静かで激しい意志
「……ん、んぅ……」
そこで小さく声がする。そちらに目を向けると、言葉ちゃんの瞳が、微かに開いていた。いつも通り、赤い瞳が太陽光に反射して光り、私はホッとする。
「……起きましたか。言葉ちゃん」
「ん……起きたぁ……」
言葉ちゃんはそう言いつつも眠そうに目を擦る。……これ、起きてないんじゃないか。そう思ったところで、言葉ちゃんが急に大きく目を見開き、私に対して身を乗り出してきた。
「とーこちゃん!! 怪我無い!? どこか悪いとことか……あっ、まだ寝てた方がいいんじゃ……!!」
「貴方は私の母親ですか……落ち着いてください。あとまだ寝ててください。貴方の方が疲れてるでしょう。あんだけ散々泣き喚いていたんですから」
「なっ!? 泣き喚いてなんてない!!!!」
「……それ本気で言ってるんですか……」
お陰で私の鼓膜が危険に晒されたというのに。というかその叫び声すらうるさい。もう少し寝ていてほしい。ここで休み続けることも出来るんだから、一石二鳥だ。
そう言おうと口を開いた瞬間、横から、ふっ、と小さな笑い声が聞こえた。そちらを見ると、笑ったのは、当たり前だが保健室の先生。口元を優雅に手で抑え、クスクスと笑っている。
「いえ、ごめんなさい……貴方たちの様子が、本当に先代生徒会長と現生徒会長の姿に重なるものだから……」
「え、ええ……そうかなぁ、さゆりちゃん……」
「そうよ。ほら、貴方も言っていたじゃない。……『もー、かいちょー!! 病み上がりなんだからまだ寝てろよ!!』って」
「……そうだったっけ」
先生の物真似に、言葉ちゃんは恥ずかしそうに目を逸らしている。過去の話を持ち出されることが恥ずかしいのか何なのか。
依然としてクスクスと笑っていた先生だが、言葉ちゃんの近くに寄って額に手を当てたり、顔色を窺ったりする。そして大きく頷いた。
「元気そうね。ほら、元気ならもう戻りなさい。ただでさえ体育祭の日は忙しいんだから」
「えー、誰もいないじゃん」
「今はね。11時くらいは、毎回一旦落ち着くのよ。きっとしばらくしたら、ここは大盛況だわ」
本当は閑古鳥が鳴いてほしいんだけどね、なんていたずらっ子っぽく笑うと、しっし、と先生は私たちを追い払う。というわけで私たちは、校庭に戻るため、並んで廊下を歩いていた。
「……とーこちゃん、本当に大丈夫なの? 無理してない?」
「大丈夫だって言ってるでしょう……どこも痛くも痒くもありません。至って健康そのものです」
「なら、いいんだけど……。……」
私の発言に対して、言葉ちゃんはマシな言葉を返さない。ずっと暗い顔をするだけ。……らしくもない。いつもうるさいと思っているが、そう暗い顔をされると、めんどくさ……と思ってしまう。
どうすればいつもの元気を取り戻してくれるかと、考えるのも面倒だ……。
「……とーこちゃん、君が倒れたのって、聖さんと接触したからだよね」
「……え……っと……」
「聖さんに異能力を使われた。違う?」
「……」
……何だろう。今、頷いてはいけない。そんな気がする。
言葉ちゃんを纏う雰囲気が、変わった。静かな、しかし内では激しく、その意志を……燃やしている。
私が頷いたら……その炎は、聖先輩に向く。
「……違い、ます」
「嘘」
間髪入れずに、言葉ちゃんに言われた。思わず肩が跳ねる。言葉ちゃんの視線がこちらを向いた。……そこにあるのは、満面の笑み。
ぞ、と、思わず、背筋が震えた。
「……僕、嘘を見抜くのは得意なんだ。どうせバレるから、吐かない方が身のためだよ」
「……」
「聖さんを庇わなくても平気だよ。……これではっきりした。聖さんは、何かしら事件に関わっている。そして、隠していることがある。……灯子ちゃんに手を出してまで、それを隠そうとしている」
マズい、と思う。何がマズいか、までは、上手く言語化出来ないのだが……。
……こんなに近くにいるのに、言葉ちゃんのことが、分からない。
「……僕、仕事があるからもう行くね!! 確か、二人三脚はお昼食べてすぐだよね? ちゃんとサボらず来てよ~? あっ、でも無理は禁物なんだから!!」
次に振り向いた時、言葉ちゃんは笑っていた。いつも通りの、太陽みたいな笑みで。……先ほどまで、あんな……絶対零度みたいな表情をしていたのに。その変わり身の早さに、何事もないように振舞うその姿に、また背筋が震える。
その後、言葉ちゃんに私がどう返事したかは覚えていない。……気づいたら私は、廊下に1人だった。




