ふらつく足取り
外に出ると冷たい風が出迎えに来た。
いつもなら寒いと文句を言っていたが、身体が熱い今だと気持ちよく感じる。
しばらく風に当たりながら思考を安定させる。
「……ふぅ」
息を吐いて振り返る。
かつて絵本に出てきた、屋根に煙突が付いている二階建ての家。
来た時にはぼやけて見えていた家が今ではハッキリとこの目に映っていた。
これも何かの魔法の効力なのだろうか。技量の低い俺だとわからない事だが疑問は尽きない。
しかし、重要なのは先の出来事だ。
あの時の俺は明らかに普通じゃなかった。脳に危ない薬を直接ぶち込まれ、そのまま激しくシェイクされたような感覚だった。
あの人……セーレ・グレモリーさんの姿を見た時からあの状態になった。
綺麗だった。それはもう綺麗な人だった。
美人というならシャロム先生を始め何人か知っているが、あれはそういうのとは違う気がする。
でも、その違いでもあそこまでおかしくなるなんて考えられない。一目見てああなるならそんなの猛毒と変わらない。外になんて出れるはずがないだろう。
だからこそ、こんな森の中に家を建てたのだろうか?
「……いや、考えても答えは出ない、まずは帰ろう」
疲れた頭で考えてもどうしようもない、今日は家に帰ってそのまま寝よう。
歩き出して帰路につく。
どう来たのかうろ覚えで帰り道が分からず、割と迷いながらも何とか森の出口に出れた。
空を見上げると、もう夕暮れだった。
今日の夕飯はどうしようかなど漠然と考えると家に食い物がないことを思い出したので、帰りにおっちゃんの店に寄ることにした。
カラスの鳴き声だけが響く道。人の声は聞こえず、人の姿がない帰路。
寂しい、と表現する人もいるかもしれないが、やはりこういうのが平和と言うのだろう。
静かで何もない場所が多いこの町、しかしそれは争いもないという事。そして一見誰もいないと思われるが、探せば人と人が寄り添い合い、支え合っている。
泣き声や笑い声、怒りや喜びと言った人々の声はここにもちゃんと存在する。
実は、そんな風景を見るのが結構好きだったり……
……何か今、矛盾した事を思ったような。
「………?」
立ち止まって道の右側の景色を眺めていたら、その先で誰かの後ろ姿があった。
遠くでよく見えないが服装にどこか気品さを感じる。腰まで伸びているロングヘアーが印象的だった。
「女性……だよな?」
こんな田舎では珍しい清楚な感じだが、足取りが妙に遅く少しだけふらついているようにも見える。
それにあの後ろ姿、どこかで……?
「いいや。帰ろ」
腹が減ってきたしさっさと帰ろうと歩き出し、数歩もすればその女性の事なんて気にもしなくなった。
「く、く、くくく……」
現在午後五時、おっちゃんの店前。
もう笑うしかなかった。別に大したことはないが、それでも笑ってしまう。
数分前、おっちゃんの店に来てパンを選んでいた。
疲れたし空腹だったため、普段は買わないようなチョコパンやフルーツサンドなどを両手いっぱい持って会計しようとした。
だが俺はここで気づいた。そう、持ち合わせがないことに。
そして家に帰り金を持っていこうにも、二百ゼニーしかないので絶対に買えない。
その事に気づいた時、自然と笑ってしまった。
「お、おい。カエデスの兄ちゃん、その、大丈夫か?」
「くくく、大丈夫だ」
「絶対大丈夫ではなさそうなんだが」
本日二度目の言葉を聞いて、さらに笑ってしまう。
それにしても、よくもまぁ馬鹿だね自分。
グレモリーさんの家に行くときもそうだが、何も考えてない。常にボーっとしてる事に心底ウンザリする。
学校の授業も思考停止で聴いてるんだよお前は、などと何人かの先生に言われた言葉が否応にも心に沁みる。
「いや、そんなに腹減ってたら持っていっていいんだぜ?別に俺は構わねぇし、最近それなりに売れたからな」
「………………平気だよ。こんな量をタダで貰っていくほど、俺は良識は壊滅的じゃないからな」
金を借りようとしたりと、常識は怪しいけどね。
……いつもの事だが、今日も飯抜きか。
「なんかすげえ間があった気がするけど、とにかくいらねえんだな?」
「ああ、飯はこっちで何とかするよ。ところでおっちゃん。なに、人来てんの?」
