魔術師
「魔術、師……?」
そう名乗ったセーレに愕然とした。
「そうだよ。でも、これじゃあ何だか言い訳みたいになっちゃうね。結局この方法で測定出来ないんだから」
苦笑し座っていた椅子にもたれかかった。ただでさえ目立っていた大きな胸が強調されているが、本人は気にした素振りはない。案外天然なのだろうか。
いや、そんなことよりも。
「魔術師ってもういないんじゃないのか!?魔法の復活で魔術そのものがなくなったんじゃ……!?」
そう、それが一番驚きだった。
学校の授業をほとんど真面目に聞いていない俺でも、魔術が消滅したというのは分かる。
授業や滅茶苦茶怠い全校集会、変なこと言う国王の演説でも魔術の消滅理由を毎回聞かされるからだ。
魔術なんてものはもう存在しない異能力で、現代に魔術師なんていればそれはもう未確認生命体レベルの存在。今ではそんな扱いになっている。
「確かに魔術は消滅してる。でも何事にも例外はあるだろう?わたしがその例外だったワケだよ」
「……いや、信じられないな。魔術なんて、ホントにあったのかどうかも疑わしいんだ。何か証明するものがあるのか?」
「別に君が信じようが信じまいが知ったことではないんだけど。んー、そうだな……」
少し悩みを見せた後、セーレは袖を捲り上げた。
長袖の服からシミ一つない綺麗な肌が露になっていくのを見て、こんな時でもドキリしてしまう。
そして肩まで袖を上げると、その腕を指さした。
「この腕を見てごらん」
そう言われたので、目を細め、腕をじっと見つめる。
「どう?分かったでしょ」
「………?別に?」
へ?というどこか間抜けな声を出すセーレだったが、特に変わったところはない。強いて言うなら程よい肉付きなんだなと思ったが、伝えるのはやめておいた。
セーレは何かに気づいたのか、俺に指摘してきた。
「君、ただ見てるだけでしょ。そうじゃなくて、もっと体内の魔力を回して目を補強するんだ」
――体内での、魔力操作……だと?
「………………………」
「………えっと。そんなに見つめられると恥ずかしいんだけど。見ればすぐわかるでしょう?」
「………………あ、あっああああああ!!術式がない!?」
遅いよ!と顔を少し赤くして糾弾するセーレだが、俺は驚きのあまり啞然としてしまった。
魔法使いは術式を構成する文字を肉体に刻み、そこに魔力を流すことによって魔法を発動する。その術式の文字は腕や足に刻んでいて普段は見えないのだが、術式に魔力を通す時や体にある魔力を回して目を補強することによって見えるようになる。
……まぁ俺は魔力操作が苦手なもんだから、目を補強するにも時間がかかるのだが。
「ホントに術式がない。でもこれだけなら、お前は魔法を使わないから刻んでないだけで……あ、いやでも俺が家に来るのが分かるってあの時」
「だから魔術なんだってば。君がこの家に来た時に術式とは言ってたけど、魔法のとは言ってなかったでしょ?」
確かに二回目にこの家に来た時、術式とは言っていたがそれが魔法のものとは一言も口にしてなかった。
だが、あの時は恐怖で頭が回ってなかったし、術式は呪術や錬金術にも一応存在するので気にもしていなかった。
「ああでも待て、アレは元々この家に刻まれたものだったら関係ないはずだ。家の術式の効果で俺が来ることをお前にも知らせるものだったとしたらどうだ?だいたい、俺が来ることが分かったところで、お前が魔術師だっていう証明にはならないだろ」
「じゃあ証明するよ」
こっちが何度もしつこく食い下がると、セーレは微笑んでそう答えた。
「証明って……どうやって?」
「今から体に術式を刻み込む」
その言葉に更に驚愕する。それは今からするにはあまりに危険だったからだ。
「ちょ、ちょちょちょっと待てよ!?術式ってのはそんな簡単に刻めることはできないんだぞ!?魔導書に書かれてる手順通りにしないと体が傷つく!それに専用の道具だってないから刻み込みは……!」
