Ep.34 - 未来へ
パーティー会場の喧騒から少し離れたところにあるテラスにて、銀髪の青年は椅子に腰かけて目を瞑っていた。
キラキラと輝く、満天の星空。
火照った体を冷やす、心地よい夜風。
風に揺らされてさざめく、草木の静かな音。
「素晴らしい。心を落ち着けるのに最適な場所だ」
青年がポツリと独り言を漏らす。
そして、閉じていた瞼を薄っすらと開ける。
細い隙間から除く瞳は、星空を映して輝いていた。
背もたれに体重をかけたまま青年は、首を回して顔を横に向ける。
「――君もそう思わないかい?」
青年が目線を向けて話しかけた場所には、もう一つ椅子が置いてあり、その上には一つの肉塊があった。
大小様々な肉をグチャグチャに叩き潰して繋げたような見た目で、今も新鮮な血が滴っている。
ちょうど両腕で抱えられるウサギくらいの大きさだ。
だが、どう考えても死んでいるその見た目をしていながら、肉塊は心臓のように脈打ち、もぞもぞと蠢いていた。
青年に声をかけられた肉塊は、ビクリと動きを止めて、次の瞬間にはワナワナと身震いを始める。
その様子はまるで、青年のことを恐れているかのようだった。
「そうか、君はここは美しく、素晴らしい場所だと言うのかい。では、僕と意見は合わないな。残念ながら僕にとって、ここは実に原始的で醜い、素晴らしい場所だ」
青年はもう一度目を閉じ、顔を星空がきらめく夜空に向けた。
そして右腕を隣の椅子に伸ばして、肉塊を掴んだ。
ぶしゃり、と。
肉塊から鮮血が飛び散って、中心に渦巻いていくかのように肉塊が縮む。
その間、肉塊はまるで叫び声をあげるかのように激しく体の表面を震わして、その痛みを表していた。
それからも青年は何度か肉塊に対して何気ない質問をして、肉塊の返答に気分を害されては縮ませるという、同じことを繰り返していた。
十分が経過した頃には、両手でようやく持ち上げられる程もあった肉塊の大きさは、鶏の卵一個分くらいまで小さくなっている。
青年が再び口を開く。
「さて、そろそろパーティーも終わる時間だ。僕もまだやることがあるのでね、そろそろお別れにしよう。今日はいい話を聞けた、ありがとう。君の組織は僕が立派なものに育てるよ」
そう言い終わると青年は椅子から立ち上がり、右腕で小さくなってしまった肉塊を持ち上げる。
肉塊は、何かを拒否するかのように、表面をブルブルと激しく震わせた。
「うれしいなぁ、そんなに僕との別れを悲しんでくれるのかい。だが、これも決まり事だ。仕方ない――さようなら」
ぐちゃり、という音がして何かが潰れた音がテラスに響く。
同時に、青年の右腕から大量の血液と赤い物体が飛び散ったが、爆心地に居たはずの青年には、不思議なことに一切の汚れない。
黒いタキシード、艶やかな革靴、輝く銀髪。
どれもこれもが変わらない美しさを保っている。
汚らわしい人の血液なんて、どこにもついていなかった。
「さて、最後の仕事に取り掛かるとするかな」
一人そう呟いた青年は、コツコツという音を響かせながら、血に濡れたテラスを歩いていく。
その行き先には少しずつ人影が少なくなり始めているパーティー会場。
緩やかに、穏やかに。
その歩を進めながら、青年は笑みを浮かべる。
それは、人の不幸を笑うような、不敵で邪悪な笑みだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「……うん! これ以上は無理! 調べらんない!」
とある民家の一室にて、開放的な恰好をした女性がそんな叫び声を上げる。
そして両腕を上にして背伸びをし、長い間座っていたせいで凝り固まってしまった体をほぐし始める。
「いや、むしろよくここまで調べてくれたよ。というか、こんな詳しく調べてくれるとは思っていなかった」
「えぇ~!? 私のことを信じてなかったてこと!? 自分でまかせておいて、そんなことを言うなんて! 悠翔君の人でなし!」
「違うからな? 俺は最初からお前のことを信頼してまかせたよ? でもお前がどうやって調べたのか見当もつかないレベルの情報を出してくれてるから、こんな言い方してるんだぞ?」
自分に話しかけてきた男性――遠野悠翔の困ったような返事に満足げな表情を浮かべると、開放的な恰好をした女性――遠野明美はうんうん、と頷いた。
「いやぁ~、やっぱり賞賛の言葉は疲れた体に沁みるなぁ~」
