セーレ・グレモリー
裏には『西側の森マデ』と『家がアル』が書いてあった。
あそこの森に家があるなんて見たことも聞いたこともないが、気にしないで行こう。
予定を変更して、その場所に向かって歩き出した。
「……寒い……」
まだ二月の最初。真冬の寒さに身体が震える。息を吐けば白い煙となって空へと昇る。そんな様子を見ながら、俺は歩く。
向こうには手紙などで来ることを伝える必要がなく、いきなり訪れていいらしい。服も自由、持ってくるものない、軽く話して採用を決めるとのこと。
適当すぎるような気がするが、重い空気の中話すのは好きじゃないので好都合だった。
静かな道を進んで行く。
鳥のさえずりがたまに聴こえるぐらいで、人の声や工事の音なんかはない。
田舎だなんだと口にしていたが、こういう静かさは好きだ。何というか、平和を感じる。
指定されていた森に到着し中へ入っていく。
ただでさえ寒かった外だが、この森の中はもっと寒い。幽霊系のモノはいるだけで辺りが冷えるというが、ここはソレな感じがする。
エルフ系の人達は森に住んでいると聞くが、冬とかどうしているのだろうか。今度学校で会ったら聞いてみよう。
そんなどうでもいいことを考えてどこか不気味な森を歩き続けるが、あることに気づき思わず足を止めてしまった。
いや、正確じゃないな。俺はあることを、急に止まった足を見て思わず気づいてしまった。
「…………そういえば、どうして……森の中としか書いてない場所なのに、俺はここまで来れたんだ?」
ある程度森の中は林道にはなっているとはいえ、ここの森は広い。そもそも今俺が立っている場所は道から外れている。ポスターには行き方なんて書いてなかった。
それなのに俺は、何の疑問も持たずにここまで歩いてきた。まるで学校に通うように、家に帰るように。行き方は知っていて当然だと思いながら歩いてきた。
……ヤバい。怖くなってきた。
さっきまでとは別の寒さで体が震える。
もう明らかに異常感漂うこの場所がヤバい。
だって、俺の目の前には、何故かぼやけて見えるけど目的の場所であろう家があるのだから。
「……………………」
ちょっと、マズイ。
何がマズイかって、こんな怪しいところに来た自分の頭がマズイ。
冷静になると、どう考えても怪しいあのポスターに希望を見出しているのが完全に末期だ。
「……帰る、か?」
だが今はポンコツな自分への罵倒をしている場合じゃない。これから帰るか進むかを決めなきゃいけない。
ここから帰ることは簡単だ。森の中をうろついていれば林道に出るはずだから、そこから出口に向かえばいい。
しかし、帰ったところで大丈夫なのか?俺は無意識にこの場所まで来た。ということは、また無意識のうちにこの場所に戻ってくるのではないか?そもそもこの家の主に勝手に帰ったことがバレたら殺されるような……
でも、怖いなぁ。なんか知らないのにここまで来て、その上家がぼやけて見えるんだから。
帰るか入るか。二つの考えがせめぎ合い俺は一歩も動けない。その中で、俺はある文字を思い出してしまった。
その文字は頭の中で何度も出てきては消えてを繰り返していた。
その文字とは。
『月給三十万!』『月給三十万!』『月給三十万!』『月給三十万!』
「………」
そう、わざわざこんなところまで来たのは、この文字を楽しみにしていたからだ。
金がない状態。しかも今後も似たような生活になっていくので、三十万という大金は定期的に手に入れたい。
そしてその文字は段々と大きくなっていき、俺の中の帰るという選択肢が潰れていき……
「よし、行くか」
天秤は傾いた。判定の天使は侮蔑の目で見るかもしれないが、それでも俺は金の誘惑に負けたのである。
まあ、まずね?まず会ってみる。もしかしたらめっちゃいい人かもしれないし、怖くもなんともないかもしれない。
こんな場所に家を建てるのとかは森が好きなだけかもしれないし、家が見えないのは家の安全のために、そういう魔法を家にかけてるだけかもだし。
