少し、元気がないみたい
……そして冒頭に戻る。
軽率に人混みの方へ行くのではなかった、と後悔する。沢山の人にもみくちゃにされ、危うく地上にいながら窒息するところだった。鍛えている人ならきっと大丈夫なのだろうが、私みたいな虚弱には耐えられない。早々にその人混みから抜けた。
……というか冷静に考えたら、聖先輩があんな人混みの中にいるわけがないだろう。私としたことが、この熱気にすっかり充てられてしまったらしい。もっと冷静になれ。誰かさんじゃないんだから。
少し遠くから、今流行りの曲なのか、軽快な音楽が流れているのが分かる。今の競技は「ダンス」。あれに、ココさんが出ているのか。……少しだけ、見てみようかな。
聖先輩を探すがてら、私は校舎の中に入る。中には当たり前だが、いつもより人は全然いなく、シン……としている。たまに、私と同じように、そこまで人混みが得意ではなかったり、安息の地を求めてやって来たのだろう、という人がいるくらいだった。でも大半はこのイベントに熱を燃やしているのか、ということが窺える。
私は廊下でふと立ち止まって、窓に近づいた。校舎と校庭はすぐそこに面しているから、廊下の窓から見下ろすと、校庭の様子がよく見える。現に今も、ダンスをしている生徒たちの様子が良く見えた。
私は、目はかなりいい方だ。生まれて15年間、視力をAから落としたことがない。だからココさんの姿も、すぐに見つけることが出来た。
精巧なフォーメーション、自然と目を惹いてしまう振り付け。何より、ココさんの綺麗な顔と動き。とても目が離せない。なんだかココさんの周りだけ輝いている気がする。何故か私はそう思った。
……そういえば、ココさんって、いつも私と持木くん以外といるところを見かけたことが無いのだが……それに、ココさんも何となく、遠巻きにされている気がするし……私が言えたことではないし、失礼だが、ココさんって、こういう一体感の求められる団体競技とか……大丈夫なのだろうか。
……まあそれはそれとして、ココさんの練習の量が窺えるし、とても素敵だと、素人目ながらも思う。
……ただ。
……ちょっと元気がないように見えるのは、私の気のせいだろうか。
「あ、伊勢美」
そこで背後から声がかかる。振り返ると、そこには持木くんの姿があった。笑顔でこちらに手を振っている。
「……お疲れ様です」
「いやまだ何もしてないが……伊勢美は何してるんだ?」
「……ココさんのダンスを見ています」
「お、こっから見えるのか? ……あ、ほんとだ」
持木くんは私の隣に立ち、校庭を見下ろす。そしてすぐにココさんの姿を見つけたのか、静かに鑑賞をし始めた。かと思えば、ポケットからスマホを取り出し、撮影を始める。
「いやぁ、じいちゃんが、心音の頑張ってる様子を撮影しろってうるさくて」
「……はあ」
何も聞いていないのに、何故か持木くんがそのように説明し始める。その横顔を仰ぐと、彼はいたく真剣な表情でスマホでの撮影をしていた。
それは何となく、妹想いの兄のようにも、愛しい恋人を眺める彼氏のようにも、見えた。
私も視線をココさんの方に移す。今丁度、誰かと一緒に何かポーズを決めているところだった。そして下から、可愛い~、と合いの手。さながらアイドルだ。
「……伊勢美、心音と喧嘩でもしたか?」
「は? いえ」
突然持木くんにそんな風に問われ、私は思わず脊髄反射で返事をしてしまった。そのことに自分でも驚き、こちらを見る持木くんも、少し驚いているようだった。しかしすぐに、驚いたようなその顔は、笑顔に変わる。
「ほぼ勘だったが、ビンゴか」
「いや、だから……喧嘩なんてしていません」
「そうか? 今の心音とお前の表情、一緒だったから」
持木くんはそう言って、再びココさんの方を見つめる。もうスマホでの撮影に、あまり集中せず。
「少し、元気がないみたいだ」
「……」
どうやらやはり、ココさんに少し元気がないように見えたのは、間違いではなかったらしい。
そして私も、元気がないらしい。
「……私は強い、と言われ……その後、あたしはそんな風になれない、と、言われました」
直前まで、持木くんに関しての恋バナをしていたという事実は、隠す。流石にそこまで気を遣えないわけじゃない。
そうか、と持木くんは短く返事をする。遠くの騒めきが、その呟きを運んでいく。そんな気がした。




