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Ep.6 - 料理とは何か

「よーし、本格的な調理の始まりだ」


 袖を捲ってそう意気込んだ藤広は、キャベツの葉を手で適当な大きさにちぎり始める。

 短冊切りや千切りなど一定の形に切っていくときは勿論包丁を使ったほうが良い訳だが、こういう風にまばらな大きさにする際はちぎった方が丁度いい大きさになるし、形も自然なものになる。


 次はニンジンを短冊切りにし始めたところで、少女が一つの質問を口にした。


「調理とは、食材を熱したりして味をつける作業なのではないですか? 私にはあなたがしていることは、ただ野菜を切っているようにしか見えませんが」


 それを聞いて、藤広は苦笑いを浮かべた。

 客からもよく言われることなのだ。


 そして、こういった質問をされたときの答えも、決まって藤広が返す言葉がある。


「まぁ、一般的にはそうだと思うけどね。俺はさ、料理ってのは味だけが全てじゃない、目と舌で人を楽しませるものだと思っているわけよ」


 そう言いながら、ニンジンを切り終わった藤広は次にピーマンに手を付けた。

 まずは縦半分に切り、手で種を掴んでヘタの方向に引っ張ることでヘタと種を同時に取る。そして、のこったものを包丁で細切りにしていく。


「実際どんだけ味が良くても、見た目がひどけりゃだれもそれを食べたいとは思わないし。だから、どんな料理人だって味だけじゃなく見た目にもこだわる」


 饒舌に喋りながらも、藤広の食材を切る手は止まらない。

 玉ねぎをみじん切りに刻み、モヤシと豚肉はそれぞれ食べやすい長さと大きさにカットする。


「で、俺は食材をどうやって切って客が料理を目でも楽しめるようにするか、って創意工夫する工程も調理の内だって思うわけ。人を喜ばしたり楽しませたりするため、って観点じゃ切るのも味付けするのも同じでしょ?」


 そう言い終わると同時に、藤広は食材を全て切り終えた。

 素早くも丁寧な包丁さばき。さすがは二年もの間一人で料理店を経営してきただけはある、確かな腕だ。


 そんな藤広の言葉を受けた少女は一瞬黙り込んで考えると、その感想を一言にして藤広に伝えた。


「つまり個人の感想ですね」


「そんな薄っぺらい内容だった!?」


 さすがの藤広もこれにはショックだったらしい。

 いつもこれを語った人には多少なりとも感心をもらっているのもあって「割と名言なのでは?」と思っていた言葉を、こうも簡単に一行にまとめられたのだから、そうなるのも当然だろうが。


 相変わらずの少女にトホホ、とため息をつくが、すぐに気を取り直して今切り捌いたばかりの食材に再び目を向ける。


「それじゃ、味の方の調理を始めますかね」


 藤広がそう呟くと、突然少女が調理台の上に身を乗り出してきた。

 小さい体躯ながらに手で体を支えながら、つま先立ちをして背伸びをしている。

 正直見ていて非常に可愛らしい。


 が、今までこのような仕草をほとんどしたことがない少女が、突然こういったことをし始めると逆に不審だ。

 思わず藤広も今までで見たこともないような真顔で少女に「……なにやってんの?」と聞いてしまった。


「あなたの言葉で興味が湧いてきたので、もう少し近くで見てみようかと」


 そんな不信感丸出しの質問にも、少女は嫌味一つなく素直な返答を藤広によこす。

 むしろ今までの反応からして、嫌味が一つでも出てきたら驚きものだが。藤広が「言った! イヤミを言った!」とか叫びながら一時的狂気(パニック)に陥りそうである。


 なお、当の藤広は先程の超薄っぺらくまとめられた言葉が、ちゃんとこの少女にも響いていてくれたという事実に感極まり、それと同時にそんな少女の気持ちを疑ってしまった自分を責めたい気持ちが相まって、若干のパワーダウンをしていた。


