Ep.2 - とある少女のハプニング
時間は少し遡り、天頂に昇った太陽が西に下がり始めた昼過ぎ頃の時間帯。
今頃どこぞの料理店から飛び出した料理人が、卵を買うためにコック衣装のまま赤萩町の道を全力疾走しているところだろう。
そんな急ぎっぱなしな料理人とは裏腹に、同じ赤萩町のとある大通りを一人の少女がゆっくりと歩いていた。
炎のように鮮やかな朱色、という創作物でしか見ないような珍しい色彩の、腰まである長いツインテール。
シュッと引き締まった輪郭に小さく高い鼻、小ぶりな唇。そして煌めくルビーのような赤色の目。
まるで人形のように精巧に美しく作られたそれらの顔のパーツが、人形師が配置されたとしか考えられないような絶妙なバランスで配置されており、その少女は一種の芸術品のような雰囲気を醸し出していた。
また、ワイシャツのような半袖の白い上着と、襟を通して正面で結ばれた赤い紐状のリボン。そして、チェック柄の膝まであるプリーツスカート。
最後に華奢な足を包む黒いタイツに茶色のローファーというあまり飾り気がないながらもシンプルな服装は、驚くほどに彼女の雰囲気にマッチしさらに少女の魅力を引き出している。
身長は道を行く他の女性達よりも頭一つ低い。また、体つきも細くスレンダーなもので、女性特有の突起もあまり目立たない。
だが、そんな貧相な体つきさえも少女の雰囲気にはピッタリと合っており、少女の神秘性を後押ししている。
ただ、一つ欠点を挙げるとすれば、少女の顔が全くの感情の色を感じ取れない、まるで機械のような無表情だということぐらいだろうか。
嫌でも二度見してしまうほどのその美貌も相まって、本当に機械や人形のような芸術品なのではないかとさえ錯覚してしまいそうだ。
だが、それでも機械ではありえない髪や肌の質感、そして滑らかな動きで歩いていく様子を見るに、決してそういった人の手によって作られたモノの類ではないのだろう。
大通りを堂々と歩いて周りの人の視線をかっさらっている彼女は、しかしそれらを一切気にせず、眉すらピクリと動かすこともなく真正面を向いて歩き続ける。
が、数十秒進んだところで突然足を止めた。
そして、ゆっくりと小さく体を捻りながら顔を左に向けた。
少女に目を奪われていた通行人たちがつられて振り向くと、少女の視線の先には一つの出店があった。
懐かしい和製の菓子が並んだ小さな駄菓子屋。
そこにいる通行人たちが知る限り、少し昔から営業しているだけで、あの神秘的な雰囲気を放つ少女が興味を向けるほどの特別性はない店だ。
だが、通行人たちにとってはそんな印象でも、少女の持った印象は違ったらしい。
何に興味を持ったのか、彼女は相変わらずの無表情のまま駄菓子屋の中へと歩みを進める。
そして店内に入ると、物珍しいものを見るようにして――相変わらず表情は全く変わらないが――じっくりと商品を眺め始めたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
――ある日、この宇宙のとある星に封じられた強大な存在によって、一つの命令を与えられた端末が地球に向けて発射された。
端末、と言っても人類が想像するような機械的なものではなく、もっと生物的かつ原始的。或いは魔術的かつ冒涜的な、我々にとっては不可解な――いや、人類には未来永劫理解は不可能と断言できる程の未知の技術で造られた命ある存在である。
人類にでも理解できるほど、意味不明かつ主要な部分を省いて形容するならば、神とも言うべき強大な存在から遣わされた存在、という意味では天使。
逆に地球外より飛来した未知の存在、という意味ではUMAや宇宙人とでも言ったところだろうか。
ともかく、そういった存在が地球に向かって発射されたのだ。
そしてその端末はおおよそ25光年の長い旅路――その長い距離をどれほどの時間をかけて移動したのかは不明である――の末に、遂に地球に着陸した。
その宇宙から飛来した端末というのが、昨日赤萩町に落下した隕石、その正体である。
着陸と言うには程遠い、墜落としか考えられないかなり大規模な爆発を引き起こしてはいたが、あれ程の衝撃であっても端末からすれば些細な事。
端末自身は一切の破損なく無事に地球に降り立つことができたので、一応墜落ではなく着陸である。
元居たの星への帰還がほぼほぼ不可能、という観点から見れば墜落かもしれないが。
そして、地球に到着した端末はすぐに主からの命令を遂行するために本格的に稼働を開始した。
端末に与えられた命令は『地球の主な原生物の生態及び文化の解明、解析。』
何故このような命令が下されたのかは端末自体も理解していない。が、端末がするべきなのは自身に下された命令に疑問を持つことではなく、その命令を遂行することであり、飛来した端末はすぐに行動を開始したのだった。
さて、ここまで話せば聡明なる読者の皆様ならば、そろそろ察し始める頃ではなかろうか。
その昨日地球に降り立ったばかりの端末、それが今赤萩町のとある駄菓子屋の商品を熱心に無表情で眺めている少女であるということに。
姿が人間の少女になっているのは、純粋に元から端末に与えられていた機能によるものだ。
ただ、人間に見えると言っても所詮外見だけであり、常識はかろうじてあるが壊滅的、感情に至っては母体があまりの無駄さに理解ができなかったのでほとんど存在しないに等しい。
お陰で何をしても表情筋を一切動かさない人間ができあがってしまったしまったのだが、端末にとってはどうでもいいことである。
取り合えず駄菓子屋の棚を見終わった端末は記録収納スペースに、たった今獲得したばかりのデータを詰め込んでいく。