できない、と言いかけて言葉が止まった。
セーレの腕から赤く光る文字が浮かび上がり、その文字に続いて新たな文字が浮かんできた。
この文字の魔力は術式に刻むときに用いる魔法具の魔力と同じだが、どこか違うような気もする。
それに文字が魔法のとは全く別なのだ。ところどころ似ているのは出てくるが、全体的に魔法のに比べて文字が小さい。
終わったのか腕には輝きがなくなり、切り傷のように文字が刻まれてあった。
「これが魔術の術式だよ。刻み込んだ後は魔法のとは違い魔力を通さなくても術式が見える」
「……魔法のとはやり方も文字も違う」
「そうだね。魔法だと術式を構成する文字を魔導書に書いてある手順で体に刻むけど、それには専用の魔法具が必要になる。でも魔術の場合は必要な時に自分で体に刻むんだ。文字も魔法のとは違って術式の文字数は一緒だけど形は違う。定義では魔法が大文字で魔術は小文字なんだとか」
――手順違い。大文字と小文字。
見たことないがこれが別の異能力なら、魔法のとはやり方が恐らく似通ってもいないであろう。
しかしセーレがやったものは、魔法のとは違ったがどこか似ている。
「……でも、何で最初から刻んでおかないんだ?」
「もうすぐ分かるよ」
その言葉に首を傾げそうになったが、次の瞬間、腕に刻まれた文字が段々と消えていき、最初と変わらない、シミ一つない綺麗な腕に戻っていった。
何度目か分からない衝撃に開いた口が塞がらないが、セーレは言葉を続けた。
「魔術の術式は魔法や他の異能とは違い、少ししたら刻んだ術式が消えてなくなる。だから魔術師は魔術を使うその場その場で術式を刻まなきゃいけないんだ」
魔法と似ているやり方に似ている文字、だが違う法則に成り立っている。
魔法とは違う異能力。それはつまり。
「じゃあお前、本当に魔術師なのか……?」
「やっと信じてくれたね」
ニコリと微笑み、袖を下ろすセーレ。
「いや、でもホントに……驚いた。何だか宇宙人に出会ったような感覚だよ」
「わたしを宇宙からやってきた侵略生命体と同列だと思われるのは複雑だけど、この時代には珍しいだろうね」
珍しいというか、間違いなく革新歴では見ることはないんじゃないだろうか。魔術師は神消歴の頃の人間なので、現代に現れたら時間移動の類だろう。それとも実は隠れてどこかに生き残りがいるのか?
セーレが指で回して遊んでいる水晶玉を見ながらそう考えていると、忘れていた疑問を思い出した。
「あ、そうだ。お前が魔術師なのは信じたけど、何で外からの魔力供給が出来ないんだ?」
ある意味最初の疑問だった、何で魔術師は外からの魔力を得れないのかということ。
「それが魔術師というものだからだよ。体の構造が現代の人間とは違って、外部からの魔力を得ることは出来ないんだ。あ、ごめん、これは正確じゃないね。魔力供給が出来ないだけで、外の魔力を奪う魔術はあるんだ」
へえーと解った風に声を出すが、そこで新たな疑問が浮かんだ。
「なあ、魔術と魔法ってどう違うんだ?よく魔法の劣化と聞くけど」
するとセーレは微笑気味に口元を歪ませた。
しまった……劣化とか、普通は相手に対して使う言葉じゃない。
「あ、いや、その。ごめん、劣化とか言って。それにさっきも消えたとか無くなったとか叫んで……」
「いいよ気にしてないさ、事実だしね。基本的に大半の魔術の力は魔法の劣化したもの、つまりは効果が弱いんだよ。それに魔術師は外からの魔力供給が出来ないから自分の中の魔力を使うしかないし、そのせいでもっと魔法と魔術の差が広がってる」
「そうなのか?魔術師でもそれは変わらないのか?」
「うん。さっきも言ったけど、星と人とでは魔力の質も量も違うからね、供給源が自分自身だからという理由もあって、大半の魔術師は魔法使いよりも弱いんだよ」
外ではなく内からの魔力を使う。魔法使いも体内の魔力を使うが、それはあくまでも肉体の補強に使っている。魔法の発動は外からの魔力を使用するため同じ魔力ではないが、全てを自分の魔力で補う魔術師は魔法使いよりも劣るということか。