それなり売れたと言ったが、ここは人が少ない穴場なので人が来すぎると俺が困る。
おっちゃんは複雑そうな顔して答えた。
「まあな。最近若い奴らがそこそこ来てな、割と買っていくんだ」
「へえー。ついにこの店の価値を知られちまったか。嬉しいような悲しいような」
「嬉しいこと言ってくれるぜ。だがそいつらがスゲークソガキでな、うるせぇし態度悪いしで最悪なんだよ。昨日なんて金も払わず持っていこうとして、それ注意したら逆ギレしてくんだぜ。正直来ないでほしいのが本音だ」
なんて奴らだ、おっちゃんがここまで言うなんてよっぽどだぞ。
「だが、まぁいいこともある。余るばかりだったパンが減っていくし、奴らのおかげで兄ちゃんがどれだけマシなのか理解できたしな」
「おい、ちょっと待て。その言い方だと俺のこと変な奴と思ってたのか?」
あたりめぇだろう。と、笑いながら答えるおっちゃん。
俺そんなおかしな奴だったのか。ちょっとショックだ。
「じゃ、俺帰るよおっちゃん。ここに長居はしていられないから」
「あいよ。次来るときは金持ってることを確認してから来るんだな」
心得とくよ、と言い店を出る。
そして数歩歩き出したところで、おっちゃんから声をかけられた。
振り返ると同時に上から袋が落ちてきたので受け止める。中身は俺が買おうとしていたパンがいくつか入っていた。
「金はいらねえからよ。趣味でこんなことやってんのにパン一つくれてやらねぇのはプライド?ってやつが許さねぇんだわ。遠慮せず持ってけ」
……なんてこった、俺は今猛烈に感動している。
これぞまさに男の中の男と言うやつではないか?
「――ありがとうおっちゃん。今初めてかっけぇと思ったかもしれない!」
「それはもっと前から思っとけ!」
俺は心から感謝をこめて礼を言い、おっちゃんはそれに文句を言いながらお互い笑い合った。
今は夜。多分、八時ぐらいだと思う。
私はまたここにいる。
ここはある森の奥に建てられた小屋の中。
ベットが入るぐらい広いから小屋とは言わないのかもしれないが、私は小屋だと思っている。
そして、私はそのベットの上で仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめている。
ベットの横で音が聴こえる。
視線を向けると二人の女性と数人の半裸の男性の騒がしい声だった。
小さな丸いテーブルや床には袋やティッシュが錯乱していて、彼らの手にはサンドイッチやチョコパンなどが握られている。
おそらく、食事中なのだろう。
何かしゃべりながら食べていて、時々甲高い声で笑っている。
散らかっている物は私がまた片付けるんだろうか。彼らを見ながらそんなことを思った。
……この町に来て何日経ったんだろう。
まだ一週間も経っていないはずだが、もう何ヵ月も前からいるように感じる。
でも正確には、町というよりもこの小屋にいての方が正しいのかもしれない。
――これからずっとここにいるんだろうか。それともしばらくしたら別の場所に移動するのだろうか。
「あれ~なんだ起きてんじゃん」
男性の一人がこちらに振り返りそう笑った。
すると他の人達もこちらに振り向き、嬉しそうに笑う。
「ホントじゃん。も~みんなやりすぎだよ~。次また気絶しちゃったらどうするの~」
「悪ィ悪ィ。でもこいつが良すぎるのがいけないんだよ」
「そうそう。こう、なに?身体もさることながら背徳感もあるんだよ。清楚なものをぐちゃぐちゃにする感覚がまたいいんだよねー」
最低~と笑う女性。
すると男の一人が私の近くまで寄ってきて、胸に手を乗せる。
胸を直に触れられる感覚はただただ気持ち悪い。
不快な感覚に眉を寄せると、男性は何故か嬉しそうに口元を歪める。
「いいねぇ~そっちもその気になってんじゃん。じゃ、休憩も済んだし第二ラウンドといきますか」
男性は私の上に跨ると、私の腰を掴む。
他の人達も近寄ってきた。私の髪の毛を引っ張り上げ、そして……
目を閉じながら思った。
多分ここは、地獄なのだろうと。
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