その感情は溢れだして
「………………マグス」
『そうだね、旧姓はロザリア・マグスという名前なんだ。でも、彼女が九歳の頃に両親が離婚して、父親の方に付いたんだって。その数年後に父親がミシェル家に婿入りして現在の名前になったそうだよ』
「…………」
嫌な予感が強まる。
今回探しているグレイ・ベルとミシェルの元の苗字がマグスなのは偶然なのか?
写ってるこの子は似てるだけで偶然なのか?
多分だが、村に被害を出したのはグレイだ。どんな方法か解らないが、俺が考えている通りの理由なら、犯人は彼だろう。
でも、それはミシェルと何の関係もない。偶然同じ苗字なだけかもしれないし、仮に兄妹だったとしてもこの件にミシェルが関わっている訳でもない。そもそもこの写真がグレイに関係してるか確定してない。
なのに何だこの不安は?
ミシェルの悲しそうで、怯えていた表情。
もしも、ミシェルがあの場所にいたのは、グレイが関係していたのだとしたら。
グレイがベル家の人達にを殺した理由が、俺の考えている通りなら。
この写真の子が、本当にあいつだったら。
もしかしてミシェルは、何か危険な――
『もしもーし、聞こえてるか~い?』
思考にふけっていた意識がセーレの声で現実に戻る。
『で、結局何なのさ。グレイ・ベルについて何か解ったことがあるんだろ?だったらそのことについて話して欲しいんだけど』
「あ、ああ。悪い、少しぼうっとしてた」
『大丈夫かい?そんなにグレイ・ベルのことが衝撃的だったの?」
衝撃的……といえば衝撃的ような気がするが、ミシェルについては俺のただの憶測に過ぎないので考えすぎなだけかもしれない。
『もしかして、彼がロザリア・ミシェルの件と何か関係があるの?まさか彼が犯人だったりする?』
と、さっきまで思っていた。
「……待て、ミシェルの件ってなんだ。それに聞いた俺が言えたことじゃないが、何でそっちにミシェル家の資料がある?」
『あぁ、わたしの家は仕事の都合で色々と依頼?みたいのが届くんだよ。君が調査しているグレイ・ベルもその一つなんだ。で、これは最近届いた、ミシェル家の依頼なんだよ』
ずっと感じていた不安がここに来て急速に高まった。
まさか……ミシェル家の依頼というのは――
『数週間前から娘のロザリア・ミシェルと連絡が取れないから、捜索してほしいんだって』
私の人生は、どうしてこうなったんだろうか。
日も沈み、暗くなる世界を歩きながら、そう考える。
……最初は、前の家族と仲良く一緒に暮らしていきたかった。
私の前の家は裕福ではなかったけど、幸せだった。
お父さんがいて、お母さんがいて、兄さんがいる、どこにでもある普通の家族。
みんな仲が良くて、笑い合っているような、そんな家族だった。
でも、いつの日かそれが壊れ始めた。
お母さんが急におかしくなって、お父さんと喧嘩ばかりするようになった。
お母さんが急におかしくなって、兄さんに異常なほど愛情を注ぐようになった。
お母さんが急におかしくなって、私に暴力を振るようになった。
出来損ない。そう怒鳴り、私を叩いて、私を蹴った。
お父さんが止めようとして、それが口論に発展していく。
悲しかった。辛かった。あんなに幸せだったのに、それが壊れていくのをこの目で見るのが。
笑い合っていた家族は崩れてしまった。
しばらくして、両親が離婚した。
私は凄く反対したけど、どうしようもなかった。
私は、お父さんの方についていくことになった。お母さんは私に対して、貴女なんかいらないと、別れるまでずっと言っていた。
兄さんは、お母さんの方に行ってしまった。
お父さんは止めようとしたけど、お母さんが無理やり連れていった。
その時は私も止めた。だってあの時のお母さんはとてもまともだとは思えなかったから。
でも、兄さんは笑っていた。私とお父さんに、大丈夫だと、きっとまた逢える、とも言って。
心にぽっかりと穴が開いて、家族を失った。
私はお父さんと暮らし始めた。
お父さんの負担を減らそうと、家事を率先してやったり、生活費のためにバイトもした。
大変だったけど、辛くはなかった。
私は、多くの人と仲良くなりたいと思った。
お母さんと兄さんがいなくなって、寂しかった。
