魔力
セーレ・グレモリーなる人物の家に来て七日が経った。
この七日間、俺は朝から彼女の下に行き夕方になったら帰るを繰り返していた。
彼女の話相手になる。そんな訳の分からない仕事だったが、そのおかげで彼女と良好な関係を築いている。
――例えば、五日前はこんな会話。
『メタスタシスさんって、どうして昨日一昨日とで同じ服着てるの?もしかして洗濯してないの?』
『いや、違いますよ。これは同じ服であって別の服なんです。俺って今日なに着るか、なんていちいち考えんのが面倒くさいから、同じ服を何着も買っていくんですよ。だから葬式とか学校とか、そういう畏まった場所に行く時以外の服は全部これです。この格好のセット、家に何着もあるんですよ』
『………………あぁ、そう』
――例えば、四日前はこんな会話。
『あの、メタスタシスさん。今どうやってソレ食べてます?』
『え……?カルボナーラをフォークで食べてますけど?』
『そうじゃなくて。何でカルボナーラの上にハムサンド乗せて食べてるんですか?』
『美味いじゃないですか。カルボナーラだってベーコン入ってるんですよ。ならハムがあったっておかしくないでしょう。それにどっかの国は、麵料理をパンに挟んで食べてるらしいから問題なしです』
『………………そうだね』
――例えば、一昨日はこんな会話。
『ねぇ、カエデス。何で床の上で寝転んでいるんだい?そこにソファーがあるから普通そこで寝転ぶと思うんだけど。それにわたしのベット使っていいって言ってるのに、何でわざわざそこを選ぶんだい?』
『床で寝てると気持ちいいんですよ。もちろんソファーやベットの上も気持ちいいんですが、こうやって寝るとまた別の良さがあるんですよ。よく外歩いてて道端で寝転びたいって思う時あるじゃないですか、アレです』
『………………』
――例えば、昨日はこんな会話。
『カエデスもわたしに対して砕けた口調でいいからね?というか、わたしはもうそうしてるし』
『え、いいんですか?』
『うん、いいよ。それにグレモリーじゃなくてセーレと呼んでもオッケーだよ』
『そっか。ありがとうセーレ。でも、どうして急にそんなことを?』
『……なんというか。カエデスに敬語で話しかけられると……こう、なんというか………気持ち悪い』
『気持ち悪い!?』
と、こんな感じで上手くやっている。
ちなみにここに来てこんな会話ばっかしているため、春休み前に頑張ろうとか言っていた勉強は一切やっていなかった。
ふとした瞬間にシャロム先生の顔が浮かび上がるが、思い出すたびに頭を振ってそれをかき消している。
そして、今日も俺はセーレの家に来ていた。
どんな会話をしているのかというと……
「来て早々誠に申し訳ないのですが、給料の前借りをさせてもらえないでしょうか?」
俺は、頭を下げていた。
「……ホントに来て早々どうしたの?ビックリするんだけど」
椅子に座ったセーレが少し引いた目で俺を見下ろしているが、この願いはどうしても叶えてもらいたいので、俺は頭を下げ続けるしかない。
頭を下げているのはここに訪れた理由と関係がある。というか理由そのものである。
金銭不足だった。
今まで百コイン二枚で頑張っていたが、先日底をついてしまった。
家賃や税金は別で払ってもらっているので問題ないが、このままだと最近妙に高くなった日用品や食糧を買うことができない。
……まあ、所持金ゼロなので高くなったとか関係はないが。
頭を下げながらそのことを伝えると、呆れた声だったが許可してくれた。
「ありがとうございます……!本当に……本当にありがとうご」
「ちょっと怖いんだけど。何?君ここで働く前はどんな生活してたの?」
涙目になって口にした感謝の言葉が遮られた。
「その、何というか。俺、仕送りで生活しているんですけど金額が少なくて」
「……仕送り?ご両親から?」
「いや、伯母からなんですけどね。学費とか払ってくれるんですけど、生活費が少ないんですよ。だから前借り出来たのは嬉しかったです」
「なんだかあまりいい気分じゃない気がするよ……それとこの前言ったよね、敬語はやめてって。カエデスがわたしに敬語だと変な感じがするの……そもそも、足りないのならもっと早くバイトやっとくべきだったんじゃないかな?」