「…………」
などと考えていると、セーレがいきなり黙り込んでしまった。
「?おい、どうした?」
「……この話で思ったんだけどさ、君の魔力供給が悪いのは、本来の供給源が違うからじゃない?」
いきなり何を言ってるんだと思ったが、こんな話をすることになった原因である、俺の魔力測定のことについてだった。
「あぁ……悪いけどそれは違うぜ。学校でも一度その話になって何度か調査したけど、既存の概念供給での魔力は俺の体に合わなかったんだよ。そもそも体の機能が概念供給向けじゃないそうだったし」
魔法使いは、生まれた時に星からの魔力ではなく、別の場所から魔力を得ることがある。
その最たる例が概念供給といい、普通の魔力供給を行うのが難しくなってしまう。
もちろん、通常でも魔力結晶と呼ばれる、魔力が溜まっている結晶から供給することもある。
だが彼等は、生まれた時に概念と繋がってしまい、身体がそこから魔力を得てしまうのだという。
先生からそれなんじゃないかと調査したことがあったが、そういうわけではなかった。
「……なら続きで試してみよか」
「続き?何の?」
「君の魔力供給だよ、わたしのことで随分時間をかけてしまったけど、元々君の効率を上げるためにやってたんだから」
おおーと感動するように声を出す。
ぶっちゃけさっきまで頭から吹っ飛んでいたが、セーレの方は覚えてくれてたらしい。
水晶玉を手渡してきたので、それを受け取ろうする。
が、何故かセーレが手を引っ込めた。
「え、何?」
「……いや、こっちの方が早いか」
そう呟くともう片方の手をこっちの胸に置いてきた。
「え、あ、ああ、ちょあ、な、な、なに!?」
思わずキョドってしまったが、仕方無いでしょうこれは。だってこれはドキドキする行為なのだから。
「大丈夫、ちょっと体の中を見るだけだよ」
へ!?と大きな声を出したが、セーレは目をつぶっている。
見れば腕が少し光っている、恐らく魔術を使っているのだろう。
一体何のためにかこれはまずいいい匂いがして心臓がバクバク。
「ちょっと。凄く心臓がうるさいじゃないか」
笑いながら言うセーレのせいで更に意識してしまう。
(ううぅぅ~ある意味地獄だこれ……)
そうして悶絶していると。
「……開いてない?」
と、目をつぶりながらも険しい顔でセーレが呟いた。
「開いてないって、何が?」
「……」
そう聞くが答えず胸に手を置き続けている。
居心地が悪いので、身体を捩るか考えていると、不意に顔を上げた。
「さっきの測定時と同じイメージで魔力供給をしてくれるかい。途中でそれが何かに変わるから、それを教えてほしい」
「な、何だよ急に?何で測定器も無しにそんなことを?それに変わるって何だよ」
「いいから、もしかしたら何か解るかもしれない。魔力は身体に取り入れるだけで、放出はしないように」
そうしてまた目をつぶってしまったので、仕方なくこちらは言う通りイメージする。
――海の中を潜り、下に下に進んでいく。
途中でセーレの腕から魔力を感じたが、構わず魔力供給に集中する。
――そして、何かと繋がった感覚と共に海の底に恐怖を感じ、振り向こうとしたとき。
バシャ、と何かの音がした。
「――は?」
おかしい、俺は海の中にいたはずなのに……
なのに。
「まさか、君……」
――セーレの声がする。
なのになんだ、これは。
「いや、そもそも。君は、もしかして……」
――驚いた声がする。
これは……
「……………………血しぶき……?」
――――●じゃなくて◆◆◆◆に繋がって――
「あ、バカ!!?」
セーレが焦った声を出し、俺の手からいきなり光が爆ぜた。
「……やっちまったぜ」
トボトボと歩きながらそう呟く。
空は俺の気分と同調するのように曇っていて、雨でも降りそうな天気だ。
「降りそうっていうか、降るんだっけ?まぁいいや……」