だから、その寂しさを埋めようとしたのかもしれない。
学校でも、友達を多く作った。友達はみんな優しくて、私のことを助けてくれた。
だから、辛くはなかった。
数年後に、お父さんが再婚した。
相手の家族はとてもいい人達で、新しい母も妹も、私のことを暖かく迎えてくれた。
相手の家は裕福だったから、無理してバイトをすることもなくなり、時間に余裕ができた。
私は、魔法学校に通うことにした。
お父さんは嫌がってたけど、昔から魔法が好きだったし、家としても魔法の道を推進していた。それに、幸運なことに私に魔法は向いていた。
魔法学校でも多くの友達を作ることが出来て、私を好いてくれた。
学校の成績も良くて、家族や先生にも沢山褒められた。
何不自由のない生活、優しい家族、大勢の友達。
あの時は本当に幸せだった。自分の人生は明るいものだと思っていた。
でも、それでも心のどこかに靄があった。
おかしくなって私を捨てたお母さん。
そして、お母さんに付いて行き、私を心配させないように無理して笑顔を作っていた兄さん。
それがずっと、別れた日から気にかかっていた。
――だから、あの日言われた言葉はあまりに衝撃的だった。
放課後から春休みに入る、一年生最後の学校の日。下校する前に、同級生の子達に呼び出された。その子達とはたまに話す仲で、真剣な顔をしていたから相談事か何かだと思った。
でも、口から出た言葉は想像もしていない内容だった。
『ロザリアちゃんのお兄さん……実は助けを求めてるの』
その言葉を聞いた時、私は頭が真っ白になった。
『――兄さんが……助け、を?』
多分、声は震えていと思う。
兄さんは私と別れたあと、お母さんに何年間も暴力を振るわれていて、身の危険を感じて隙を見て逃げ出したらしい。
ただ逃げる時にお母さんから、警備隊に連絡しようものなら私を絶対に殺す、と言われているから今はとある町に隠れているらしい。
それをその子の友達が見つけて、その経由で知ったという。
『それでね、お兄さん、ロザリアちゃんに会いたいから来てほしいって言ってた。でも親には言わないでくれって。それでお母さんが感づくかもしれないからとも……でも、一番の理由は、妹に早く会いたいからって言ってた』
それを聞いて涙が出た。
私が兄さんを心配していたように、兄さんも私を心配していてくれていた。その事実に、涙が出た。
『大丈夫泣かないで。アタシ達も一緒に行くよ、友達でしょ』
そう言って安心させるよう抱きしめてくれた。
泣かないで言われたのに、涙が止まらなかった。私を支えてくれる友達がいることが嬉しかった。
そして春休みに入り、私は友達の家に泊まりに行くと伝え、数日分の荷物を持ってその子達と兄さんのいる町へ向かった。
その町はよく『呪いの町』と揶揄されている場所で、ここだと母から逃げられるから、兄さんはここにいるという。
その町の東側。なにも整備されてない森の中を進んで行く。
ある程度まで行くと開けた場所に着き、その中央に小屋が建っていた。
『その中にお兄さんがいるよ!』
友達にそう言われ、私は駆け出した。
数年振りに再会する兄、母から暴力を振るわれて逃げ出し、私に会いたがっている。
『兄さん!!!!!』
私は扉を勢いよく開け、そう叫んだ先には――
『はーい。いらっしゃーい!!!』
知らない男の人達がいた。
『……え?』
訳も分からず混乱する。兄は?ここに居るはずなのに、なんで……?
『ちょっとも~声大きいんだけど。外からも聞こえたんだけど~』
後ろから知ってる人達の声が聞こえた。だけど、知らない音でもあった。
『いや~悪い悪い、結構興奮してたから待ちきれなくてよ。なんせあのロザリア・ミシェルだからな、今までヤった女とは格が違いすぎるんだよ。そりゃ我慢するってのは無理だろ。もしもお前ら遅れてたら、興奮のあまり俺ら同士で一線越えたかもしれねぇぜ?』
『ちょっとその冗談キモ過ぎなんだけど。てかそんな冗談言わせるこの女やっぱムカつく~』
『ハハハハハ!!悪いなぁ~もっといい例えがあったかもしれねぇのに頭回らねえよ!』
私の友達と知らない男達の笑い声が聞こえる。
何が起こっているかが全然わからない。兄さんはどこにいるの?