そして、用はもう無いとばかりにすたすたと駄菓子屋を去りまた通行人の視線をかっさらいながら大通りを歩き始める。
その後も端末は同じような行動を繰りかえす。
店に入ってはデータを集めて出て、また入っては出て、入っては出て。
たまにレストランに入って「眺めるだけで金を払わないなら出ていけ」と店員に怒られたりしながらも、それも貴重な原生物の生態データだと記録しながらも同じことを繰り返した。
◇◆◇◆◇◆◇
端末が赤萩町でデータ収集を開始してから数時間が経過。
端末は今もデータの収集を続けて入るのだが、少々厄介なことに巻き込まれていた。
「おら、さっさと財布出せよ。ちょっと出すだけでいいんだからよ」
「そうそう、ここら辺はあたし等の領域なワケ。通行料払ってもらわないと通せないんだわ」
端末はとある路地裏で複数の不良に囲まれていた。
上で説明したように、端末には常識というものがない。
それ故に端末はこのような複数の不良が群がっているどう見ても危険そうな路地裏でも、それが危険だと分からずに普通の道だと思って突き進んでしまったのである。
着陸の際の爆発に余裕で耐えることができる端末からすれば、この程度の不良から殴られたとしてもダメージにはならない。
なんなら一瞬で全員を塵に変えることも可能なのだが、原生物の調査が目的である端末にとって、調査対象である不良達の殺害は望まないものだった。
どのようにすれば平和にこの場を収めることができるか、と端末は考える。
一番早くて簡単な方法は、彼ら彼女らの言うとおりにして通行料とやらを渡すことである。
だが、端末はその通行料に足りるだけのお金を持っていない。むしろ小銭一枚も持っていない。一文無しだ。
ならば次に成功率が高いのは、端末がお金を持っていないということを示すことである。
しかし、先ほどこの手法を試そうとしたが不良たちは「嘘をつくな」と相手にしようとせず、結果失敗に終わってしまった。
どうしたものか、と再度端末は考える。
逃げる、という手段を取るのも難しい。
一応逃げるという行為だけならば、体が炎で構成されているおかげで身体的な疲れや負担が一切ない端末は永久に続けることができる。
しかしながら、周りの不良の数が多すぎだ。
完全に囲まれてしまっているせいで、端末が逃げ出せるような隙間がほとんどない。そもそも逃げ出すということ自体ができないのだ。
が、そうやって端末がどうするかを考える時間も、あまり残されていなかったようだ。
不良のリーダーらしき髪を染めた高身長の男が、顔を怒りに歪ませながら端末に迫ってきた。
「いつまでも黙ってねぇでさっさと財布出せや! そんなお上品な身形してんだから、金だって親御さんからたんまり貰ってんだろォン!?」
リーダーにこう凄まれては怖気づいてしまうに違いない、と周りの不良達は彼ら彼女らが囲んでいる少女を心の中で少し憐み、だが同時に蔑むような嫌な笑みを顔に浮かべた。
が、そんな不良達の目論見通りにはいかず、リーダーの強烈な脅しにも端末は意も介さず、表情筋をピクリとも動かさない。
感情がほとんどないのだから当たり前である。
熱いケンカや漢の友情がテーマの不良マンガなら『コイツ、やりやがる……!』といった風に端末を一目置く展開になったのだろうが、残念ながらこれは現実である。
不良達は気色悪い笑みを「あ? コイツ舐めてんのか?」みたいな感じの不快感たっぷりの表情に変えた。
特に端末にガンを飛ばしたリーダーは面子を潰された、と思ってようで心底ご立腹の様子である。
「澄ました顔してんじゃねぇ。いつまでも調子こいてると痛い目見んぞ!」
「……先程から言っていますが、私はお金など持っていませんが」
怒鳴ったリーダーに、やはり眉一つ動かさない端末は感情を感じない声色で言い返す。
ビキリ、とリーダーの額に青筋が立った。
それを見ても表情を変えることのない端末は、心の中で「やはりか」と呟いた。
今までの経験則からして相手をさらに怒らせることはほぼ絶対だったのだが、最後の賭けと考えて先程の発言をしたのだが、やはり上手くはいかなかったようだ。
「さっきから同じことばっかり言いやがって。どうやら本気で痛い目を見テェみたいだな」
「やっちゃってよリーダー! 生意気だし、世の中の辛さを教えてあげちゃって!」
怒りの形相のリーダーが拳を鳴らしながら、端末に近づいてくる。
周りの不良達はその様子を見て、キャッキャッと喜ぶようにリーダーを煽り始める。
一触即発の空気、いやもう一触即発後の空気か。
その様子をまるで氷のように冷たい感情のない目で端末は見ながら、割と本気で如何にこの場から逃走するか考え始める。
そして、リーダーが端末に向かって拳を振り上げて殴ろうとし、端末はどうやって逃走するかを決定して、両方がそれらを実行とした瞬間、路地裏に今までにはなかった焦ったような若干息切れした声が響いた。
「ちょっとちょっと、何してるの君たち!」
え? 主人公が他のクトゥルフ作品のクトゥグアキャラに似てる? というか瓜二つ?
この話を書いた数週間後に作者も同じことを思いました。
言い訳をさせてもらうと、僕もそのクトゥルフ作品『ニャル子さん』の結構なファンでして「クトゥグアと言えばこんな見た目!」と、いうのが僕の中である程度決まっており、それが無意識の内に出てきてしまったのではないか、と思います。
赤髪ツインテや無表情など、パクったとしか考えられないと思いますが、断じてパクったわけではありません。
書きたいものを文章に起こして、尚且つ自分の性癖を突っ込んだら瓜二つになってしまっただけです。
重要な事なのでもう一度言いますが、本当に断じてパクったわけではありません。
嘘じゃないもん! 本当だもん! パクってないもん!