それに、ほら。ここまで勝手足が動いたのは、道に迷わせないささやかなサービスなのかもだから。
鼓動が大きくなる心臓を無視して一歩一歩、確実に家に向かって歩いていく。
扉の前に来て、少し震えながら三回ほどノックをする。
「すみません。あの、ポスター?のやつ見て来たんですけど」
少し強めに声をかけると、数秒経って扉の向こうから返事がきた。
「ハーイ。空いてますよ」
ゆったりしているが、少しの驚きを含んだ女性の声。
女の人だったのか、なんて思いながらドアノブを回した。
家の中は、外見から想像できるような内装で……
「…………………………は?」
中は、あの外見から想像したより広かった。広すぎた。
確かにぼやけて見えていたが、全体像は分かっていた。だから大体の広さは想像できていて多少の誤差はあるとは思っていたが、これはそんな範疇じゃない。
中はよくあるパーティー会場か何かの広さだが、外から見た家の面積はこれの半分もない。
「あ、いや、は?」
外に出て家を確認するが、最初来た時と変わらなかった。あまりにも外と内が一致しない。
「ん、どうしました?」
こっちが扉を開けっ放しで外で呆然としていると、疑問を含んだ声が投げかけてきた。
「部屋が寒くなるので、入ってもらっていいですか?」
そう言われ、恐る恐る中に入り扉を閉めた。
この時、あまり役に立たない俺の直感が言っていた。ココ、ヤバイ、と。
だってもう不気味だよ、家の中完全に別世界じゃないか。大丈夫ここ?今日俺の命日じゃないよね?
「大丈夫ですか?今日はやめておきます?」
下を見ながら黙って突っ立ってる俺に、心配そうに声をかける家の主。
大丈夫ではない、と言おうと思ったが言葉を飲み込む。
そうだ、外の時点でヤバいと思っていたんだ、これぐらいは何ともないじゃないか。
世の中にはこう、認識を歪める魔法も中にはあると思う。だからこれぐらいは別に驚くことじゃない。うん。
視線はそのまま、のっそりとした動きで歩き出す。
「えぇ、大丈夫ですよ。ホントに……はい。大丈夫です」
「明らかに声が大丈夫ではないけど」
ははは、こっちの心配をしてくれるのは嬉しいね、いい人だ。ところでなんでこんなに物が散らかってるんだい、足にぶつかって少し痛いんですけど?
そこで俺はようやく視線を上げ、声のするを方を見た。
そして、足が止まった。
「あ」
主は人が三人は寝れるんじゃないかと思われるバカデカベットに腰掛けていたが、その姿に思わず声がでてしまった。
感覚が麻痺していたからか、ソレはあまりに衝撃だった。
白いスウェットパンツを穿き、黒いセーターを着ている、何でもない普通の部屋着。
ただそれを身につけているモノが、あまりにも美しかった。
歳は、十八から二十ぐらいだろか。
細すぎず太すぎずない長い足。セーターを着ているせいもあるが、それでも目立つ大きな胸。だというのに、腰回りはそこまで太くはない。一見アンバランスなはずなのに、それが全くおかしくないぐらい女体として整っている。
肩まで伸びているボブカットな髪は、夜の暗さなど比較にならないほどに虚無な漆黒だった。だというのに、パチッとした黄金の瞳は、並み居る財宝を凌駕する美しさを秘めてるいる。
そしてなにより、容姿端麗や眉目秀麗などど、そんな言葉では表せないほど美しい人だった。美しい人であったが、女性を象徴する部位がなければ、その顔は男性にも女性にも見えるほど中性的だった。
「――――」
言葉が出ない。
あまりに完成されたフォルムの人間に、なんて声をかければいいのか分からなかった。何度も口を開きかけては閉じるを繰り返し、やっとの思いで言葉を吐き出す。
「……初め、まして」
「はい、初めまして。君はあの紙を見て来たのかな?」
途切れながら言う挨拶だったが、向こうは気にした様子もなしに笑顔で返してきた。
「あ、そうです。あの、ポスター見て」