『ほら、突っ立ってないでさっさと進みなよ』
ドンっと背中に衝撃が走る。力強く押されたことで私は前に倒れてしまった。
後ろを振り向くと、私の友達がいた。でも、その顔は見たこともないない下劣な顔していて、私を見下ろしている。
訳も分からない状態でいると、男の一人近づいてくる。
『ほらほらほら、さっさと始めようぜ』
男は私の腕ををつかみ上げ、舌で首筋を舐めてくる。
『ヒッ……!』
あまりの気色の悪さにとっさに魔法を使おうとしたが、その前に両手腕が赤色の鎖が巻き付き、魔力操作ができなくなった。
『ハッハアー!!ホントにスゲー、めっちゃ強くなってんじゃん!あの男の言ったこと噓じゃなかったんだな』
鎖を出した男とは違う別の男が楽しそうに笑う。
その顔には見覚えがあり、学校で何度も声をかけてきた上級生だった。
周りの人達の何人かも知っている。学校は違うが、下校中強引に話しかけてきた他校の学生達だ。
何故と疑問を覚えるが、身体中を触ってくる気持ちの悪さで頭から吹き飛んだ。
『イ、ヤ……!』
あまりの恐怖に身悶えし涙が出てくるが、それを見て更に口を歪める。
『いいね、いい表情になってきたね~。じゃあ、そろそろハジメマショウカネ』
男の一人が私の服を掴み、力を入れる。
――そして、そこから。
ひと通り事が終わった後、彼等は満足そうな表情をしている。
『最高だわ。こいつが一番よかった』
『いや~限界突破っていうの?それを感じたよマジで』
笑いながら、お互い感想を言い合っている。
私は、ベットの上で泣いてるだけだった。
辛い時間だった、苦痛な時間だった、気持ち悪い時間だった。抵抗もできずに、ずっと好き放題されていた。
私と一緒に来た少女の一人が近づき目線を合わせて言い放つ。
『いい顔、ざまぁないわね』
嘲笑を含むその言葉に、もう一人の子が反応する。
『ホント、マジで清々したよね。ずっとアンタはこうしてやりたいって思ってたし』
ここに来る前とは違う、別人としか思えない顔。
『……な、んで……』
『あ?なに?』
『……なんで、こんな……こと、するんですか。とも……だち、なのに……?』
少女達の顔が驚きに変わり、耐えきれんとばかりに笑い出した。
『……ハ、ハハ、ハハハハ!!ともだち?アタシ達とアンタが!?ちょっとも~笑わせないでよ!!』
そして、侮蔑の目を込めて言い放った。
『冗談言わないでよ。アンタなんて、一度も友達なんて思ったことないんだから』
『……へ?』
『へ?じゃないだろこの豚ァ!』
お腹を殴られて、さっきまでとは別の苦痛が身体を巡る。
『アンタさぁ、ムカつくんだよ。何不自由のない人生で満たされた生活送ってるから、どこかでアタシら見下してんだろ?』
『チガ……ウ……わた、しは……!』
声を出そうとして別の少女の手のひらが私の頬を叩く。
『違わねえよ。アンタ、自分がどれだけ恵まれてんのか分かってんの?名家の娘で?勉強や魔法が出来て?容姿も良い?そんなんでアタシら見下さないってのは無理あるだろ。周りからチヤホヤされてさぞいい気分だろうね』
『…………』
『でもさぁ、そんなの運がいいだけじゃん。たまたま引き取られた家が裕福で、たまたま容姿がいいだけだろ?見なよ今の自分を。バカみたいに惨めじゃん。アンタは偶然そうなっただけ、ホントはアタシら以下な人間なワケよ?』
ベットに上り、少女の足が私の顔を踏みつける。
『それなのにさ~。なに自分は努力してますみたいな顔してるワケ?んなわけねぇだろ!アンタはたまたまそうなっただけなんだよ!アンタに群がってくるヤツもみんな同じ。アンタの家や身体目的で集まってるにしか過ぎなくて、アンタのことなんてウザったいって思ってるよ!』
声を荒げながら、何度も力強く踏みつけてくる。
『全部自分の行いの結果だと思ってんのか?友達沢山作って、相談に乗って、親身になって。その結果馬鹿みたいにチヤホヤされるのが当然だと思ってんだろ?ふざけやがって、一人で自己満足に浸ってんじゃねよブタぁ!!』
ぐりぐりと私を踏みつける。それを見ていた男達の笑い声が聞こえる。
少女はベットから降り、代わりに男の一人が声をかけてきた。
『ま、つまりはアレよ。ロザリアちゃんが友達だと思ってる人はみんな、実際には心の中ではバカにしてて、そんなロザリアちゃんは運がいいだけの単なる弱者だったってこと』
……それを聞いて、今までのことが崩れていく。
あんなに幸せだったことは偶然で、私が皆から友達だと思われていることは思い込みで、実際には自分のことしか考えてない女だった?