「いや、それはごもっともなんだけど、なんだかんだ生活できたからやんなくてもいいかなって」
実は何度か底が尽き、その度ヘルフェンに金を借りていたのだが……言うのはやめておいた。
今日何度目かのため息をつくセーレに、何だかいたたまれない気持ちになる。
「……そういえば学費を払ってくれるって言ってたけど、君どこの学校通っているんだい?」
「え?あぁ、ヒストリアってところ。ファブニールっていう街にあるんだけど」
「ヒストリア……名門じゃないか。あとファブニールはこの国では有名な街だよ。この前雑誌で取り上げられてたし」
ほら、と言い床に落ちている雑誌を拾って俺に見せる。
見出しにはファブニールの人気の理由が書かれていた。流石この国の中で一位二位の人気を争う街。ゲリュオンとは大違いだ。
「王都と並んで人気だからね。そもそもこの国のほとんどの街は有名だから、逆にここは珍しいよね」
確かにセーレの言うことは分かる。
我が国『テュフォン王国』は世界でもかなりの大国であり、あらゆる面で他国と比べて進んでいる。経済力や軍事力は当然、娯楽関連も豊富であり、その中でも『バジリスク』と『ファブニール』は凄まじい。残りの街も二つほどではないが、決して遅れているわけではなく、魔法具開発所や階級試験場など国にとって重要な場所などがある。
が、何故かこの町だけは何もされなく、国からもスルーされている。俺がここに住み始めた頃に町の名前を学校の奴らに言ったらどいつもこいつも知らないと言い、知ってる奴は『あんな何にもない町に住んでるなんてどうかしてるわ』とバカにしてきやがった。
「おいおいおいなんだこの雑誌。『ゲリュオンの魅力・自然豊か』じゃねぇよ。豊かというか単に森があるだけで魅力ってほどでもねぇし、自然が見たいならそこらの村にあんだろ……てか魅力一つしか書いてないじゃねぇか」
「他は大体十個以上書いてあるのにね」
セーレはフフフと笑いだす。
自分でも酷評しているが、住んでいる町を他人に笑われるのは何だか複雑な気分だ。
「それにしても君、あんなレベルの高い学校に通っていたんだね。ちょっとビックリかも」
こちらが(多分)渋い顔をしてると、さっきの疑問投げかけてきた。
「一応ね一応。ま、名門って言ってもそこらの学校と変わらねぇよ。ああいう学校は貴族様が行くのが定石なのに、俺みたいな平民が結構いるからな」
「確かにね。ヒストリアは歴史ある魔法学校なのに貴族専用の学校じゃない。身分関係なく平等に審査してくれる……それが良いか悪いかは分からないけどね」
「俺が言うのもなんだけど、多分悪いぜそれ。歴史ある学校を俺みたいな奴が現在進行形で評判落としてるからな」
よく小説や漫画などで、理不尽なことを言い出す生意気な貴族生徒やその貴族を贔屓する汚職教師など描かれているが、実際にそんな奴はいない。
確かに見下してくる奴はいるが、どちらかというと少数だ。しっかりと常識と良識を持ち合わせ、貴族特有の厳しい環境の中ひたむきに努力してるのが大多数である。成績優秀者も貴族系の生徒が多い。むしろ自分の地位や成績にコンプレックスを感じて暴れだす平民系の生徒が多い始末だ。
「学年主任の先生も言ってたけど、もう完全に貴族だけの学校にする案が出てるからな。平民系でも優秀な奴はいるにはいるが、それでも大半は平均レベルだ。それより下も割といるしな……俺もそうだけど」
「そういえばさっきも言ってたねそんなこと。君、落ちこぼれなの?」
はっきり言うねこの人。
「……まぁ、そうだね。落ちこぼれだね。それも最下位レベルの」
「それは、うん。酷いことを聞いたね」
……気まずい空気が流れる。
胸にくる沈黙の痛みは耐えきれないので、咳払いをして話を戻した。
「だからそんなこんなで、うちの学校はそんな大したもんじゃないってことよ」
「その話を聞く限りそうだね……わたしもこの前方針変えた方がいいってアドバイスしたし」
「へ?誰に?」
「何でもない。それより気になったんだけど、なんでそんなに成績悪いの?」
