今日は、早く帰れそうにない
授業が終わり、私はなるべく気配を消してとっとと教室を出た。……皆から視線が集まっていたから、無駄な足掻きだとは思うけど。
というか、言葉ちゃんが来ないのはラッキーだった。このまま見つかる前に、帰ってしまおう。どうせ次は空きコマだから、授業は無いし。
そう思いながら、私が早足になると……。
「おーい!! 転校生~!!」
「ちょっと、転校生、じゃなくて、伊勢美灯子!!」
「あ、それもそうだな……伊勢美~~~~!!」
後ろから、そんな2人分の大声量が響いてきた。反射的に足を止めてしまったことを後悔する。いや、でも……この大声量を「聞こえなかった」というフリをするのは、無理があるか……。
私は1回ため息を吐くと、ゆっくり振り返った。
「……持木くん、ココさん……」
「灯子ちゃん、昨日ぶり」
そこにいたのは、ココさん──持木心音さんと、そのお義兄さんの、持木帆紫くんだった。ココさんは明るい笑顔でこちらに手を振っている。持木くんは、全身の至る所に包帯を巻いていた。恐らく、自身の異能による火傷だろう。しかしそれ以外は平気そうだった。明るい笑顔を浮かべて、昨日みたいに人が変わったようになっていないし……とりあえず、またバトルをする羽目にならなくて良かった。
と思っていると、その笑顔が急に顔から消えた。それは昨日のような冷たい表情ではなく、どちらかと言えば、これは……。
「……伊勢美、迷惑をかけて、ごめん!!」
……申し訳なさそうな表情。
大声で謝り、私に向け大きく頭を下げる持木くんに、周りからの視線が集まる。……どう足掻いても私は、人の視線を集めてしまう運命にあるらしい。
ため息を吐きたいのを抑えて、私は口を開く。
「……持木くん、顔を上げてください……」
「え、でも……」
「いいから、上げてください。……人の視線が集まって、そっちの方が迷惑です」
私の棘の混じった言い方に、ようやく持木くんは顔を上げてくれた。……相変わらず、申し訳なさそうな表情で。
合ってしまう目に、今度こそため息を吐いて、私は口を開く。
「……迷惑だとは思っていません。あの時は、私が止めるのが最善だと思った、それだけです。……それに、止めを刺したのは言葉ちゃんですし……その言葉ちゃんを呼んだのはココさんです。私にはいいので、貴重なお礼はどうぞそちらに」
「それでも」
私の発言に口を挟んだのは、ココさんだった。私を見据え、私に近づくよう、一歩前に出る。
「……あたしはあの時、灯子ちゃんがいてくれて良かった。あたしだけじゃ、帆紫を止めることも出来なかっただろうし、会長を呼ぶ、っていう発想にも至らなかっただろうし……」
「……」
「それに、会長が来るまでに時間稼ぎをしてくれたのも、やっぱり灯子ちゃんだったから。……もちろん会長にもお礼を言うけど、灯子ちゃんにも、お礼を言わせて?」
ココさんはそう言って微笑む。……別にお礼なんていらない。私は、持木くんを助けたいと思ったとか、そんな立派な理由を持ち合わせていない。ただ、そこにいたのが私だった。それだけ。
……だけど。
その少し震えた瞼や、手を前に、そんなことが言えるわけもなく。
「……分かりました。勝手にしてください」
「……うん、ありがとう、灯子ちゃん」
私の言葉に、ココさんは安心したようだ。その表情が物語っている。……私なんかの言葉が一体何の効果を発揮するのか……それが分からないけど、まあいいか。
「それで伊勢美、昨日のことなんだが……」
用がそれだけなら、帰っていいかな、と私が思った瞬間、持木くんがそんな風に切り出した。どうやら話はまだ終わっていないらしい。
「……昨日が、どうかしたんですか」
「いや、俺も記憶が曖昧だから何とも言えないんだが、どうして俺が昨日、訳も分からず周りを攻撃しだしたのか、その理由をかいつまんで、今分かっているところまで教えてもらって……」
うわ、長くなりそうな話だ、と私が思った瞬間。
「ちょっとちょっと、君たちぃ? そういったセンシティブな話は、人通りの少ないところでやってね~~~~!!」
真後ろから、そんな声が飛んでくる。……紹介は省こう。
「か……」
「会長!!」
「……言葉ちゃん……」
私は嫌な顔を隠すことなく、いつの間にか後ろに立っていた言葉ちゃんを振り返り、見つめる。すると言葉ちゃんは、嫌そうな私を全く気に留めず。
「話は、向こうでしようか!!」
輝かしすぎて残像が残りそうなくらいの満面の笑みで、そう告げて。
私は悟る。ああ、今日は、早く帰れそうにない。




