嫉妬
「嫉妬?何でグレイがミシェルに嫉妬するんだ?」
「境遇の差だろうね。自分とミシェルさんのね」
ミシェルもまだ理解していないのか、難しい顔をしている。
セーレはミシェルに顔を向けた。
「ミシェルさん。あなたはこの町に来る前に同級生になんて言われた?」
「に、兄さんが助けを求めてるって……でもあれは結局噓で」
「いやいや、そうじゃないんだよ。確かに、彼が母親から逃げ出して助けを求めた。それは噓だったんだけど、何もかもが噓っていう訳でもないんだ」
「そ、それはどういう……?」
「カエデスの話だと、彼はベル家の養子になっている。それはつまり、あなたの元母親はグレイの母親じゃなくなってるんだよ」
あ、と声を出したミシェル。だが俺はどういう意味かがまだ分からない。
セーレは視線を俺の方に向けて続けた。
「何かして捕まったのか、何かあって死んだのか。どちらにせよグレイにとっては大きなショックだったはずだよ。ベル家に引き取られても家の中に籠って、外に出ないほどに。事実、彼の存在を村の殆どの人達が知らなかったみたいだからね」
「…………」
「対してミシェルさん。あなたは最初こそ苦労していたみたいだけど、今は名家の娘として不自由のない生活を送っている。友達も多いし将来の道も順調、父親とは離れることもなくそのまま。そんなの、どう見たって嫉妬するに決まってるじゃないか。もしかしたらその位置にいたのは自分だったのかもれない、あの時選択を間違えなければ妹と自分の立場は逆だったのかもしれない、てね」
「そんな……」
セーレの話にミシェルはとしている。でも、それはミシェルのせいじゃない。勝手にグレイが想像して、理不尽な感情を向けてるにしか過ぎないのだから。
ミシェルを心配して言葉をかけようとしたが、セーレの方が早かった。しかもかけた相手はミシェルじゃなくて俺に。
「で、カエデスはこれからどうするんだい」
「え、何が?」
「ミシェルさんだよ。彼女をどうするんだい?」
「ど、どうするも何も……助けるだろ。ここまでされてるんだ、見て見ぬふりは出来ねえよ。それに、お前に頼まれた仕事もあるだろ」
「でもそれはグレイ・ベルの話。結局彼はあの村にはいなかったって分かっただろう。その仕事が終わった以上、君が……というかわたし達がこの件に関わる必要はないと思ってね」
――その言葉に、何か形容しがたい感情が沸き上がった。
「……待て、どういうことだ?関わる必要がないっていうのは?」
「そのままの意味だよ。もうわたし達はそこのロザリア・ミシェルに関わる必要がないんだ。グレイ・ベルの依頼と繋がってたのは驚いたけど、このまま彼女を見つけたと依頼元に報告すればいいだけなんだから」
「……助けないのかよ?」
「関係ないからね。ミシェルさんのあられのない映像が世に出回っても、父親が誰かも判らない子を孕んでも、それが原因で彼女の家族に迷惑がかかっても、他人がどうなろうとわたしの知ったことじゃないから……それに、他人の悪意を感じもせず善意だけしか見ようとしないおめでたい頭している人間を助ける気になんかならないしね」
聞き終わると同時に、俺はセーレの胸元を掴み上げ壁に叩きつけた。ミシェルが小さな悲鳴を上げたが、気にもしなかった。
あまりにも、頭がぶっ飛んでいた。
「お前――!」
手当てした左手の傷が痛むが、そんなの気にせず力を込める。それほどまで、今の言葉は、酷く癇に障った。
「別にミシェルさんが酷い目に合い続ければいい、なんてことを言ってるんじゃない。彼女は恐れているけど、家族にでも警備隊にでも事情を説明するのが最善だと言ってるんだよ」
「そういうことじゃねぇ……こんなことになってんのに、俺達が助けないってのは正しくないだろって言ってんだよ!!」
「……じゃあ、君に何ができるんだい?」
セーレは苦しそうな顔もせず、無表情で俺を見つめる。
「君が連中に交渉でもするのかい?どうやって?彼等はミシェルさんが他人に話したら映像をばら撒くと言ってたらしいじゃないか。君が行っても逆効果になるだけさ。それとも襲って奪い取る?無理だね、ロクに魔力供給や魔力操作ができない君ごときじゃあ勝つことなんて不可能さ。何もできないのに無理やり正義や正論をかざすのはただの偽善者だよ。傍から見ればウザったいからやめたほうがいい」
本来なら宝石のように輝く金色の瞳に感情がない。口調は落ち着いているというより、無感動に淡々と俺を咎めている。
でも、これは俺の為に言っている。
セーレは恐らく、ミシェルとグレイのこの問題には心底どうでもいいと思っているのだ。さっきの言葉は適当に言ったんじゃなく、本当に興味がないからこその言葉。
だからこれは忠告でもある。『お前がやりたければそれでいいが、お前には無理だ』と。
「……意外だな」
「何が?」
だけど、俺が怒っているのはお前が手伝わないことにじゃない。
どう表現すればいいのか分からない。
けど。
「お前は、もっと良い奴かと思ってた」
俺の言葉を聞いて初めて、出会って初めてセーレは不快に顔を歪めた。
「………………君が、それを言うのかい?」
「?……どういう意味だよ?」
「いや、何でもないよ……分かった、ミシェルさんを助けたいなら勝手にすればいい。だからいい加減離して」
無表情からいつの間にか苦しそうな顔になり、掴んでる手をポンポンと叩いてきた。
「それで、君は何をするんだい?」
手を放すと、セーレは襟元を正しながらそう話を切り返す。
「何度も言うようだけど君に出来ることはないよ。強いて言えば彼女と一緒に誰かに助けを求めることぐらいだ。連中が持ってる魔法具をどうこうすることはできないだろ?」
