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Ep.28 - 暗く激しい戦い

 円と教祖の戦闘が始めってから半刻。

 二人の勢いは衰えを見せるどころか、さらに激しくなっていた。


 時にはそれぞれが別の生き物のように個別に、また時には互いに絡み合って一体となり、円を襲う教祖の触手。

 魔術によって繋がっている水からであれば、どこからでも現れるようになった触手達は、礼拝堂を埋め尽くして縦横無尽に暴れまわる。


 それに対し、円は触手の対応で精一杯である様に見えるが、決してそんなことはない。

 教祖の隙を見つけては、的確に鋭い反撃を入れている。


 確実に教祖との間を詰められるルートを見つけたのなら、即時にそれを実行に移して教祖に近づき、至近距離で巨大な炎を教祖に浴びせる。

 教祖に近づけないにしても、触手の合間を縫うようにして、弾丸のような熱線を教祖に放つ。


 避けて、避けて、受け流して、反撃して。

 攻撃して、攻撃して、薙ぎ払って、反撃されて。


 激しい攻防を繰り返しながらも、傷は互いにほとんど皆無。

 円には最初に受けた触手の一撃以外のダメージは無く、また何度も円の反撃を食らっているはずの教祖も、全くダメージがない。


 そんな互いにダメージを与えられていない、膠着状態とも言える状況の中で、教祖が円に向かって大声で叫んだ。


「ようやく理解したぞ! 貴様、フォーマルハウトの奉仕者、その上位互換だな!」


 円の眉がピクリと動く。


 フォーマルハウトの奉仕者。

 それが意味するのはフォーマルハウトに幽閉された、とある神の下僕達。

 つまるところ、炎の吸血鬼のことだった。


 この短い戦闘の中で、遂に教祖が円の正体にたどり着いた。

 しかしながら、多少の驚きはあるものの、この教祖ならば、という納得もある。


「火力の高さとその見た目に騙されていたが、間違いない。むしろ、今はそれ以外に考えらないな! そんな個体の話は見たことも聞いたこともないが、ありえないとも限らない」


 そう言いながら、教祖が右腕を円に向ける。


 今もなお円を襲い続ける触手に比べれば、あまりにも弱々しいその右腕。

 だが、突如その右腕を囲むようにして、どこからともなくピンポン玉くらいの大きさの、丸い水の塊が現れた。


 十中八九魔術を使用して生成されたそれらの水の塊は、次の瞬間には水の刃となって勢いよく飛んでいき、円に襲いかかる。

 触手をジャンプして回避した直後だった円は、空中にいて移動ができない自身の体を、右手から大きな爆発を起こすことで無理矢理吹き飛ばし、ギリギリ水の刃を回避した。


 無茶な動きしたせいで隙ができた円を、触手で追撃しながら教祖が笑う。


「今ので確信したぞ。やはり貴様はフォーマルハウトの奉仕者だ。今の刃を回避したのは、貴様の弱点が水だからだろう? そして、先程から極力腕の攻撃を避けているのも、この腕に含まれる神秘を警戒してのことだと見た」


「……そうですか」


「ああ、そうだとも。そしてそう考えれば、貴様を壁にぶつけたときにダメージが皆無だったのにも納得がいく。フォーマルハウトの奉仕者は実体を持たないからな。重量はゼロに等しく、さらに物理的なダメージは一切効果をなさない。ここまで分かっているのなら、もはや疑うことすら愚かしい!」


 そう言い終わったとき、教祖が攻撃の仕方を変えた。

 同時に、円が大きく目を見開く。


 少なくとも十本以上はある教祖の触手。

 その内の数本が、突然水を纏ったのだ。


 そして、水を纏った内の半数が円に狙いを定めて水の刃を飛ばし、残りが今までと変わりない直接攻撃を行ってくる。


 この戦闘が始まって以来、初めて円が険しい表情を顔に浮かべた。

 教祖の予想通り、水は円の最大の弱点だった。


 突然だが、火が残り続ける上で重要なのは、酸素と熱の二つ。

 火が燃え続けるためには酸素を必要とするし、熱に限っては、一定以上存在しないと火が立つ条件自体が揃わない。


 そして、もちろんそれらの要素は炎の吸血鬼である円にだって適用される。


 酸素は問題ない。

 それは炎の吸血鬼としての特性で、魔力で代用できる。

 そして、消費される魔力の量よりも勝手に回復する魔力の量が多いので、一生酸素は魔力で代用できる。


 だが、熱はそうもいかない。

 一度にたくさんの血を失った生物が、自然的にもう一度同じ量の血を得るのが難しいように、炎の吸血鬼が生命線たる熱を一度失ってしまえば、自己の機能で再び熱を得るのは難しい。