小声で何か呟いたと思えば、セーレは俺の成績を気になりだした。
正直あまり言いたくないのだが、さっきの空気になりそうなので言うことにした。
「純粋に俺がサボっただけだよ、勉強してないのが原因だし」
「いや、わたしが聞いてるのは実技の話。魔法学校なんだからそっちもやるでしょ……あと筆記はちゃんと勉強しなよ」
シャロム先生にも言われたのにコイツにも言われた……やはり逃れられないのか。
「実技はそもそもが駄目。何度か練習してるけど、どの分野でも全く上手くいかない」
実技に関しては魔法学の先生から『才能がない』と駄目だしされるほどで、半ばというか完全に諦めている。
「ふーん。何で上手くいかないの?」
「何でって……色々あるけど、一番の理由は魔力供給と魔力操作が致命的に下手くそって言われた」
魔力操作とは文字通り魔力を操ることで、身体や術式、魔法そのものにどこまで自由に操作できるのかを意味する。魔法を使える人間としては生まれた時からの技術であり、最も大事なこと。
魔力供給とは大気の魔力を自分のモノにすることで、その魔力をどのくらいの量を吸収し、それがどれくらいの質なのかを意味する。魔法を使う人間としては生まれた時からの機能であり、最も重要なこと。
この二つが魔法使いとして土台になっていて、ここが成ってないと、どれだけ魔法を覚えても意味がない。
だが俺はこの二つが最も駄目で、魔力供給に関しては量と質はどちらも最低値であった。
「魔法使いとしての基礎が出来てないんじゃ話にもならない。俺は魔法使いとして向いてないんじゃないかと思ってんだけど」
「…………」
セーレは腕組んでじっとこちらを見つめてくる。
じゃあなんで魔法学校入ったんだよ、そう言いたいのだろうか。事実は語りたくないので適当な言い訳を考えねばと思っていると、
「わたしが教えようか」
セーレはそう口にした。
「……ん?」
「わたしが教えれば多少マシになるかもだけど、どうする?」
「………………え?」
あんなに散らかっていた床が綺麗になっていた。
転がってる魔法具やら本やら書類やらを机の上に乗せただけなのだが、それでも数十分前と比べると見栄えが良い。
もっとも、積み重なってあらゆるものが素材となった机の山を見てると、それがいつ崩れるかが心配でならないが。
「さて、何からやろうか」
しかしこの家の主であるセーレは特に気にした様子もなく張り切っている。
どうしてこんな流れるなったのかよく解らないが、セーレが教えると俺がマシになると言ったのが始まりだった。
最初は何言ってんだ思ったが、聞けば昔に魔法を教えていたことがあるという。そして自分が教えれば技術が上昇するとも。
流石に半信半疑でいたが、セーレがやたら自信満々だったので暇つぶし程度で頼んでみた。その結果、まずはということで部屋の片づけをすることになったのだ。これだけで疲れた。
けど本当にセーレは教えられるのだろうか?知識を少しかじった程度で魔法を分かった気になってなければいいが……
「……なぁ、何で片付けたんだ?教えてくれるなら外でもいいんじゃない?」
「外は寒いんだもん。それに家の中でやった方が被害が少ないと思うよ。片付けたのは暴走して巻き込まれないようにするためだし」
暴走?……なんか穏やかじゃないんだけど。
「教えてもらう俺が言うのもアレなんだけど、本当にできるのか?お前が想像してる倍は出来ないぞ俺は」
「多分だけど大丈夫だよ。魔法陣の展開方法とか術式の刻み込みは大変だけど、今回教えるのは基本部分な魔力の操作と供給だから。さっきも言ったけど、何度かこういう機会があったからね」
そう言うとセーレは椅子を持ってきて座り、一度咳払いした。
「概要からおさらいしようか。魔力とはそもそも何?」
「……エネルギーだろ。魔法……錬金術もか、それを使うための燃料」
「細かく言うと?」
「……確か、肉体と魂を支える力の源。魔力がないと生命体の身体は脆くなるんだっけ?」
この星に産まれた生命は、皆等しく身体の中に魔力がある。魔法を使う使わない関係なく、呪術師など、魔力とは違うエネルギーを使う者でさえ身体に巡っている。
なぜなら肉体と魂の維持……