現在午後五時半、俺は(前借りだったが)初給料の黒色の三枚のコイン(一枚で十万ゼニー分)を手に、おっちゃんのパン屋に向かっていた。
あの後、俺が勢い余って供給しすぎた魔力が暴発し、机の上に積み重なった書類の山をぶち抜くという事態になった。しかもど真ん中に。
幸いにも部屋自体は無事だったが、山積みの書類や魔法具がいくつか焼き切れてしまった。
そしてカンカンに怒ったセーレに説教を受けていたのである。
説教が終わると、セーレは部屋の片付けをするらしく、頼んでいた前借りの給料を渡し帰るよう言われた。
俺が片付けるとは言ったのだが、勝手に書類を見られたくないのだという。
そんなこんなで、コイン片手に夕飯を買うため歩いていたのだ。
「……ハァ」
それにしても本当にやっちまった、セーレに身体に入れるだけでいいと言われていたのに、出しちまった。魔力操作の下手さがここでも表れる。
だけどあの時、あんなに魔力が入ってくるなんて思いもよらなかった……それも何か、変な感じで。
でも原因としては、俺のイメージが問題だったらしい。よくは思い出せないが、海の中が何かに変わったのは覚えてる。セーレが何か魔術をかけたのだろうか?
……魔術といえば、セーレが魔術師だったのが一番驚きだった。
消えた異能力で、消えた異能力者。
今の時代で魔術師なんて言えば、もう保護されるんじゃないかってぐらいの存在なのだから。
……でも、何でこんなところにいるんだろうか、アイツは?それに魔法に関してもかなり詳しそうで。
「……あ~もう何だか一日でとんでもない情報量を頭に入れた気がする」
何はともあれ疲れた。今思えば、ここ最近金がなくてロクに食ってなかったからか腹が減った。
「よし。給料も入ったことだし結構多めにパンを買いますかね!」
何とか気力を振る絞って、色々と前向きに考えることにした。
せっかくだからいつもの卵サンドだけではなくて、フルーツサンドとか買ってみようかな。
そうして重たい足を無理やり動かしてると店に着いた。
売り場にはいつものパンも売られていたが、何だか今日はレパートリーが多い気が……
「あら、カエデスくん。今日も来たのね」
すると奥からおっちゃんではなく、その奥さんがやってきた。
「あれ、おっちゃんは?」
そう聞くと、ここだぜと言っておっちゃんも奥から出てきた。
「今日はわたしも手伝うことにしたの。パンもわたしがいっぱい作ったし、新しいのもあるのよ!」
「そうなんですか。今日は沢山買う予定なので楽しみです」
「お、よかったじゃねえか。作りすぎたって嘆いてたのが無駄じゃなかったな」
笑うおっちゃんの肩を言うんじゃないわよと叩く光景を見ながら、パンを買った。
「やべぇ。買いすぎた」
今俺は、両手にパンいっぱいの紙袋を持って坂道を歩いていた。
滅茶苦茶うまそうなパンが大量にあったので調子に乗って買いまくった結果、こんな量になってしまった。
「クソ、疲れた……!」
ただでさえキツイというのに、坂道なのが余計辛い。
そして不運はまだ続いた、鼻に何かポツンと来たのだ。
「…………ん?」
何だと思い見上げると、空からぽつぽつと雨が降ってきた。
「げ、こんな時に」
傘なんて持ってないし、雨風を防ぐ魔法なんて習得してないので、急いで帰ることに。
だんだんと強くなる雨に不安を感じて坂道を走っていると、袋の中のパンが一つ落ちた。
「何だよもう……あ」
拾おうとして急ブレーキをかけたが、雨のせいで地面が濡れていてツルっといってしまい……
ゴン!!っと頭を打ち付けてしまった。
宙を舞う紙袋に入っていたパン達を最後に、俺の意識はどこかへ旅立った。
「………………の…………あの……大丈夫、ですか?」
そして、目が覚めて最初に見たのは、強い雨の中傘も差さずに、心配そうにこちらを見つめる少女の姿だった。
お読みいただき、本当にありがとうございます。
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