 が、次の瞬間には「そう思ってくれたならば、相応の気持ちで応えねば」と考え直して、すぐに立ち直る。


 そして、今までよりも幾分か真剣な表情で料理を再開した。


 最初にガスコンロの上に鉄製のフライパンを置き、火を付けて加熱する。

 ある程度熱せばオリーブオイル等の油を引くのだが、熱が通るまですこし時間があるため、その間に藤広は他の食材に簡単に手を付けておく。


 まずは豚肉に薄力粉をまぶしておき、その次に醤油と料理酒を混ぜて調味料を作る。


 ちなみに、肉に薄力粉をまぶす理由は単純。

 肉の水分や肉汁が外に流れ出るのを防げるうえに、薄力粉が醤油等の調味料をよく吸い、肉に味を絡ませやすくなるからである。


 その間に十分な温度までフライパンが温まったので、上で書いた通り油を注ぎ、フライパンを何度か傾けて全体に広げる。


 そうしてようやく食材を投入する時間だ。


 まずは薄力粉をまぶしたばかりの豚肉。これは純粋に一番熱が通らなければならない食べ物のため、一番最初に入れておかなくてはならない。

 そして色が変わってきたところで軽く塩コショウをふりかけておき、次にニンジンを入れる。


 本当ならば焦げないように豚肉は一旦ここでフライパンから取り出すのが正解なのだが、今日は疲れているのでそういった工程は省略する。


 料理に話を戻すが、ニンジンは使う予定の野菜の中で最も固く、熱が通りにくい。

 よって、野菜の中では一番最初に熱し始めて、ニンジンの中身までよく熱が通してやわらかくしてやらなければならないのだ。


 ニンジンが箸が通るくらいまでやわらかくなれば、キャベツ、ピーマン、モヤシとタマネギをまとめて一気にフライパンの中に投入。

 ここで一旦、食材全体に熱が通るまで炒める。


 そしてキャベツがしんなりし始めた段階で、フライパンを熱している間に作っておいた調味料を入れ、料理箸でかき混ぜながら食材に味を絡ませていく。


 その一連の動作を少女はピクリとも動かずにずっと見ていた。


 稀にその鮮やかな朱色の髪の毛が風に乗せられてなびくだけ。それ以外の動きはなく、まるで出来の良い置物のようだ。

 いかに彼女が集中して藤広の様子を見ているかがよく分かる。


 少女に視点を移している間に、藤広は一回味見をし、味が食材になじみ終えたことを確認したらしい。


 彼の中で食材のかたまりが料理に変わった瞬間だ。

 そして、フライパンを持ち上ながら料理箸を用いて、事前に用意していた大きめの皿に出来上がった料理を移していく。


 最後に風味程度にコショウをかけて――


「完成だ!」


 手間暇かけてようやく出来上がったのは、何の変哲もないただの野菜炒めである。


 だが、確かになるほど。

 見る者の目を楽しませ、美味しそうだと思わせる、様々な食材の色で構成されたバランスのよい彩り。

 そして、その気持ちをさらに後押しする、炒められた食材特有の香りと調味料の香りのハーモニー。


 その様を見れば嫌でも食べたいという気持ちが湧いてくる。

 それに、実際に食べれば美味しいのだろう。


 料理が味だけじゃないとは、よく言ったものだ。


「悪いがそれ、テーブルに運んでくれるか?」


 突然藤広が少女に話しかける。それは、どこか自身の作った料理の出来に満足したような顔だった。


「了解です」


 少女が身を乗り出すのをやめて、藤広が作ったばかりの野菜炒めをテーブルに運んでいく。

 やはりその顔には感情がこもっていないが、パタパタと小走りで、どこか急いでいるかのような足取りだった。


 若干驚きながら少女のその様子を見て、すぐに藤広は口元に笑みを浮かべる。

 そして、事前に稼働させて中身を温めておいた炊飯器からしゃもじで米をすくい、茶碗に盛っていく。

 それも慣れた手つきである。配分も完璧。


「おまたせな」


 藤広が二人分の茶碗と箸、取り皿をテーブルに運んでくると、そこには少女が既に席に着いた少女がまだかまだかと藤広の到着を待っていた。


 藤広はその様子にもう一度笑みを浮かべながら、少女の席と自分の座る予定の席の前に運んできたものをそれぞれ並べる。

 そして、少女の正面にある少女の席とは真反対の席に腰かけた。


 藤広が正面で両手を合わせる。

 それを見た少女が鏡のように藤広の真似をして、同じように正面で両手を合わせる。


 ここまで来れば、日本人なら次の言葉は簡単に予想できるだろう。


「いただきます」

「……いただきます」


 藤広の食材への感謝の念を込めたその言葉を、少女が遅れてコピーする。


 そして、二人は同時に同じ料理に手を付けた。

 勿論、今日のメインディッシュ――野菜炒めである。


 適当な量を取り皿に盛りつけ、口に運ぶ。


 それぞれの野菜が素晴らしい。

 やわらかいキャベツとタマネギ、シャキシャキしたモヤシは調味料の味をよく吸い取っており、それぞれの調味料とよく絡み合った味と食感を存分に楽しめる。

 少しの固さを残したピーマンは歯ごたえがあり、素材本来の苦みが調味料と絡まりあい、ピーマン特有の味がある。

 ニンジンは皮のある部分とない部分で別の食感を楽しめる。そして、味の方も別格だ。ニンジンの甘味と調味料に含まれた醤油の塩分が丁度よく調和している。


 豚肉も同じ。

 薄力粉の力もあって調味料の味が肉全体によく馴染んでいるのもあるが、塩コショウによる味付けもなかなかのものである。


 ――即興の料理ながら、素晴らしい出来だ。


 そう思って満足げな表情を浮かべた藤広が、なんとなくチラリと目だけ動かして少女の手元を見ると、なにやら箸が止まっているのが見えた。


 「もしや味になにか不満が!?」と、藤広が焦る。


 が、上で述べた通り野菜炒めはほぼ完璧に近い出来である。

 それなのにどうしたのか、と思って藤広は緊急事態にでも直面したかのような勢いで、急いで顔ごと動かして少女を見た。

 まぁ、料理人の藤広にとっては料理の味のせいで箸が止まるなんてことがあっては、彼の沽券に関わってくる一大事なので、そんな動きをしてしまうのも無理はない。


 そして、少女を見た藤広は少女の箸と同じように固まってしまった。


 なぜか。

 その答えは少女の顔にある。




 少女が、目を見開いていた。

 箸を持っていない左手はその小さな口に当てられていて、今まで一切動く様子を見せなかった眉が大きく上がっている。


 明らかに、驚いていた。

 今まで無表情を貫いてきた少女が、初めて表情という形で感情というものを見せたのだ。

 藤広が料理を作り始めてからは何度か、感情があるのではないか、と思えるような挙動があったが、ここまで目に見えて分かるような変化は初めてである。



 初めて口にした、料理。


 それは少女が――端末が生まれて初めて表情に発露させるほどに、強烈な『驚き(感情)』を生んだのだった。

 今回藤広が作った料理を自分でも実際に作ってみましたが、普通に美味しかったです。

 簡単にできるので一度試してみてはいかがでしょうか。

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