感じた壁
ココさんは顔を真っ赤にし、私のことを鋭く睨みつけてくる。だがもう一度言うが、真っ赤になっているため、全く怖くない。
するとココさんの瞳がふと細まる。そこで私の脳内をよぎる声があった。
『ほら!! やっぱプログラム見たじゃん!!』
「ほら!! やっぱプログラム見たじゃん!!」
『確かにこれは……帆紫の出る競技だけど……』
「……あ、やっぱりそうなんですね」
「別の組だけど、応援したいの!! 悪い!?」
『灯子ちゃんに絶対帆紫のこと好きってバレた……もう隠せないか……恥ずかしい……』
「いえ、悪くないですけど……まだ持木くんのことが好きなこと、バレてないと思ってたんですか……?」
「え?」
しばらくお互い沈黙し、ココさんの異能力、そしてその代償が治まるのを待つ。……というか……そんなたかがプログラムを見たことを確認するために、異能力を使ったのか……。私には到底考えられないことだ。
……そしてまだ持木くんのことを好きだということを隠せていると思っていたのか……初対面の時のあの誤魔化し方で誤魔化せたと思っていたのか……。あんな、色々鈍感な私でも丸分かりだったのに……。
「その……知ってた、の……?」
「ええ、まあ……一応……」
「そ、そっか……」
するとココさんは虚空を睨み、何かをブツブツ呟き始めてしまった。よっぽど好きな人がバレたのが恥ずかしいらしい。……傍から見たら、少し、いや、かなり怖い。
「……変だよね。私たち、義理とはいえ、兄妹なのに……」
しばらくしてから、ココさんはそう呟く。ココさんの方に視線を戻すと、彼女はとても気まずそうな表情をしていた。それでいて……諦めたような表情。答えなんて初めから知ってる……そう、顔に書いてある。
「……別に、私はそうは思いません」
「……やっぱり灯子ちゃんは、優しいね」
「……優しいとかではなく……」
何度も言うが、私は優しくなどない。いつまで勘違いをしているんだ、この人は。
「……じゃあ貴方は、その感情はおかしなものだと、諦めることが出来るんですか?」
「それは……出来る、よ」
「本当に? ……私に『恋』というものはよく分かりませんが……そういうものは、止めようと思って止められるものではないのでは? それとも貴方の彼に対する気持ちは……そんな簡単に諦められるような、ちっぽけなものなんですか?」
「そっ……」
そこでココさんは立ち上がる。勢いよく。そして私を見下し、睨みつけて。
「そんなわけないでしょ!? 馬鹿にしないで!!」
その大声が、辺りに響く。空気というか、そういうものが一気にざわりと揺れ、そして研ぎ澄まされる。騒めきが遠くに聞こえる。その分、周りの声も耳に入りやすくなった。
──何?
──喧嘩かな……?
その声はココさんにも届いたのだろう。顔を真っ赤にしつつも、私の隣に再び腰かけた。そしてもう一度、そんなわけない、と呟く。
「……諦められたら……苦労しない……」
体育座りで、彼女はか細く呟く。その声をたった1人拾った私は、小さくため息を吐いた。
「……だったら、諦めなければいいだけの話だと思いますよ。変とか気にせず、貫けばいいかと思います」
「……そう、かな……」
「……私は、そう思います」
もう一度言う。私はそういう、「恋愛」とかは、完全な専門外だ。誰かを好きになったことなどないし、好かれたこともない。好きになりたいとも、好かれたいとも思ったことはない。
ただ平穏に、波風立てず、自分の世界で過ごせたら。それだけでいい。
……その平穏すら、今は打ち砕かれているが……。
「……灯子ちゃんは、強いね……」
「……そんなことないと思いますが……」
「……あたしは……そんな風に、なれない」
そう言うとココさんは、ゆっくりと立ち上がった。静かに、しっかりと。その姿を私は見上げる。逆光で、その表情は見えなかった。
……何故だろう。私は今。
……初めてココさんに対して、何か……距離のようなものを、感じた。
「……そろそろ、開会式だね。あたし、開会式終わったらすぐの競技出るから、もう行くね」
「あ、はい……」
「じゃあね」
淡々とした声で、ココさんは私に手を振る。笑っていた気がする。だけど、分からない。よく見えなかった。
私は返事をし、手を振り返す。しかしココさんは1度も、私を振り返らなかった。
……手持無沙汰になった私は、もう一度プログラムを開く。1番上にあったのは「ダンス」。確かに……ココさんの出る競技だ。……何と言うか……何とは言わないが、私の勘違い……ということで、いいのだろうか。