「……あれ、そもそも魂ってなんだっけ?」
授業では嫌と言うほど耳にして何となく理解した気になっていたが、こうやって考えると魂とは何なのか説明ができない。
思わず声に出た疑問にセーレが答えた。
「魂とは普通は見えない、この星から生まれた存在の核であり証明書。言わば、その存在がこの星に産まれたことの証なんだ」
「へぇー知れなかった。魂って心臓みたいなもんだとばかり」
「……異能力の常識だと思ってるんだけど」
授業を真面目に聞いてる時と聞いてない時があるので、異能力の常識なんて知ったことじゃないぜ。
セーレは呆れた声で話を続ける。
「個人差はあれど、心臓から血液と同時に生成される魔力は肉体の補強だけではなく、魂の核を成り立たせるものなんだ。もしも魔力が無ければ、肉体はちょっとしたことで傷つくほど脆くなり、寿命自体が大きく減る。魂はちょっとしたことで崩れ、星から存在そのものを拒絶され、消え去るんだ。証がないと星に生まれたことの証明にはならないからね。星は自分の上で生きている命が、自分によって産みだされたものでなければ嫌がるんだ。意思があるからね」
(……地球の、意思……)
――あぁ、思い出した。授業で聞いたことがある。自ら魔力を生成できる存在は、肉体がどれほど異形でも、魂がどれほど歪でも必ず生命体である。
それはこの星も例外ではない。
「つまり魔力っていうのは肉や骨、血や臓器と同様……いや、それ以上に重要なんだ。生命体が無意識に生成できるもの……当然、それはこの星も例外じゃない」
「確かに、そういえばそうだったような気がする。でも、魔力の生成は星と人とで大きな差があるんだよな」
「うん。星が生み出す魔力と人が生み出す魔力は比べものにならないほど質も量も差がある。純粋に大きさが違うからね。さて、これは理由の一つなんだけど、何で魔法使いは他の異能使いと比べて強いんだと思う?」
「――星からの魔力を、使っているから」
正解、といいウインクするセーレ。
それは……当たり前と言えば当たり前か。どんなに自分の魔力引き出せても、そもそも比較にもならない程の魔力を星から自分のモノにしているのなら、魔法使いが強いのは当然か。
「あ、そうか。だから他の異能力者は魔力じゃ勝てないから別のエネルギーを使いだしたのか。例えば呪術師とかは……なんだっけ、呪力?とか」
「……それはちょっと違うけど、本当に勉強してないんだね。魔法使いが強いのは理由は魔力だけじゃないし、呪術師や錬金術師とかも星からの魔力を一応得ることはできるんだけど……いいや、そのあたりの話はまた今度にして……」
セーレは一度間を置いた。
「魔法使いは星が生み出した大気中にある魔力を自分の体内に取り込み、それを自分の魔力として使い魔法を発動している。星の核から直接取り込めば楽なんだけど、これが中々難しい。ここから本題なんだけど、君はどうやって魔力を供給してるの。イメージはなんて教わってる?」
魔力供給の際には、それを意識したイメージする必要らしく、学校でどう想像するか言われている。確か……
「なるべく深く、そして多く湖の水を両手で掬う。だったな」
「あぁ、一般的だね」
「でもこれよく解らないんだ。毎回両手いっぱいに掬うよう想像しても、得られる魔力は少ないんだ。先生に聞いたらイメージの問題って言われた」
「んー。これ持って一度やってみてくれ」
どこからか持ってきたのか、セーレは透明な水晶玉を投げ渡してきた。
ヒョイと投げられたのを慌ててキャッチする。あぶねぇコイツ。
「魔力測定器だね。それ持って五秒ぐらい魔力供給をするんだ、複雑な魔力操作をする必要ないよ、勝手に供給した魔力が流し込まれるから。学校でもやるでしょ」
「うちの学校の水晶、結構巨大なんだけど……まあいいや」
目を閉じて水晶玉を握り、魔力を得るイメージをする。
……どこかの公園の、小さな湖。手を入れると緩くて、透き通る綺麗な水。
……その温度に慣れて、どこかに繋がる感覚がした時。
それを掌で、一気に……!
「――ッ!」
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