婚約相手は、かわいい悪役令息でした 〜いつになったらデレてくれますか?〜
――――はいぃぃ?
突然部屋にやってきたお父様が「今から婚約者に逢いに行くぞ」と言いだした。
そして、連れて来られたのは、我が家の経営する商会のお得意様である伯爵家。サロンに通されて婚約者だと紹介されたのは、十三歳の御子息だった。
――――私、十八歳なんですけど?
貴族といえば、『妻は若ければ若いほうが良い』とかなんとかが当たり前だって聞いたことがあるし、実際に知っている貴族はほとんどが年下妻な気がする。
普通逆でしょ?ってぽかんとなるのは仕方なくない?
御子息の名前はグラート。伯爵家嫡男。
真っ赤なツンツン頭と、金色の鋭い瞳。とっても整った顔立ちで格好良いと思う。二十歳を過ぎれば。
今はヤンチャな少年って感じで、ほっぺはぷにっとしてるし、身長も私よりずいぶんと低い。
顔をツンと背けた姿を見て思ったのは、『かわいいなぁ』だった。
「俺は年増は嫌だって言ったのに」
「グラート! ご令嬢の前でなんてことを。大変申し訳ない――――」
グラート様とは似ても似つかない、優しそうなお顔の伯爵様が物凄く申し訳無さそうに謝りつつ、どうか婚約関係を継続してほしいと頭を下げて来られた。
どうやらグラート様は世間で言う『悪役令息』というものらしく、貴族学園でなにやら問題を起こして退学になったのだとか。
「あれは俺が悪いわけじゃないだろ!?」
「だが、最終的に相手に怪我をさせたんだ。グラートの責任だ」
気弱そうだと思っていた伯爵様は、キッパリと言い切った。そして、グラート様は唇を尖らせて黙ってしまった。
――――あら、かわいい。
貴族の御子息は『私』と言うのが当たり前だと思っていたけれど、彼は『俺』と言うことにこだわっているのか、妙に『俺』をハッキリと言っていた。そこも、なんだかかわいい。
「アンタ、こんな年下とか嫌だろ? あんたから断ってくれよ」
ツンとそっぽを向いたままでそう仰るグラート様。そっと顔を覗き込みつつ、「御本人をしっかりと知る前に、そのような判断はできませんわ」とお伝えすると、グラート様の頬がぽぽぽっと朱色に染まっていった。
「っ! 顔がっ……近いっ! 無礼だ!」
「あら? うふふ。申し訳ございません。それから、私はアメリアですわ」
「っ――――だから、なんだっ!」
グラート様は、顔全体を真っ赤にしてそう叫ぶと、バタバタと走ってサロンを出ていった。
そんな衝撃の出逢いから三ヶ月。
グラート様とは何度か数分程度のお茶会をした。
一度目は伯爵様に騙されてサロンに連れてこられていた。二度目は伯爵様に首根っこを掴まれて。三度目は初めからサロンにいたものの、ふくれっ面でそっぽを向いていた。四度目は――――。
いずれも勢いよく紅茶を飲み干し、走って逃げてしまってた。
「グラート様、ごきげんよう」
「……あぁ」
最近も、まだまだツンとはしているものの、二十分くらいは同席してくださっている。あと、わりと会話も。
「アンタ、いつもそのミルクティーみたいな髪を綺麗に纏めてんな」
「ありがとう存じます。あと、アメリアですわ」
「っ……フン」
久しぶりに目線が合ったので、ニコリと笑ってそうお伝えすると、またもやツンとそっぽを向かれてしまった。
眉間に皺が寄ってはいるものの、耳はちょっとだけ赤いのよね。照れているだけっぽい?