「あぁ、やっぱりそうだったんですね。驚いたな、まさかホントに来る人がいるなんて」
彼女は微笑んでいたが、その顔を見て俺はますます思考が止まる。
「立ち話もなんだし、座っていいよ」
そう言って彼女はベットの横にあるイスを指差した。
俺は頷イてから椅子に腰ヲ掛ける。
シかし今はよく頭が動かない。おそらくここまで色々とあったためか、意識ガ変ダ。
「じゃあ、改めて。初メましテ、ワタしの名前は△ーれ・グレ○○○。きみnoナmaeeeeeeeeeeee」
なンダ。ナにいっテルかよくワカらナイ。AAたまがコわれる。
士かいがボヤ化て來る。
意識お、オ、嗚、オチル。
…・・・・・・・・・・・・……………………………………………………………………/・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
唐突に。奥で激しく、なにかが鳴った。
何度も何度も、途絶えることなく続く音響。
万人が感涙にむせぶ事もなければ歓喜に震える芸術性もない、暴力的なまでの狂気の音色。
それは誰かが、鉄格子を殴り続ける音。
「が、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!」
何かの音でようやく目覚めた。
でもすごく苦しい、まるで直前まで水の中にいたみたいだ。
荒く激しく、呼吸を繰り返す。
身体中汗だくで、考えがまとまらない。いったい何してたんだっけ。
ぼやけた視界が晴れると、どこかで見たことがある顔が前にある。
その人は目を見開いてこちらを見つめている。
「……驚いたな。正直堕ちるものだと思っていたよ」
「はぁ……はぁ……おち、る?」
意味が分からないが、呼吸が安定してくると自分が何をしていたかを思い出した。
「……そうだ。俺、ここで働かせてもらおうと、思って」
そしたら、急に変な感じになって。
「うん、そうだね。でも面接はもう必要ないかな、クリアしたようなものだし」
「は?」
「ゴメンね。ちょっと精神を歪ませる魔術を使ってテストしたの。正直耐えられるとは思っていなかったけど」
「……あの、意味が分からないんですけど」
何言ってるのかさっぱりだが、相変わらず微笑んでくる。
――ヤバいめっちゃくちゃ可愛い……ん?でもさっきは頭がおかしくなるぐらい……
「話しは終わり、採用だから今日は帰っていいよ。辛いなら横になるかい?」
ベットをポンポンと叩いき、そう聞いてくる。
「?????はぁ。あ、いや、大丈夫です」
ホントは一刻も早く横になりたかったが、なんとなくここではいけないと思った。
よろよろと立ち上がり、不安定な足取りで出口に向かう。
一体なんだったのか、ボーとする頭で考えるも答えは出ない。
「あ、そうだ。一つ聞き忘れてた」
後ろからの声に振り返った。
「……なんですか?」
「名前、聞いてなかったな」
……ああ、そういえば言ってなかったな
「カエデス・メタスタシスです」
「………カエデス……メタスタシス?」
名前を告げると彼女は表情は険しくなり、何かを考えるように視線を少し下げた。
「あの、何か?」
「……いや、それだったらさっきのはおかしいと思っただけだから、気にしなくていいよ」
いや、気になるけど。けど今は早く帰りたいのでそのままスルーしとく。
そして体を戻しかけた時、こっちも聞きたいことがあるのを思い出した。
「……あの、すみません」
「ん?なにかな?」
「俺も名前、聞いてなくて」
聞いたような気がするけど、なんか覚えてない。
「ああ、そうだった。あんな状態だと聞き取れないか、失礼だったね」
彼女はそう言うと、俺と目を合わせて、
「わたしはセーレ・グレモリー。よろしくね」
これまたいい笑顔で、名前を告げたのである。
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