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明け星学園  作者: 秋野凛花
1-10「そよ風はやがて嵐となる」
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抱きしめ、繋ぎとめて

 ようやく私が足を止めたのは、保健室だった。突然駆け込んできた私たちに、体育祭の時にもお世話になった保健室の先生が、驚いたように目を見開いている。しかし私の背後にいる言葉ちゃんを見て、その表情が引き締まった。


「……1番奥のベッドが空いてるわ。ゆっくりしてね」


 そして優しい笑みを浮かべる。こんな時でも、どんな人でも安心させられるような笑みを浮かべられるのは……保健室のプロ、ということなのだろうか。

 私は言われた通り、言葉ちゃんの手を引いて奥のベッドまで連れて行く。そして言葉ちゃんを、ベッドに座らせた。


「……大丈夫ですか」

「……大丈夫」


 私はすぐに、その質問をしてしまったことを後悔する。大丈夫か、なんて、そんな答えの分かりきった質問、するべきではなかった。

 だからこそ私はすぐ、大丈夫じゃないでしょう、と返した。


「……怖いんでしょう、今」


 人が。特に、男の人が。


 そう言うと、言葉ちゃんの弱々しい顔が……更に歪む。まるで、泣く直前みたいな……そう思っていると、私は言葉ちゃんに抱き寄せられた。

 突然のことに私は対応できず、大人しく抱きしめられてしまう。彼女はベッドに腰かけているから、立っている私は中腰状態になって……正直この体勢、しんどい。


「……大丈夫じゃないって、思ってるなら……大丈夫、なんて……聞かないでよ……」

「……すみません」


 文句を言う言葉ちゃんの声は、震えていた。どうやら、本当に泣き始めたらしい。どうするべきか、迷って、私は言葉ちゃんの隣に腰かける。そして私は、彼女の背に手を回した。私も、抱きしめ返した。


「……僕ね、異能力の代償として……トラウマが、よみがえってきちゃうんだ……だからいつも、異能力を使った後は……人が、怖くなる……。この人も、僕のことを、傷つけるんじゃないかって……そう、思っちゃって……」


 代償。異能力を持つ者なら、誰でも持っているもの。私たちが絶対に、逃れられないもの。

 トラウマ。それがどんなトラウマなのか。聞くまでもないだろう。あの日、明け星の見えたあの日、屋上で、彼女は認めた。自分は男性恐怖症なのだと。十中八九、トラウマとはそのことなのだろう。特に、男の人が。すぐ前の私の発言にも、彼女は頷いたのだから。


 それは、辛い。口先で同情してしまうのは、簡単だったけれど。

 知りもしない悲しみを、分かりもしない苦しみを、そんな一言で片づけてしまうなんて……出来るはずも、無かった。


 だから私は、抱きしめる。そして、背中をさすって。


「……私は貴方を、傷つけたりしません」

「……うん」

「……大丈夫です」

「……うんっ……」


 頷く言葉ちゃんの声は、やはり弱々しくて。意識しないと、消えてしまいそうで。

 ……それが何だか、ものすごく……恐ろしくて仕方なかった。


 私がいつまでも抱きしめていないと、気づいたら、少しでも彼女から目を逸らしたら、瞬きも待たずに、消えてしまいそうな、そんな気がしたから。





 しばらく泣いたお陰で落ち着いたのか、彼女は、ごめんね、と笑いながら告げた。当たり前だが、少し、気まずそうに。

 別に、とぶっきらぼうに返した私の声が、不自然になっていないか、心配だった。


 私はスマホの通知を確認する。当たり前だが、ココちゃんからの連絡が来ていた。会長は大丈夫そう? 内容は、そんな、言葉ちゃんを心配するようなもので。黙って言葉ちゃんにその画面を見せると、悪いことしちゃったな、と言葉ちゃんは困ったように微笑んだ。

 大丈夫だと思う。そっちは? と返すと、やっぱり皆戸惑ってたよ、と返信が。

 でも、皆心配してた。あの、セーラー服の先輩も。


 ……「も」、なんて付けて、墓前先輩のことを挙げるのは、やはり言葉ちゃんと墓前先輩の仲が少しギスギスしているのを察してのことか。思わず少しだけ笑ってしまった。少しだけだ。状況を知った言葉ちゃんは、不貞腐れたように頬を膨らました。……が、心配されたことが満更でもなかったのだろう。その表情は、少しだけ嬉しそうだった。

 ……墓前先輩にそれを伝えたら、苦い表情をされそうだろうが。


 しばらくココちゃんとやり取りをし、とりあえず、聞きたいことは今のところないし、後は自由に過ごしていてほしい。ということを伝えた。彼女はそれを了承してくれた。


 私たちも、もう帰ったっていいのだろう。だが、だが何となく、二人して立ち上がるタイミングを完全に見失ってしまった。今の状況を表すなら、そんなものだろう。

 2人でベッドの上に腰かけ、間違っても甘い雰囲気になることもなく、互いに何も干渉せず、喋らず、ただ自分と相手の呼吸の音を聞くだけの時間が、過ぎる。


 ……気まずすぎる。帰りたい。


「……君には、迷惑をかけてばかりだね」


 やがて彼女が口を開いた。突然破られた沈黙に、私は思わず反応が遅れる。何が、ですか。と、変なところで言葉を区切ってしまいつつも聞き返した。いや、ね。と、言葉ちゃんは視線を前に向けて。


「……色々、だよ」


 そう、抽象的にぼかした。だから私もそれ以上に問い詰めず、そうですか、とだけ言った。


 まあ、迷惑をかけられている感じは、する。いつも謎のハイテンションで絡んでくるし、ストーカーだし、お陰で事件調査だなんて面倒なことをする羽目になったし、本当に、迷惑な話だ。


 ……だから今、この状況を、「迷惑」だと言われる筋合いはない。


「君は優しいね」


 ふは、と笑って彼女が呆れたように告げる。

 もはやいつもの返しだ。私は、どこがですか、と吐き出した。

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