同級生
目を覚ますと、一人の少女がこちらを見つめていた。
朦朧とする意識で何とか起き上がり、周囲を見渡す。
何か色々転がっているが、それが何なのか頭が回らずワカラナイ。
「…………???」
が、手にぐにゅぅとする感覚に疑問を覚えて目線を下に移す。
手のひらと地面の間でサンドされた、潰れた卵パンがそこにはあった。
「……これがほんとのサンドイッチ、か…………なんて言ってる場合じゃねええぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!?」
ようやく意識が覚醒したと思ったら何だよコレ!?あんなに紙袋いっぱいだったパンが脱走してやがる!?
しかもこんな強い雨の中だというのに、包装されてた袋からも突き破って……
あ、そうだあの時だ。俺がすっころんだ時に紙袋から宙を舞っていたような。
「――この、バカヤロウ共!!何だってこんな時に脱獄なんて決めやがって!!こういう時は外の状況も考慮してから逃げるもんだろうが……まあ檻から出したの俺だけども!!!」
最悪の状況に頭抱えて自分でも訳の分からないこと叫んでいると、横合いから女の声が聞こえた。
「あの……本当に大丈夫ですか……?頭打ったりしたんじゃ……」
小さな声だったが、同時にこちらのことを心配しているのも伝わる優しい声だった。
「はっは。何を言っているんですかお嬢さん。大丈夫ですよ、頭打ってこうなったんじゃないんです。私はね、元からテンションが上がるとオカシクなるだけですから安心してください」
が、対する俺はまったく安心できる声ではなかったのであった。
そしてひとしきり騒いだ後に、肩を落としながら暗い気持ちでパンの確保に向かった。
中身が飛び出て水たまりにダイブしているパンもいるが、仕方がないので持って帰ることに。
紙袋から出ていないパンもいくつかあるのが、不幸中の幸いだろう。
「あの…………」
パンを拾っていると、また小さな声が聞こえてきた。
そういえば何だこの子はと思い、初めてちゃんとその姿を見た。
驚いたことに、結構美人だった。
歳はぱっと見て俺とそんなに変わらない気がする。
整った顔立ちに、とろんとした目、抱きしめれば折れるんじゃないかと思う細い体。ストレートに下ろした長い黒色の髪で、セーレ髪と同じ色だが、あちらはゾッとするほど真っ黒いが、こちらは逆に落ち着く透明感のある黒色だった。
だが雨に打たれているせいか、どこか儚げな印象があった。
よく見れば髪も傷んでいて目の下にはクマがある。儚げとは言ったが、弱々しいと言うかもしれない。
でもこの人、どこかで見た気が……
「あの、手伝いましょうか……?」
俺がパンを拾い上げてるのを見て、そう声を口にした。
「ああ、いや、大丈夫ですよ。こんな雨水を吸い取ったパンとか、触らせる訳にはいかないですから」
さっきまでは混乱してたが、今は落ち着いたので口調を正して断った。
しかし女性は首を振った。
「やっぱり手伝いますよ、この量じゃ大変でしょうですし。それに触れない方が早く終わりますから」
そう言って落ちてるパン達を一秒だけ見つめ、手を伸ばす。
すると手首辺りが薄赤く光だし、そのまま持ち上げるようにクイっと指を上げるとパンが浮かんだ。
「その紙袋に入れればよろしいでしょうか」
「……へ?あ、いや。ちょっと待ってください……!」
啞然としてると本人は何でもないような顔で聞いてくる。
魔力の感じから浮遊魔法あたりの魔法を使ったんだろうが、その運用が高度なものに驚いた。
実は魔法で自分を浮かべることは割と簡単だが、自分以外の物を浮かばせるのは難しいのだという。
というのも、そういう魔法などは他の魔法と比べて魔法を放つ前に対象の中に向けて魔力流す必要があり、その場合対象の内部構造をある程度理解していなくてはならないらしい。無意識で構造を理解している自分の身体とは違い、いちいち構造を解析するのは大変なのだとか。
その為かなり精密な魔力操作が必要で、学校の試験でも石ころを持ち上げるテストなどがある。
もちろん、構造理解を同時にする魔法も存在するのだが、その場合はその場合で習得そのものが難しい高等魔法なのだという。
彼女はなんて事のないように実行していたので、どちらにしても卓越した魔法使いなのは変わらない……というか魔法使いだったのか?
