問診と雑談
結局言葉ちゃんは、泣き疲れて寝てしまった。子供か、と思ったが、まあうるさくないので良しとしよう。
外からは沢山の人が騒いでいる声が響いている。まだ体育祭は続いているらしい。というのも、時刻は11時。そして私が眠っていたのは、ほんの1時間ほど。
ここは保健室で、階段の踊り場で倒れていた私を、たまたまそこを通りかかった生徒が発見。それからここまで運んできてくれたらしい。そしてそれを聞きつけた生徒会長が保健室までやって来て、私の寝る横でずっと泣いていたらしい。約1時間、ずっと。
……そう言われると、何と言うか……少し気まずいものがある。
「伊勢美さん。そのまま起き上がっていられそうなら、この紙書いてくれる?」
「あ……はい」
そう言って保健室の先生に差し出されたのは、問診票。記入欄に、名前、学年、保健室に来た理由、現症状……それらを記していく。もちろん現症状は、もう平気。特に異常はなし、だ。
開いた窓から爽やかな風が舞い込む。それに思わず目を閉じて、そちらの方を見た。相変わらず外は騒がしくて、風がその騒めきを運ぶ。何だか壁1枚隔てるだけで、別世界みたいだ。
それはそうとして問診票を書き終わり、私は保健室の先生にそれを手渡す。先生はそれを受け取ると、うんうん、と頷いた。
「なるほど……もう大丈夫そうね。確かに悪いところもないみたいだし……体育祭に戻っても平気ね」
「……あ」
そうか、元気ということは、体育祭に戻らなければいけない。あの暑苦しい空間に。それよりこのフカフカなベッドに合法的に寝ていたい。……と思ったが、今更「やっぱり体調が悪くて」、と言っても、そんな嘘はすぐに見抜かれそうなため、結局口を噤んだ。
私が1人で百面相をしていたせいかもしれない。先生はクスクスと笑うと、その問診票片手に、私の横まで椅子を引き寄せて、そのまま座った。
「すぐ行け、ってわけじゃないわよ。もう少し聞かないといけないことがあるから」
「あ……はい……」
「まず。……どうしてあそこで倒れたのか、その理由は分かる?」
「……えっと……」
それは、聖先輩に「眠っていて」と言われたからで……。
そう、馬鹿正直に言おうとして、私はハッ、となる。
……聖先輩は、私と同じ。異能力の使用を……制限されている。でもそれを、私に使った。……そのことを私が今、ここで言ってしまったら……。
──大切な人を、ボクに守らせてください。
……倒れる直前に聞こえた、気がする……その言葉を……。聖先輩は、出来なくなってしまうのではないか。
「……その、立ち眩みが……してしまって……」
「……そう。貴方に異能力が使われた形跡があるけど、それは?」
「……分かりません。私が眠っている間に……何かあったのか……」
「なるほど……」
先生は質問を重ねていくと、問診票にその内容を記していく。……いつ嘘がバレるか。そのことを考え、ヒヤヒヤした。恐らくバレていない……と、思いたい……。
「……質問は以上よ。生徒会長が目を覚ましたら、一緒に体育祭に戻ってあげてね」
「……はい」
それは、言葉ちゃんが目覚めるまではここにいていい、ということだろう。なるべく長くここにいたい。その要望を、先生は聞いてくれたらしかった。……何だか申し訳なくなってくる。
私は、隣のベッドで眠る言葉ちゃんを見つめた。言葉ちゃんの瞳は、固く閉ざされている。その赤い瞳も、見えないままで。さながら眠り姫だ。……。
まるで死んでいるみたいだった。確かによく見れば、その大きな胸が微かに上下している。でも、それだけ。身をよじったり、呼吸以外に動きそうな様子がない。目を離したら、もう死んでしまっていそうで、そんな馬鹿みたいな考えが頭から離れず、私はただひたすら、言葉ちゃんのことをじっと眺めていた。
「……こう見ていると、懐かしいのよね」
そこで保健室の先生が、再び話しかけてくる。今度は問診ではなく、ただの雑談のようだ。
「……懐かしい?」
「歴代生徒会長はね、何だかんだ、1番保健室の利用率が高いのよ」
「……はあ」
クスクスと笑う先生。そう言うということは、今までに何人もの生徒会長がここに来て、休んでいくのを、その目で見てきたのだろう。
「中でも、この子の前の生徒会長はすごくて。ほぼ毎日来ては、そこのベッドで休んでいたわ」
「……体が弱かったんですか?」
「いいえ。体は健康体そのものだったんだけれど……弱かったのよ。異能力が」
「……へえ……」
その言葉を聞いて、思わず私は目を見開く。……てっきり生徒会長とは、強い人がなれるものだと思っていた。言葉ちゃんしか知らないから、そう思っていただけなのだと、私は思い知らされる。
……異能力が、弱い人……。
それで保健室にほぼ毎日通う……ということは、ほぼ毎日誰かに喧嘩を吹っ掛けられ、そして、負けてきた……ということだろうか。
「しかも、この子と先代生徒会長はとても似てるから……この子がこのベッドで寝ていると、何だか懐かしい気持ちになっちゃうのよねぇ」
「……似てるんですか」
「ええ。何と言うか……纏う、オーラ?」
「オーラ……」
……まさかスピリチュアル的なことを返されるとは思わず、私は白けた目を向ける。そんな目しないでよ~、と、先生は朗らかに笑った。




