尊敬する友達
私と聖先輩は、そのまま階段に腰かけた。案外あっさり見つかったことに私が拍子抜けしていると、前会った時もそう思っていたな、なんて思い出す。たかが数日前のことなのに、随分前のことみたいだ。
しかも、まさか向こうから接触してくれるとは……。
聖先輩は、皆と違って体操服を身に纏っていなかった。数日前と同じ、パーカーにジーンズという、シンプルな格好。そのパーカーのポケットから、何かを取り出す。それは、小さなメモ帳とペンだった。
そのメモ帳をパラパラとめくり、何かを書くと、私に見せてくれた。
『この前は、すぅちゃんがごめんなさい』
とても綺麗な字で、そう書かれていた。その文字を見た瞬間、少しだけ眩暈がする。この感覚は……あの時、聖先輩の声を聞きかけた時と、同じ。文字でも、少し効果があるのか。
……前よりは平気だし、耐えられそう。でも、長引かない方がいいな。
「……すぅちゃん?」
「……」
『せおかすみのことです』
「瀬尾先輩……いえ、大丈夫ですよ。……瀬尾先輩は、貴方を大事にしているだけだと思いますので……」
「……」
『よかった』
そしてその言葉通り、聖先輩は微笑む。本当にとても、優しい笑みで。……前話した時よりもっと、表情が柔らかくなった気がする。
……言葉ちゃんが、聖先輩が瀬尾先輩以外とあんなに話しているのを見るのは初めてだと言っていたが……私は、聖先輩に信頼されているのだろうか。もしそうだとして、どうしてだろう……。
『すぅちゃんはきびしいからかんちがいされがちだけど、すごくやさしい子だから』
「……ええ、知っています」
「……」
『とうこちゃんも、やさしいね』
「優しくないです……」
このツッコミももう何回目だ……一体私は、何回否定しないといけないのか。
「むしろ私も……この前は、すみませんでした。……貴方のことを、悪く言ってしまって……」
「……?」
聖先輩が首を傾げる。何のことか分からない、と言いたげだ。
「……聖先輩は、瀬尾先輩に庇われないといけないほど、自立してないのか、と……」
私のたどたどしい説明に、ようやく何のことか思い至ったらしい。メモ帳に視線を戻すと、ゆっくりと丁寧に、文字を紡ぎ出す。
『だいじょうぶ。じじつだから』
「……」
その言葉に今度は、私が黙ってしまう番だった。自立していない。その言葉は、事実だと。
そしてその事実に対し、当たり前だとでも言うように、笑っている。
「……そんなことない、と、思います……」
だから、聖先輩を前に、私はそう言うことしか……出来なかった。
そして聖先輩が微笑む。何と言おうとしているか、何となく分かってしまった。
とうこちゃんは、やさしいね。
「……聖先輩、私、友達と、喧嘩を、してしまったみたいです」
「……」
突然違う話を始めた私に対し、聖先輩は何も言わない。言わない、のは当たり前なのだが……困惑したような表情すらなかった。ただ優しく、私を見つめ、私の口から零れる言葉を、受け止めようと待っている。
……だから私も、安心して話すことが出来た。
「……私は、その人を友達と言ってしまっていいのか……分からないままでいます。それは向こうも同じで……私のことを、上だと思っているみたいです。でも、他の人から見たら、私たちは友達で……。どうすればいいか、分かりません。……私が本当に優しい人なら、ここで……きっと、何か選択が出来るはずです。でも私には……どうすればいいのか……」
自然と溢れ出る言葉に、自分でも戸惑っていた。聖先輩に話しても、仕方ないのに。私だったら、私が知るかよ、と思ってしまうような案件だ。実際私は、この案件を投げ出してしまいたい。面倒だと、思考を停止してしまいたい。
でも、出来ない。
「……」
ちょんちょん、と聖先輩が、私の肩をつつく。顔を上げると、そこには、メモ帳が提示されていた。
『きみのことばをかりるなら、ボクはすぅちゃんを、上だと思ってる』
「……え……」
『でもそれは、そんけいの気もち。上と思っていても、友だちになれるよ。ボクとすぅちゃんは、友だちだから』
「……」
尊敬の気持ち。それでも、友達になれる……。
また聖先輩は、メモ帳に文字を書き連ねる。そして笑いながら、私にそれを見せて。
『その友だちと、早く仲なおりできるといいね』
「……はい」
ありがとうございます、と、私は小さくお礼を言った。なんだか、何となく、心が軽くなったような感覚がした。今、聖先輩と話せて良かった。そんな感じがする。