今度は純粋な疑問で聞いてきた。
確かにそれぐらいしか出来ないのかもしれない。ミシェルの話を聞く限り、相手の拘束系の魔法は魔力供給に制限をかけていたというし、魔法の技量が高い可能性がある。俺が行っても返り討ちに合うだけかもしれない。
「……それでも、俺にも出来ることはある」
それだけ言って、玄関に向けて歩き出した。
「ちょっとちょっと、どこに行くの?警備隊の方に行くなら私の家からでも通信できるよ」
「警備隊じゃない。もちろん、ミシェルを襲った連中の方でもな。今からでも止めないといけない奴の所に行くんだ」
「…………あぁ、そういう」
セーレは分かったように呟くが、答え合わせをしている余裕はないのでミシェルに話しかけた。
「お前はここにいてくれ。ミシェルが外にいるとそいつ等とバッタリ遭遇しちまうかもだからな、ここなら安全だ」
「……調子のいいことを」
「映像を撮られたからって一日来ないだけでばら撒くなんてことはしないだろ。明日、一緒に親に事情を話して助けてもらおう。だから今日はここに居ろ」
呆れたセーレを無視し、出来るだけ優しい声でミシェルを安心させようとした。
「…………何で、ですか?」
でもミシェルは俯いたまま、小さく口を動かした。
「何で、そんなにしてくれるんですか?カエデス君には本当に何も関係ないじゃないですか。その人と同じように関わる必要なんてないんですよ?全部私が悪いんですよ。ずっと兄さんを心配してたのに、探そうともしなかった。兄さんがどうしているのか考えていたのに、それだけで何もしなかった。自分がどう思われてるなんて、何も考えないで……!」
声が震えている。今まで抑えていたものが溢れ出しているかのように言葉が続く。
「彼女達だってそうです。二人はずっと私を嫌ってた。なのに私はそれに気づかず、バカみたいに笑いかけて、友達とも思って。どう思っているのかなんて考えてなかった……全部私が悪いんです。こんなことになったのは全部私のせいなんです。それなのに、貴方にも危険が及ぶかもしれないのに……何で……どうして、私なんかのために……私なんかのために!!そこまでするんですか!?」
ミシェルの顔が上げる。その顔は悲しみと困惑がぐちゃぐちゃとなって、今にも泣き出しそうだった。
――なんて、悲しい。
ロザリア・ミシェルは心優しい少女だった。誰も恨まず誰も憎まず、他人と仲良くなりたい、家族と幸せでいたい。そんな優しい想いを持った普通の女の子だった。
だからこそ、この一ヶ月は地獄そのものだったのだろう。友人だと思っていた人達に裏切られ、下衆な男達に凌辱され続け、心が壊れるのをどうにか耐えていたところで、首謀者がかつての兄だった事実。
彼女が反抗できればよかった。魔法を使って、自分を傷つけた相手に報復できていればまだよかった。だけど、本人にはそれができない。
彼女が弱いのではない。彼女が持つ優しさという強さのせいで、相手を攻撃できない。
だからこそ自分を責めるしかない。相手を傷つけられないのなら、自分を傷つける以外に本人が納得する方法が無い。
当事者が別の人間であるのなら、こんな考えはすぐに間違いだと気づくだろう。誰が悪く、誰が悪くないのかなど誰が見ても明らかだ。
でも気づけない。良識ある者が悪意に翻弄され続け、こんな簡単な常識さえも気づくことさえできない。
それが、すごく悲しかった。
「……そこまで、なんてしてねえよ。これが俺じゃなくて別の誰かだったら、もっと早くお前を助けてたよ。俺じゃなくて正義の味方だったら、お前がこうなる前にお前を助けてた。でも俺は違う。俺が出来ることは、これからやる事と、助けを求めるお前の傍にいることぐらいしか出来ねぇしよ……それに」
ミシェルの肩に手を置き、ジッと目を合わせる。
「私なんかって言うなよ。ここでお前を助けないのは人でなしぐらいだし、お前はそうされるほどの奴なんだよ。だからそう卑下するなよ。お前を売った連中の言葉なんて、ただミシェルに嫉妬してただけのことだからさ、気にすることじゃない」
「……私達、最近話したばかりですよ?それでも、助けるくれるんですか……?」
その言葉に俺は微笑む。だって、その答えはあまりにも簡単だったから。
「当たり前だろ。俺達、もう友達じゃないか」
ミシェルの表情が硬直し、徐々にその瞳から涙が溢れて頬を伝う。
ありがとう。そう何度も言いながら手で涙を拭う姿を見て、俺も覚悟を決めて出口に向かう。
「カエデス」
その前に、セーレに名前を呼ばれた。
振り返った瞬間、光った何かが俺の顔めがけて飛んできた。
いきなりでビックリしたが、ぶつかっても痛みはなく、代わりに知らない情報が頭の中に浮かんでくる。
「ここ数ヶ月で誰かがこの町に引っ越した、または買い取った場所だ。今君の頭に入れた。こんな町だから片手で数えられるほどしかないけど、彼がいるとしたらそのどれかだ」
「……お前」
「なに、サービスだよ。これぐらいはしてやるのさ」
「――ありがとう、セーレ」
「どういたしまして……それともう一つ特別に言っておくと、もし戦うなら強化の魔法が重要だよ」
「――?」
最後の言葉の意味が解らず首を傾げたが、セーレは説明する気はないようだ。気になるが、仕方がないので身体を戻して歩き出した。
俺に出来ることは少ないが、これだけは俺がやるべきだと思う。
もう一度、グレイ・ベルが人を殺す前に、彼を止めなければならない。
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