微かな声
途端に一方的にベラベラ喋っていた自分が恥ずかしくなる。まさか喋れない相手にあんなに矢継ぎ早に……。空気が読めないことを極めている。私が空気を読めないことはずっと知っているが。
だがとりあえず、聖先輩は話を聞いてくれる気にはなったらしい。私たちは校舎の壁に寄りかかって、2人並んで座っていた。
「えっと……改めまして、私は……伊勢美灯子です……1年生です……」
「……」
「……聖偲歌、先輩ですよね……瀬尾先輩と同い年で、幼馴染で……」
私の自己紹介、そして聖先輩のプロフィールの確認にも、聖先輩は小さく頷いてくれた。あっている、ということで良いのだろう。
……というか、喋れない人を相手に、言葉ちゃんはどう話を聞くつもりだったのだろう……。たぶん聖先輩は、「YES/NO」以外の返事をする気がない……という感じがするし……。事情聴取をするなら、事細かに話を聞く必要がある。いつどこで何をしていたか……とか。
いや、まあ……それを言うなら私も、今どうやって話を聞くか、という話になるんだけど。
……というかそもそも、何を聞けば役に立つかすら分かんないし……。
「……それで、その……持木くん……1人の男子生徒が、異能力を暴走させて沢山の生徒を危険に晒した……という事件は、知っていますか?」
「……」
相槌。肯定。
「……それについて、何か……知っていることは、ありますか……?」
「……」
首を横に。否定。
「……じゃあ、何で私たちのことを避けて……そんなに逃げていたんですか……?」
「……」
無反応。沈黙。
「……あ、すみません、はいいいえで答えられないことを……」
「……」
微笑み。配慮。
……何となくこの人が言わんとすることが分かってきたかもしれない。
……でも、いかに「言葉」というものが人間間のコミュニケーションで大事なのか、思い知らされる。……念のため言うと、言葉ちゃんのことではない。
「その……本当は、何か知っていることがある、とかじゃないんですか……?」
「……」
しばし無反応。しかし次には、首を横に振る。沈黙、否定。
……今の間は……。
「……何か知っていることがあれば……知りたいのですが……」
「……」
ゆっくり、相槌。これは……知ってることがあればそうするよ、という意味だろうか……。
「……正直、私は……この事件の危害を、たまたま抑えてしまった者で……それで、そのせいというか、一応立場が危うい者で……」
「……」
眉をひそめ。困惑。
「でもそれ以外に……私を何か、突き動かす理由があって……」
「……」
脳裏を掠める明るい声。郷愁。
「……事件の真相を突き止めて、ここを、安心できる場に、したいんです……」
「……」
それは私の本当の声なのだろうか。そんなことを、私は思っているというのか。そんな誰かの、幸せを願うような……。
いつだって私は、自分のために、惰性に生きている。はず。
『ありがとう、灯子ちゃん』
……何故か、ココさんの声がよみがえった。
「だから……教えてくれませんか。もし、知っていることがあるなら……」
「……」
「……貴方の大切な人にも、危害が及ばないためにも……」
「……」
無反応。沈黙。……いや、違う。
聖先輩は、俯いた。その綺麗な横顔に、陰が映る。1回口を開いては、閉じて。そこで交わされるのはわずかな酸素、二酸化炭素くらいだけれど。それ以外にも……。
「……ッ」
聖先輩が顔を上げ、そのか細い声が聞こえた瞬間、一瞬、頭がくらりとした。……何、急に眩暈……?
いや、今はそれよりも、この人が何かを言おうと……。
「貴方、偲歌に何をしているんですか!?」
背後から、そんな大声が響いた。次の瞬間、私の目の前の景色が大きく回る。吹き飛ばされた、と気づくのに、少しだけ時間を要した。
擦りむいた頬を手の甲で拭いながら、私は振り返る。……聖先輩の前。その姿を隠すかのように仁王立ちしていたのは……やはり、瀬尾先輩。
敵意むき出しに、私のことを睨みつけている。
……今のは……異能力だろうか。私の異能力で消せたかもしれないけど……聖先輩と話していただけだし、油断していた。念のため警戒はしつつも、私は立ち上がる。
「……何って……少しお話を……」
「また貴方たちは性懲りもなく……少しは鳴りを潜めたと思っていたのに!! 偲歌は無関係だと言っているでしょう!! 偲歌に付き纏うのはやめなさい!!」
「……別に付き纏っているつもりではないんですけど……」
ここで言葉ちゃんみたいに、怒り返してしまっては駄目だ。そうしたら幼稚園児の喧嘩になってしまう。だから私は、ただ冷静に瀬尾先輩を見つめ返して。
「……どうして瀬尾先輩は、そこまで聖先輩を庇うんですか?」
「どうしてとは? 愚問です。偲歌は私の大切な幼馴染……もし偲歌に不利益が生じそうなら、そこを助けるのは至極真っ当なこと」
「……過保護すぎるのでは? 聖先輩は……瀬尾先輩に庇われる必要があるほど、自立していないんですか?」
「何ですって……ッ、貴方!! 無礼千万!! 偲歌を馬鹿にするなら、それなりの覚悟が出来ているんでしょうねぇッ!!!!」
瀬尾先輩が怒声を張り上げる。その瞬間、強い風が吹き始めた。……この人の異能力は、風関連なのだろうか。まあ、どんな異能力だろうと、負ける気は毛頭もない……。
だがそこで最初に動いたのは……瀬尾先輩でも私でもなく……聖先輩だった。瀬尾先輩の腕に抱き着き、必死に首を横に振る。とても泣きそうな顔で。そのことに、私も瀬尾先輩も目を見開いた。
「偲歌、どうしてこんな出言不遜な者を……いえ、偲歌、貴方がそう言うのなら……」
強い風が止む。どうやら私は助かったらしい。……。
……何故だか分からないが、聖先輩が私を……庇った。
「……貴方、もう偲歌に関わらないでください。今は偲歌の御心に従って何もしませんが……次は、ありませんよ」
ふん、とそっぽを向き、瀬尾先輩は踵を返して歩き出した。そして聖先輩の腕を強く引く。その強引さに聖先輩は一瞬つんのめってから、一度私の方を振り返る。そして律儀に軽く一礼してから、今度こそ瀬尾先輩と共に去って行った。




