気兼ねなく話せる場所
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言葉と聖がやって来たのは、異能妨害室だった。まず言葉が先に中に入り、1番出入口に近いシングルソファに腰かける。そして、どうぞ? と、聖に自分の向かい側のシングルソファを勧めた。聖は小さく息を呑んでから、促されるままにその席に座る。
言葉は扉を閉め、鍵をかけた。これで、部外者は入ってこられない。
足を組み、ゆっくり息を吐き出す。……ようやくだった。ようやく、マシな話が聞ける。ここは異能妨害室だ。聖も、声を出すことが出来る。
前回ここに入った時のことを、思い出した。あの時は灯子も、心音や帆紫もいて、あんなに楽しかったのに。……今の気分は、狩人だ。ようやく獲物を追い詰めた。そんな正念場だ。
ここでしくじるわけには、いかない。
「さて……何から話そうか」
「……」
言葉の言いように、聖は何も言わない。まあ当たり前か、と思い、話すきっかけのためにも、彼女は口を開いた。
「……自己紹介でもしよっか?」
「……?」
「ちょっとしたアイスブレイクだよ。正直僕、君のことよく知らないし。……仲良くなりたいんだぁ」
そう言う言葉の顔には、笑み。雰囲気も何だか柔らかくなって、安心する。先程の冷酷な態度とは、大違いだ。
……だからこそ聖は、緊張に身を震わせた。
「ご存じの通り、僕はこの学園の生徒会長、小鳥遊言葉。3年生だよ」
はい、どうぞ、と、言葉は聖にも同じような自己紹介を促した。聖は唾を飲みこみ……ゆっくり、口を開く。
「……ひじり、さいか……。3年生、です……」
その声が、空気を揺らし、言葉の耳に届いた。
それは、とても美しい声だった。この世の何より綺麗なもの。冗談抜きで、そう思わせてくる。いつまでも聞いていたい、そんな、華麗な……歌声のような、そんな声。
……言葉は微笑んだ。ようやく、声が聞けた。
「そっか」
ここは、「異能妨害室」だ。どれだけ聖の声が彼女の鼓膜を揺らそうと、言葉が聖に操られることは、無い。
「きちんとこの部屋が役割を果たしているようで安心した。……聖さん。ここでは、気兼ねなく話しても大丈夫だからね」
「……はい」
「敬語じゃなくていいよ。同い年なんだし」
「……うん」
聖のその反応を見て、言葉は満足をしたようである。一度小さく深呼吸をして……すぐに鋭い瞳で、聖のことを見つめた。
一瞬、2人の間を空白が訪れる。その隙間を埋めるように、軽やかなチャイムが鳴り響いた。どうやら灯子が呼び出しを食らったらしい。それをきっかけに、言葉はゆっくり口を開いた。
「それじゃあ、聞いていくよ」
「……」
小さく頷く聖。まだ、YESかNOかで答えられるものには、なるべくジェスチャーで答える癖は、抜けていないらしい。
反射的にそんな分析をした言葉は、まあいいけど、と気を取り直して。
「瀬尾さんのことについて聞くね。……僕はてっきり今まで、瀬尾さんは君への過度な庇護欲から、君のことを守っているのかと思っていた。でも、この前瀬尾さんと戦った時……あ、瀬尾さんと僕が戦ったのは、知ってる?」
「……。……わだいに、なってた……」
「ですよねぇ……」
頷き、今度はなるべくコミュニケーションを取ろうと、たどたどしくも聖が言葉を紡ぐ。それを聞いて、彼女は思わず肩を落とした。
……あの時のことは、とてもよく反省している。周りのことを見ずに、ただ「話を聞かなければ」という焦りが暴走して、あんなことに。
見ようと思えば、見えた。しかし自分は、見ようとしなかったのだ。生徒会長として、あるまじき行為である。
……。
再び内省したところで、その時、と、言葉は気まずそうにしつつも話を戻す。
「……瀬尾さんは、『何か』を怖がっているような気がした」
「……ッ」
何か、を強調して告げると、聖の肩が大きく上下する。聖は、失礼な物言いだが、あまり隠し事が上手くない。この反応で、言葉は確信した。
聖はやはり、何かを知っている。
「……初めは、生徒会長である僕を怖がりつつ、戦っているのかと思っていた。……でも違うんだ。瀬尾さんは、僕じゃない……『何か』を怖がって、戦っていた。そのため、僕に勝とうと、必死になっていた」
勝たなければ。
鬼気迫るその様子に、言葉は違和感を抱いていた。怒りに身を任せて戦いつつも、そこの冷静な分析は忘れてはいなかった。……ただ幼馴染を守りたいだけなのなら、この反応は、違う。聖はあの時、あの場にいなかった。ならば戦う必要は無い。逃げてしまえばいい話だ。……だが瀬尾は戦った。戦わなければ、いけなかった。
「……聖さん。君は、その『何か』が何か、知っているんだよね。……教えて。瀬尾さんは何を怖がっていて、君たちは……何を、守ろうとしているの」
「……ッ……!!」
諭すような口調だった。優しい物言いだった。聖は目を見開き、その唇を小さく震わす。まるでそれは、泣く直前の赤子の様で、言葉は思わず度肝を抜かれる。何か言おうと口を開いた時にはもう遅く、聖は……その瞳から、大粒の涙を流し始めた。
「……え、ええ、ええええええええ」
「……ぅ、ぁッ……ごめん、なさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ……」
「いや、別に、謝られても……」
どうしよう、泣かせてしまった、と言葉が焦り、どうしたら泣き止むのだろう、と逡巡しても、良策は出てこない。とりあえず魔法のポケット並みに何でも入っているパーカーのポケットを探り、ティッシュを取り出して、差し出した。しかし泣くのに夢中で受け取ってくれなかったため、言葉がその涙を拭い、鼻をかませるしかなかった。
僕、何しに来たんだっけ、と本質を見失いそうになったまさにその時。聖が、告げた。