そんなの――
『おいおい、さらに泣いちゃったよ。ま、そんなことも気づけないから、実の兄にも恨まれるんだよ』
『――え?』
なんで?兄さんのことは嘘じゃ……?
『ハ、ホント馬鹿ね。なんでアタシ達がアンタの事情知ってて、今になってこんなことやったと思う?頼まれたからよ』
……噓だ。そんなの噓だ。
『最初は噓かと疑ったんだけど、聞いてると結構ガチだったんよ。こんな町にこんな小屋建てたし、アタシらが動きやすいよう根回して、しかも金まで出して頼み込んてきたしね』
『マジでな。おれ等もあの……ザルガン、あいつ何だっけ?そう、あのヘルフェンとかいうガキとその取り巻きのせいで退学になるはずが、停学になっただけだしな。ロザリアちゃんの家族やべーよ』
思い出が、記憶の中のあの笑顔が歪んでいく。
今まで信じていたことが砕けても、それだけはないと思っていたのに。
友人だった人の口が開く。
聞きたくない言葉だったのに、それはハッキリと聞こえてしまった。
『アンタをこうしろって言ったの、アンタの兄なんだからさ』
私は、そんなに高望みをした覚えなんてなかった。もちろん、何も望まなかったわけじゃない。綺麗になりたいとか、いい成績を取りたいとか、友達をいっぱい作りたいとか。でも、それは年相応のものだったし何より普通のことだったと思う。
なのに、どうしてこんなに苦しめられなきゃならないんだろうか。
どうして、私は友達を憎ませるようなことしたんだろうか。
どうして、私は何も気づかなかったんだろうか。
どうして……
どうして、と思考が埋め尽くされていると、ポツンと鼻先に何かが落ちてきた。
下を見ると、地面には水滴の跡がつけられていて、だんだん数を増やしていく。
見上げると空から雨が降ってきた。
数分もしないで勢いがついて、あっという間に身体を濡らす。
「………………」
何もせず、ただ空を見上げていると最近の……もう過去と呼べるほど時間が経った気がする出来事を思い出す。
あの時もそうだった。身体を濡らして何もする気力もなく、ただただ歩いていた。
でもある光景に思わず駆け寄ってしまった。
雨の中パンをばらまき、道中に倒れている灰色の髪の少年。
同級生のカエデス・メタスタシス君。
話したのは初めてだったが、彼のことは知っていた。学校では有名で見かけたことはあったし、友人からも彼のことで相談されていたから。
「……なんで、彼に話したんだろ………」
母のこと、兄のこと、私の過去のこと。
普段友人にも話さないようなことを、何で彼には話したのだろう?
……いや、本当は分かっている、単なる傷の舐め合いだ。家族を無くして、まだそれに執着している彼と自分を重ねただけだ。
「……はは」
笑みがこぼれる。
私は何も学ばない。人のことを考えないで自己満足に浸ってる。
だから、こんな目に合っているのかもしれない。
――雨が冷たい。
よく見れば雪が混じっていて、みぞれ雪になっている。
――身体がすごく冷たい。
こんな状態で行くと、更に酷いことをされると分かっているが、魔法を使って雨を弾く気力も湧かない。
足が止まって、その場から動けない。
「…………や………」
また行かなければいけない。魔法具で映像も撮られてしまい、もし誰かに助けを求めたらこれをばら撒くと言われてしまった。
そしたら家族に迷惑がかかってしまう。私とお父さんを受け入れてくれたのに、お母さんと妹に恩を仇で返したくない。
「…………いや……」
兄さんも捕まるかもしれない。何があったのか分からない。でも、兄さんの人生を終わらせたくない。
だから行かなければいけない……けど。
「……もう………いや………!」
もう行きたくない。
あんなことしたくない。
まだ、避妊はしてるけど、それもいつまで持つか分からない。
もしかしたら、今日で生るかもしれない。
そうしたら、私は……
「……助けて……下さい……!」
そう、言葉が出る。
けど、そんな弱弱しい声は雨の音にかき消される。
涙が止まらないまま動かない足に、無理やり一歩踏み出そうと力を入れて。
――誰かに、左手を掴まれた。
振り返るとずぶ濡れで悲しそうで、苦しそうな表情をした灰色の髪の友人が、そこにいた。
お読みいただき、本当にありがとうございます。
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