今が最高に楽しい
「……ふうん、なるほどね。何となくわかった」
そう言って墓前先輩は、糸くずをゴミ箱に放り込んで捨てた。
……さっきまで糸はいかに素晴らしいかと(以下略)。
……まあいい。
「それで……何がわかったんですか?」
「うん。『何もわからない』ということがわかった」
「……は?」
私は思わず聞き返す。何もわからないことが、わかった。どういう逆説なのだろうか。
「確かにこれは、事件の中心となった生徒の服の一部だった。……そして事件がいかように起こったのかも間接的に見た。まず溌剌伊勢美が女子生徒を逃がし、彼の猛攻を食い止め、最終的には腹黒生徒会長と彼を打破……そういう流れであっているか?」
「……はい、あっています」
そう返事しつつ、私は内心驚いていた。……この人、本当に糸の記憶を見ていたのか、ということに。
……今のところ、オカルト少女(男)、霊が見える人、周りを顧みない怪しい人……という印象しかないから……。
「それで、事件の直前の場面を見ようと思った。……が、何も見えなかった」
「……見えなかった……」
「ああ。糸は人間に比べ、記憶力がいい。更に四方八方、360°見ることが出来るという優秀さだ。……なのに直前の記憶がない。操るにしろ、本人の記憶を消すならまだわかる。が、わざわざ糸の記憶まで? ……恐らくこの分だと、事件に関わる全ての記憶が、彼を構成するものから消えているだろう」
「……」
……墓前先輩の言うことが正しいなら、この事件の犯人は……相当、用意周到な人物らしい。しかし、そんなことをするなんて大きな手間だ。……そんな手間まで掛けて、犯人は一体、何がしたいんだろう……。
……あと、糸への敬意、復活したな……。
「しかし、『何もわからない』は、『行き詰まり』ではない!!」
「……?」
「犯人のここまでの用意周到さ……糸の記憶まで消す。しかし俺は普段、こちらには来ない。別館に住んでいるからな!!」
「住んでるんですか……」
あのボロボロな校舎に……確かにあの校舎に近寄るのは、物好きだけだ。
「だが犯人は俺の異能力に対し、対策を施してきた。つまり犯人は、あの腹黒生徒会長が、俺に事件解決を依頼するとわかっていた人物、ということだ」
「……それは、誰なんですか」
「誰だろうな」
思わずその場で肩を落とす。……それ、結局、何も進んでいないのでは……。
「とりあえず、溌剌伊勢美は犯人候補から消えた、ということだ」
「……え……」
私は思わず顔を上げる。墓前先輩は、ドヤ顔で続けた。
「当たり前だろ? 俺とお前は初対面。俺の異能を知ったのは、今日だ。つまりお前が俺の異能に対して対策を施すことは不可能。いや、異能を調べる程度なら可能かもしれないが、俺と腹黒生徒会長が繋がっていることまで知るのは、容易じゃない。そもそも俺たちは、用事がないと会わないし、用事があっても極力会いたくない」
「はあ……」
確かに、データとしてこの学園には、様々な書類がある。異能力もその1つだ。先程生徒会室で散々見た私は、知っている。しかし、人と人との交友関係を調べること、知ることは、異能力ほど容易ではない。しかも私は、この学園に入ってから少ししか経っていないのだ。
私が納得していると、ふと、墓前先輩が微笑んだ。……それこそ年上、先輩らしい、優しい笑みで。
「あの腹黒生徒会長……いや、生徒会長は、お前の身をよっぽど案じているらしいな」
「……」
「にしても、事件解決の傍らでそれを進めるものだから……何かあの腹黒生徒会長の掌の上で踊らされたみたいで癪だ……」
墓前先輩はそんな風に呻くが、私はその傍らで黙っていた。
『最悪、君が事件の主犯だと疑われる可能性も浮上するだろう。後ろ盾のない君だ。すぐに吊るし上げられるだろうね。……異端者は、排除される。人間の残酷なところだよ。……そこで、だ。僕と事件解決に尽力に努めれば、自然と君に対する評価は、きっと変わる』
昨日、ああ言っていたというのに。
私の疑いをすぐに晴らしてしまったら、私がここで離脱する、と考えないのだろうか。あの場で言った通り、私は他人からの評価などどうでもいい。例え他人にどう思われようと、私が無実。それさえ証明できれば、後はどうでもいい、けど……。
「めんどくさ……」
「え、ごめんね?」
「貴方のことじゃないです……」
離脱しにくい。そう出来ない。そんな自分に、嫌気が差す。切り捨てて、手を振り払ってしまえばいいのに。
「……何の話か、俺にはわかんないけど」
黙って思案する私を前に、墓前先輩が、ゆっくり告げる。
「……悩んでるなら、やれば? やってもやんなくても、きっと後悔するから」
だったらやって後悔しようじゃん。墓前先輩が、笑って告げる。
「俺もこうして女装して、周りから変な目で見られるし遠巻きにされるし、やらなきゃ良かった、って思う日もあるけどさ」
墓前先輩は、胸元のスカーフを揺らす。まるで、墓前先輩と同じに。……笑っているような。
「俺、今が最高に楽しい」
その言葉は、何故か私の胸の型にはまった……そんな感覚がしてしまった。こんなの、求めていない。今すぐ追い出したい。……はずなのに。
出来ない。
……ああもう、考えるのも、億劫になってきた。
「……私、戻ります。言葉ちゃんの所へ」
「……うん。明日までにあの腹黒生徒会長に手紙の返事書いておくから、取りに来てくれ!」
「……自分で行ってくださいよ……」
「だから会いたくないんだって!!!!」
後ろで喚く墓前先輩。やはりうるさい。こっちに来てからは少し大声量も治まったと思ったのに……。
「はあ……わかりました。明日も今日と同じ時間に向かいます……」
「ああ!! 助かる!!」
「というか、何で今更文通……スマホとかで連絡取ればいいのに……」
「別館、電波通じないんだよ」
「……あ、そうですか……」
別館から離れればいいのでは、と思ったが、そんな答えの決まりきったことを言っても無駄なだけだ。
とりあえず、私から言葉ちゃんに軽く結果を伝えておく。詳しくは墓前先輩からの手紙で、明日受け取りに行く、と約束をして、私たちはその場で解散する。
ふと気になって、私は歩くのをやめて、振り返る。
私の視界の向こうでは、墓前先輩が上機嫌にスカートを揺らして、別館へと戻っていっていた。……それこそ本当に、不思議なことに出会えて満足をした、オカルト少女のように。