グラート様は伯爵様が悪役令息だと言われていたし、貴族の間でもそういった噂が流れているようだけど、どう見ても思春期の肩肘張って何かに憤っているような、反抗しているような感じがする。
「グラート様、少しお伺いしてもよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
ほら、こうやって話しかけると、普通に真っ直ぐに私の目を見てくるもの。根は良い子な気がする。
「学園で何があって退学となったのですか?」
「…………聞いているんだろ? 相手に怪我をさせたと」
「それはお伺いしましたが、グラート様から見た真実を知りたいです」
「……………………ん」
ぽつりぽつりと話してくださったのは、学園で蔓延っていた陰湿ないじめの事件だった。
隣国の貴族の御子息が知見広めのために留学してきていたが、隣国はこの国よりかなり弱い立場にあり、この国の貴族の数人の子息たちがその御子息を陰でいじめていたのだという。
剣術の訓練時には、木剣で見えないところを攻撃し、時には肋骨にヒビが入るほどに痛めつけていたのだという。
「隣国の立場が弱いからというだけでいじめるような性根の腐ったやつらだった。アイツ自身を何も見ていないのに苛ついてもいた――――」
いじめをしていた者たちのボスが、剣術大会で木剣の中に鉄の芯を入れたもので隣国貴族の御子息を滅多打ちにしようとしていたらしい。
その噂を聞きつけ、剣術大会の試合に乱入。護衛が持っていた真剣で、いじめのボスを滅多打ちにしたそう。
「え……真剣で!?」
「いや、鞘はつけてたからな?」
ちょっとびっくりしてしまった。血みどろなヤツかと思ったけど、違ったらしい。
「まぁ、折った木剣の中から鉄の芯が出てきたから不正といじめは証明できたが、ヤツの腕と足を折って騎士の道を閉ざしたのは……まぁ、反省は…………………………」
「反省は?」
「……………………してない」
「ぷっ! あははははは!」
唇を尖らせて、またそっぽ向き。
「馬鹿なガキだと笑えば良いさ」
「うふふ。いいえ、笑いませんよ」
「いや、いま爆笑していたよな?」
「あははは! はい、グラート様がかわいくて」
「っ……はぁ!?」
驚いたお顔もかわいい。
グラート様は、悪役令息というよりは熱血少年なのね。でも、きっと、世間は一生『悪役令息』だと後ろ指を差し続ける。
そして、どうやら元々いたらしい彼の婚約者とは婚約破棄になり、私に白羽の矢が立ったということらしい。
「アンタ、馬鹿なのか?」
「アメリアですわ」
「…………アメリア」
「はい、何でしょう?」
「っ! アンタが呼べって言ったからだろ!」
「あはははは!」
お父様が彼と私を婚約させようとした理由が、なんとなく分かった。
グラート様も騎士を目指し、貴族学院に通っていたとのこと。騎士になる方法は学院以外にもあります。ちょっと財力と権力に物を言わせれば。
彼は、きっと将来とても大きくなる。お父様は賭けに出たんだろう。
彼をこのまま腐らせるのはもったいない。きっと、お父様もそう思ったに違いない。
彼が痛めつけたのは、侯爵家の四男。侯爵家が彼の将来や伯爵家を潰そうとしているのかもしれない。
我が商会は、そんじょそこらの貴族よりも、財も権力も発言力も有している。国王にちょろっと働きかけるくらいには。
「グラート様、末永くよろしくお願いいたしますね?」
「……フン」
耳を赤くしてそっぽを向いたままのグラート様は、やっぱりかわいい。
――――もっとデレた姿を見たいわね。
◇◆◇◆◇
グラート様と出逢って六年。
彼は見事に騎士になった。自力で。
我が家が協力したことといえば、若年でも実力があれば騎士見習いになれる機会を設ける制度を作ってはどうか、というのを国会の議題にしてもらいつつ、国王陛下に話を通したくらい。
騎士になるには、実力もないとだから、多少の訓練相手の見繕いはしたけれど。
それだけで騎士になれるほど甘い世界でもない。
確実にグラート様の実力だと思う。
「おめでとうございます。近衛の制服、お似合いですわ」
「ん」
今日もまたそっぽを向いて、ツンとした返事のみ。
いつになったら、がっちりデレてくれるのかしら? なんて、ぼんやり考えていた。
「アンタのおかげでここまでこれた」
「まぁ! グラート様の実力ですわよ?」
「ん。そうやっていつも俺に自信をつけてくれていたな。ありがとう」
真っ赤なツンツン髪をくしゃりと掻き乱しながら、顔も真っ赤。だけど、しっかりと目を見てそう言ってくれた。
――――デレた!?
「っ……待たせて済まなかった。その…………け、結婚してやるよ」
またツーンとそっぽ向き。
これは…………たまりませんね。
「ありがとう存じます!」
「フン」
二十歳を目前にして、とても凛々しくなられたグラート様。いつの間にか身長は頭一つ追い抜かれていた。
でもやっぱりかわいい。
もっともっと、デレさせたいわね。
かわいいかわいい、私の悪役令息様。
いつになったら、毎日デレてくれますかね?
―― おわり ――
読んていただきありがとうございます!
ブクマや評価、いいねなどなど、お待ちしておりますヽ(=´▽`=)ノ