は一刻も早くこの町から逃げ出したかったが、身体がそれを拒否していた。逃げだそうとすればすぐに見つかり、殺される予感があったのだ。
しかし何もせずとも居場所がバレる……そんな予感もあった。
ゆえに彼は逃げだすこともできずに、恐怖で震えることしか出来ないのだった。
足を引きずり闇の中へと消えていく。
誰も彼もの姿無き世界には、狂った息遣いだけが音として残されていた。
ようやく落ち着きを取り戻し外に出る。
現在午前十時。昨日と比べて外は晴れていて、少しだけ暖かい。
昨日決めた目的の場所に向かおうとしている。
俺の家は町の南側にあり、これから行くところは東側の森のため距離があるが、今の俺はそんなことは気にしていない。
今の俺はすこぶる気分がいい。
なぜなら朝に俺の家に手紙が届いた。それは学校からの通達であり春休みに関する内容だった。
なんと春休みが延長いた!それも一日二日なのではなくかなり長期の。本来はあと五日ほどで終わる休みが五月まで伸びたのだ。理由は学校の事情らしいが俺の知ったことではない。
喜ばしいのは休みが長くなったことだ。正直学校行くのめんどくさいし、俺みたいに勉強嫌いな奴ならこれが盛り上がらないはずがない。何よりも五月にある中間テストがなくなるという事実に俺は歓喜していた。
そして手紙の内容を知った途端、狭い部屋だというのに俺は暴れまわり、散らかった部屋を片付けていたのだった。
「それにしても嬉しい……テストがなくなるなんて思わなかった!先生に脅された時にテストを恐れていたけど、これで何の心配もなくなったぜ!」
嬉しさのあまり声が出す。
しかし、それ以降にもテストがあるため問題が先送りになっただけという事実を俺は考えないようにしていた。だって辛いからね。
そうしてウキウキ気分で歩いていると目的の場所に到達した。
東側の住宅街を抜ければその森はあり、かなり広いように感じる。
そう感じて、立ち止まった。
ここまで広いと小屋なんて見つかるのか、ということに今更気づいたのだ。
「……………」
浮かれていた気持ちが何処かへ飛んでいく。どうしてこうも考えなしなのだ自分は。
ため息をついて森の中に入っていくが、中は生い茂っていて小屋を探すが見渡す限り完全に木か草しかない。
「本当にこんなところにあるのかよ……」
ぶつくさ文句を吐きながら奥へと進んでいく。
時々木の枝にぶつかり、葉に絡まり転びかけ、転んだ先にあった尖った石に眼が突き刺さりかける等、奥に行けば行くほど森はその深さを増していく。
苛立ちながら進んでいき、あと数十分で終わろうと考えていた時。
ズ……と音がした。
「…………」
もちろん気のせい、そんな音はしていない。だが、ここからなにか空気が違うように感じた。結界が張られているわけではないが嫌な感じは確かにある。
少し警戒しながら奥へと進む。
そうすると徐々に森は開けていき、おそらくだが森の中央に到達すると
完全に今まで生い茂っていた中とは違う、長い木も葉もないひらけた場所に小屋が建てられていた。
小屋に引っ付いているように個室があるがどうやらあれはトイレらしい。
自分の家と重なり小屋に対して謎の親近感(?)を感じる。
いや、今はそんなことより、
「マジか……ホントにあったよ」
途中まで無いんじゃね、と思っていたのでかなりの衝撃だった。
ここがザルガン達がいたところなのか。そしてまだザルガンはいるのか、確かめるように恐る恐る近づいていく。
魔力の気配がないため大丈夫だと思うが、俺の技量が低いため安心はできない。
扉の前に着くとあることに気付く、少しだけ扉が空いていた。
不用心だと思いつつも覚悟を決めて中を覗く。
部屋にはベットがあり誰もおらず、床には食べた後のパンの袋や水の入れ物などがあった。彼女曰く部屋に散らかっていた物は帰りに自分一人で片付けていた、と言っていたのでこれは恐らく、
「多分、ここがザルガンの居場所か」
………………多分。そう多分だ。実は森の魔女さんが住んでいる家の可能性もある。
ならば隠れてこの家の主が帰ってくるのを待つか?
魔法を使って時間を確認する。
現在十二時半、出発したのが十時だから二時間半は経っている。
そういえば昼飯を食べていない。報告と昼飯も兼ねてセーレのところに行くか?それともここで誰かが帰ってくるのを待つか?
――悩んだ末に俺がとった行動は。
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