 というか、ほとんど不可能である。


 人間でいう血液パックのような、周囲に熱を得ることができる様なものがあるのなら話は別だが、生憎とそんなものはここには存在しない。

 また仮にそのようなものがあったとしても、熱を失って弱体化した状態では教祖の攻撃からは逃げられず、再び攻撃を喰らって円は死ぬだろう。


 だからこそ、水が最大の弱点。

 ただ触れるだけなら、人としての外見を保つための外殻が内部の炎への侵入を守ってくれるが、教祖の攻撃のように外殻を破る威力を持ったものだと、内部に入られてしまい大量の熱を奪われるのだ。


 そうなってしまえば、一巻の終わり。

 飛んでくる水の刃、触手の攻撃を円は必死になって躱す。


「なんという魔術の使い方をッ……!」


「ああ、我ながら(はなは)だ無茶な魔術だ! 魔力が凄まじい速度で消費されているのが伝わってくる! だが、これほど貴様に有効な手段もあるまい!」


 水を纏っていない触手が、別々の方向から順番に円に向かって攻撃してくる。


 最初に上から襲ってくる触手は腕で受け止めた後に横へ受け流し、次に左から薙ぎ払うようにして襲ってくる触手を跳躍して回避する。

 足場のない空中へ飛んだ円に第三の触手がパンチをするように真っすぐと突き進んでくるが、円は空中で体を捻ることで、ギリギリ回避。


 そして地面に足をつけた円は、上から迫ってきた次の触手をもう一度受け流そうとして、再び目を見開いた。


 最後の触手は、水を纏っていたのだ。


 しかも、ただの水ではない。

 肌で感じられるほどに冷やされた、0度に限りなく近い水。

 これは外殻で受け止めたとしても、その冷たさが内部に伝わってくる類のものだ。


 ――触れてはならない。


 そう本能的に理解した円は地を蹴り、さらに靴底を爆破させて自分を吹き飛ばすことで、間一髪で触手を回避する。

 だが、円のその動きを予測していたかのように、水を纏った触手達から次々と円めがけて水の刃が飛ばされてくる。


「このッ……!」


 焦った顔で迫り来る水の刃に右手を向けて、円は大爆発を起こす。

 暗い礼拝堂が、紅蓮の炎によって明るく照らされた。


 円のその攻撃で、数えきれないほどにあった水の刃は、一度に全て離散した。

 あるものは爆発の勢いで吹き飛ばされ、あるものは炎の勢いで蒸発した。


 だが、それでも教祖は動じない。

 むしろ、その様子を見てほくそ笑んでいた。


 それはそうだ。

 水の刃はその期待されていた役割を、()()()()()()()()()()()


「……ふぇ?」


 突然右足に感じた異感に、円は間抜けな声を上げた。

 視線を向けてみれば、そこには細い脚に巻き付いた一本の触手が。


 そう、教祖はずっと機を窺っていた。

 こうやって円を捕らえる機会を。


 だから無茶な魔術を使って円の意識をそちらに集中させ、少しずつ近づけさせていた一本の触手の存在を、感取られないようにしていた。


 一本だ。


 一本だけでいい。

 一度あの少女に巻き付いてしまえば、全てこちらものだ。


 神秘は、魔術的な生物への接触を有効にする。

 普段であれば触れることすら叶わないものに、触れることを可能にする。


 故に、大いなる者(クトゥルー)の神秘を内包する触手は、実体のない円であっても力強く掴むことができるのだ。


「あ……」


 円が右足に巻き付いた触手の存在に気づいたときには、もう遅かった。

 円が何かの行動を起こす前に、触手は思い切り円を地面に叩きつける。


 地面には神秘がないので、円にはダメージ通らないが、それでいい。

 攻撃をする役割は、適任がいるのだから。


 石床に叩きつけられた円が目を開けると、そこには視界を埋め尽くさんばかりの触手がいた。


 教祖が維持できなくなったのだろう。

 一部の触手を覆っていた水は消え、円に即死を与える凶器はそこにはない。


 だが、教祖からすればそれすらも何の問題もない。

 全ての触手達が先端を丸めて、可愛らしい握りこぶしを作る。


 脚を捕らわれてまともに動けなくなってしまった円と、「殴る準備万端!」という雰囲気の触手達。

 この後の未来を想像することは容易だった。




 一斉に動き始めた触手による、壮絶な床の破壊音。

 漫画やアニメでしか見ないような、殴打のラッシュ。


 雨のように降り注ぐ触手の殴打を前にして、円ができるのは腕をクロスして必死に頭を守るだけ。



 回避はできない。

 ――足に巻き付いた触手のせいで、容易に動けない。


 受け流しはできない。

 ――受け流したとしても、間髪入れずに放たれる殴打が直撃する。


 反撃はできない。

 ――そのような余裕はない。そんなことをしていれば、触手に嬲られる。



 嗚呼、悲しいかな。

 圧倒的な物量を前にしては、あの円でさえ防御以外に出来ることはなかったのだ。

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