「後半部分を賞賛と受け取るかは人それぞれだと思うけどな」
「細かいことは気にしなーい!」
また大声を狭い部屋の中に響かせると、明美は悠翔に目線を送る。
その目線に込められた『肩を揉め』という命令を瞬時に理解すると、遠野は立ち上がり、命令通りに明美の肩を揉み始めた。
「あぁ~、効く効く。オホ声でちゃう」
「冗談でもやめろよお前……?」
そんな軽口を時折叩きながら、悠翔が静かに明美の肩をもみ始めて数分後。
明水が唐突に悠翔に話しかけた。
「そういやどうして急にあの事件のことなんて調べ始めたの? もう二年前のことなのに」
「ん? あぁ、結婚からはドタバタして忙しかったけどさ、俺たちも最近ようやく落ち着いてきただろ? だから、前々から気になってたことを調べてみようと思ってさ」
そう言いながら悠翔は机の隅に置かれた電子カレンダーに目を移す。
そこには、2016年8月29日という日付が書かれている。
「そうなんだぁ〜。気になってたことの調査を全部私に押し付けたんだぁ〜」
「……悪かったって。だからこの一週間はお前の言う事全部聞くって言ってるじゃんか」
「一週間だけじゃ足りない気がするけどなぁ〜。まぁ、前払いで約束させたことなので、それで許してあげるとしましょう」
再び静寂。
だが、次は数十秒でその静寂も破られる。
「そういえばさ、悠翔君」
「どうした?」
「あの娘、最近どうしてるの?」
「あの娘……? あぁ、円ちゃんのことか」
明見の何気ない質問に、最初はその意図が理解できなかった悠翔だったが、しかし理解した途端に声を落とす。
そして、どこか元気のない暗い表情で、呟くようにして明美の質問に答えた。
「分からない。あの事件があってから一度も見かけてないんだよ。藤広さんが死んだショックで、自殺とかしてないんと良いんだけどなぁ……」
◇◆◇◆◇◆◇
――2016年、8月30日、朝。
カーテンから日光が差し込んできて、私は眩しさで目を開ける。
目覚めの時間を教えてくれる目覚まし時計もまだ鳴っておらず、怠惰な脳が再び眠ろう、というメッセージを眠気という形で送ってきた。
だが、せっかく早起きが出来たのだ。
私はそんなメッセージを無視すると、上半身を起こして大きく背伸びをする。
凝り固まった体が伸ばされ、ほぐされていくどこか開放的で気持ちのいい感覚。
背伸びで少しばかり頭を醒ますと、私はベッドから降りる。
着替えをしなければならないし、今日は私の当番なので朝ごはんも作らなくてはいけない。
そしてそのタイミングで、今の今まで目を潤わせていた、頬を伝って落ちてくる存在に気がついた。
涙。
あぁ、そうだ。
そういえば、夢を見た。
いつも見ている夢じゃなくて、私に感情をくれたあの人との出会いから、お別れまでの日々を描いた夢。
最初は幸せで、でもどんどん不幸になっていった頃の夢。
私がまだ、何も知らなかった時の夢。
普段は思い出すだけでも辛いそれだけど、夢で見るのならその気分も多少は和らぐ。
懐かしさで、涙を流してしまう。
でも、その涙を拭き取って私は進む。
自分に感傷に浸る暇は与えない。
だって、私は今も生きている。
そして、また新しい一日を始めるために、ドアノブに手をかけて扉を開けるのだ。
ここまで御了読いただき誠にありがとうございました。
作者の好きなものしか詰めていない物語を最後まで読んでいただき、本当にありがたいです。
さて、本来ならこの後に二章が続いているはずなのですが、プロット中に私は気づいてしまいました。
「あれ、これ一章必要なくね?」、と。
いや、別にちゃんと一章の存在意義はあるんですよ?
魔術の説明とか、円が変わっていく様子だとか。
でも、プロットを完成させてみると、一章を描いておかなくても十分に話が通じてしまうことに気が付いてしまったのです。
要は、この『炎の少女は堕落する』という、自分にとって一番の物語の盛り上がりが、一章で出した要素が無くても十分に成立してしまうことが発覚してしまったのです。
そのため、この話は一旦過去編として完結させてしまうことにしました。
そして、本来二章として出てくるはずだった二年後の話は、また別の作品、もしくは真章及び本編として投稿したいと思ってます。
そういう訳で、私はこれより書き溜め作業に移行します。
橋造奈茶先生の次回作にご期待ください。
多分、一か月以内には新しいのが出てるんじゃないかな?