急いで紙袋を無事なパン入れと無事じゃないパン入れとで分け、無事じゃない方に浮かんだパンを入れてもらった。
「……その、ありがとう。手伝ってもらって」
「いいえ、これくらいは簡単に出来るので」
「これを簡単と言えるのが凄いな」
噓偽りない、心からの称賛を口にした。
――が、急に彼女は目を見開き、激しく身体を震わせた。
「あ、あ、あああ、あ……!!す、すみません!!簡単なんて調子に乗ったことを言って!も、もう言いませんから!だ、だか、だからお願いします、許していただけませんか!?許してください!!お願いします!許してください……!本当に、お願いします!!!」
怯えた顔で体を伏せ、何度も頭を地面に叩きつけながらそう懇願してくる。
突然のことで呆気にとられたが、すぐに彼女に駆け寄った。
「ど、どうしたんですかいきなり!?大丈夫ですよ、俺は何も気にしてません。だから落ち着いてください!そんなに叩きつけたら額から血が……!」
動きを止めようと彼女の肩を掴んだ。
その瞬間、彼女の震えはひときわ強くなり……
「触らないで!」
俺の手を乱暴に振り払った。
「あ……」
それで彼女は正気に戻ったのか、ポカンとした顔で俺を見ている。
「……ごめん、急に触って」
「………………」
彼女は涙をこらえるような顔して、立ち上がった。
「ごめんなさい、おかしなところを見せて」
深々とお辞儀をし、その場から逃げるように走り去った。
その後ろ姿を見て、俺は……
「……やめろ、俺の知ったことじゃないだろ」
誰かに言い訳するように呟き、前を向いて歩いた。
……何か大変なことが起きたのは分かる、急に怯えだすほどの何かが。
俺はそれを知らないし、それについて大丈夫?なんて聞けない。
そもそも何て声をかけるべきか分からないのだ、だから家に帰るしかない。
――たとえどんなに気がかりでも、知らないのだから。
「……でもお礼してないな」
雨の中、立ち止まる。
誰かに言うように、また呟いた。
……確かに、お礼はしてない。普通だったらそれなりの時間が掛かるのを一瞬でやってくれたのだ、それに対してのお礼がまだだった。
それが、何故か引っかかる、さっきまで考えてことと一緒に。
「……ああもう、クソ!」
振り返り、来た道を逆走する。
そうだ、正しくない。どの様な理由だったとしても、このまま追わないことは正しくない。
少しだけ坂道を下ると、先ほどの少女の姿が見えた。
立ち去った時には走っていたが途中から歩き出したのか、案外距離は離れてはいなかった。
ふらつきながら歩くその後ろ姿を見て、俺は声を出した。
「待って」
声を掛けると、ビクッとして立ち止まった。
何か大変なことが起きたのは分かる、急に怯えだすほどの何かが。
俺はそれを知らないし、それについて大丈夫?なんて聞けない。
でも。
「身体、濡れてる」
このくらいなら、言ってもいいはずだ。
こちらに振り向く彼女は驚き、そして泣きそうな顔をしていた。
「どうしてこうなった」
俺は今、盛大に頭を抱えている。
なぜこんなとんでもない事になったのか、未だに理解できない。
現在、自分の家の中にいるのだが、俺一人じゃない。
正確には隣の建物だが、そこから音が聞こえてくる。
そう、そこでシャワーを浴びている女性がいるのだった。
俺は数十分前に出会った少女にシャワーを貸していた。
「おかしいだろ。何でこうなったんや」
事の始まりは俺が『身体が濡れてる』何て言った後、彼女を家まで連れてきたのだ。
別にやましいことはなく、単に身体を拭くためのタオルを渡し、ついでに傘を貸そうと思っただけだった。
そして家についてタオルを渡そうとしたとき、濡れてる身体と服を見て思わず、そう思わず。
『シャワー浴びる?』
と、言ってしまったのだ。
何言ってんだと思った時には遅く、彼女は口を開けてポカンとしていた。
当然だ、半ば無理やり家に連れて来てこんなこと女性相手に言ったのだ。セクハラ紛いで訴えられる。
それに気付き訂正しようとしたら、何故か、そう何故か。
『お願いできますか』
と、彼女が言ったのだった。
……いやおかしいだろ。何で?何でそんな簡単にオッケー出すんですか?
家に来させようとした時も、少し戸惑っただけでホイホイ付いて来ちゃったし。
「大体、濡れてる発言もセクハラ気味だったし……もう分かんないぜ」
自分の責任なのにグチグチ文句を言ってると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
シャワーが終わったのか、あの少女は少し大きい女物の白いカーディガンを着ていた。
「――――」
その姿を見て俺は、あいつを……
「あの、ありがとうございます。シャワーお借りしてしまって」
声を掛けられ意識が戻った。
彼女は玄関に突っ立ってるだけで、先には来ようとしない。
「ああ、大丈夫ですよ、俺が提案したことなんですから。それよりどうぞ、狭くて汚い部屋ですけど。何か淹れますね」
台所に移動してやかんに水を入れ、火をつけてお湯を沸かす。こんな時にお湯を出す魔法具があればいいのだが、そんなものはないので時代遅れの方法になってしまう。
お湯を沸かしている間に何かないか探す。棚を漁っていると、奇跡的にお湯で注ぐだけで完成するコーヒー豆を発見。裏を見ると賞味期限ギリギリだったが無視した。
お湯が沸いたので、コップに豆を入れお湯を注ぎ入れ、少しかき混ぜて持っていく。
居間の方を見ると彼女はテーブルの方に慎ましく座っていた。
「どうぞ、多分安物ですけど」
コップを前に置くとこちらの方を見て、彼女は座った状態で頭を下げた。
「ありがとうございますメタスタシス君、こんなわざわざ」
「いいですよ頭なんて下げなくて、俺が勝手にしたことですか……あれ、名前言いましたっけ?」
名前を言った覚えはないのだが、何故知ってるんだろう?
彼女は頭を上げて答えた。
「だって、同じ学校ですよね?」
彼女は不思議そうに首を傾げていた。
「え、そうなんですか!?」
「そうですよ。だから敬語はやめてください、同級生なんですから」
「同級生……?」
「はい。私はロザリア・ミシェル。同じヒストリア魔法学校の二年生です」
お読みいただき、本当にありがとうございます。
面白い、続きが気になると思っていただけた方は、⇩の☆☆☆☆☆(面白かったかつまらなかったか、正直な気持ちで大丈夫です)、感想、評価、ブックマーク等、応援よろしくお願いいたします。




