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Ep.27 - クライマックス

 礼拝堂の中で、互いに向き合った円と教祖。

 先程までの相手を挑発するような言葉は鳴りを潜め、両者共に相手の動きを覗っており、動こうとしない。


 周りの信者達も、今から何が始まるのか、と固唾を呑んで静かに二人を見守っており、不思議な静寂が礼拝堂を包んでいた。


 

 先に攻撃を仕掛けたのは教祖だった。


 教祖の左肩を中心にして伸び、円に向けられていた長い触手の一本が、大きくしなって円に向けて叩きつけられる。

 爆発音に近い大きな音が礼拝堂に響き、同時にあまりの衝撃に割れてしまった床の破片が、周囲に飛び散った。


 その長い肢体からは考えられない素早い攻撃。

 威力、射程共に人間が出せるそれを超過している。


 そこにいる信者誰もが円の死を確信したが、そう簡単に円を殺せるはずもない。

 その証拠に、触手の攻撃によって巻き上がった土煙の中から、ツインテールの少女が、ぴょんと飛び出してきた。


 あの攻撃を食らった後だというのに五体満足どころか無傷の円は、礼拝堂の地面を走って教祖に接近しようとする。


 だが、円に迫られてきている教祖本人がそれを許さない。

 先程まで一切動きを見せなかった数多の触手を総動員させ、円の道を阻んだ。


 鞭のようにしなり、縦横無尽に動く触手の群れを、円は一本一本丁寧に対応して確実に教祖に近づいていく。


 ――迫る触手を、地面を蹴って、素早く跳び躱す。

 ――迫る触手を、わざと腕で受け止めて、衝撃を受け流す。

 ――迫る触手に、得意の爆発を浴びさせて、攻撃の勢いを殺す。


 だが、さすがの手数に、対応しきれなかった円は触手のボディーブローを一本もらってしまう。

 腹に向かって真っすぐに伸びてきた触手の攻撃を、腕をクロスすることでどうにか防御するが、円の小さい体はその衝撃に耐えきれずに、壁に向かって吹き飛ばされた。


 勢いよく飛ばされた円は、受け身も取らずに礼拝堂の壁にぶつかり、大きなヒビを入れて壁にめり込む。

 ガラガラという音と共に上から落ちてくる壁の破片に、慌てて信者達が教祖の後ろに向かって逃げ出した。


 勢いよく壁にめりこんだ円は、しかしほとんど傷もない様子で壁から這い出てくる。

 そしてもう一度地面に足をつけた円は、体制を立て直して教祖に再び向き直った。


 そんな円の様子を見ていた教祖は、何かに気づいたのか、空いている右腕を自身の触手だらけの顎に当てる。


「貴様、人ではないな?」


「……なにか証拠が?」


「あるとも。今の私の殴打の威力では、少なくとも貴様は壁を貫通しているはずだ。だが、実際にはそうはならず、その上壁にぶつかって出来た傷もまるで見当たらない。それに、腕を伝わってきた感触があまりにも軽すぎる。その小さな背丈だとしても、ありえないと思えるほどにな」


「……」


「先程私の大切な信者を焼き殺した炎もそうだ。魔術で炎を出すこと自体は簡単だが、あれほどの火力を瞬間的に出すことは容易ではない。それは、一つの生物として、貴様が得た機能だろう?」


 出会って十数秒の戦闘の中で、円が人ではないことを見抜いた教祖。

 その警戒度を、円は自身の中で一気に引き上げる。


 これは予想外。

 魔術自体を知っているのもそうだが、それよりも円から見ても、教祖はかなり高レベルの魔術的知識がもっている。


 恐らく、今までの戦闘は単なる小手調べ。

 本気になれば魔術を使用してくるのは間違いない。


 目を細めた円は、先の攻防の始まりと同じように、教祖の動向を観察する。

 自分からは動かず、あくまで教祖の正確な戦闘力を測るつもりだった。


 そして、円の試みに気づいた教祖は「いいだろう」と呟き、再び触手を円に向けた。




 次の瞬間には、再度触手が礼拝堂の床に叩きつけられている。


 勿論円は触手を避けたが、円のその行動を読んでいた教祖は、回避する方向に長い触手を次々に振り下ろすことで、追撃を行う。

 行く先々で触手の攻撃にさらされる円は、それらを走って移動するだけで回避した。


 教祖から一定の距離を保ち、円を描くようにして礼拝堂を動き回る円は、時に壁を蹴って高く跳躍し、時に瞬間的に超高速で速度で走り、襲い来る触手を華麗に避ける。


「その速度にその動き! やはり人ではないな!」


「……えぇ」


 人の領域を超過した円の動きに、攻撃を続けながらも教祖は吐き捨てるようにそう言った。

 そう言われた円自身も、すでに隠せるものではないと判断したのか、静かな声で教祖に肯定を返した。


 次の瞬間、数本の触手が互いに絡み合い、太く重くない棍棒のようになって、横に薙ぎ払われる。


 だが、予想外の攻撃であったはずの触手の攻撃を、円は走り高跳びの要領で簡単に避けてしまう。

 そして、巨大な触手が自分の下を通り抜けた瞬間を狙って、円は教祖に片腕を向けた。


 次の瞬間、円の細い腕から巨大な炎の塊が噴出される。


 触手の大半が攻撃に専念しており、教祖の防御に使える触手は片腕で数えられる程の数のみ。

 反射的に動ける触手は防御に回るが、突然の広範囲を焼き払う豪火を止めることは叶わず、教祖への攻撃を許してしまう。


 教祖が炎に包まれ、たくさんの触手が攻撃を止めて、苦痛を訴えるかのようにのたうち回る。

 後ろに下がっていた信者たちが悲鳴を上げるが、円は険しい顔で教祖を燃やす巨大な炎を睨んでいた。


 円の炎は確実に当たった。

 それは、教祖を中心にして巨大な火柱が立っていうこと、触手の様子からして明らかだ。

 だが、円は教祖への警戒心を一向に解かず、追撃を行おうとしない。


 それもそのはず、円の予想では教祖は――


「――そう簡単に引っかかってはくれないか」


「当たり前です。私を騙すつもりだったのなら、触手を動かすのを途中でやめて、あなたの死を演出すべきでした」


「はは、これは痛いところを突いてくる」


 炎が掻き消えて、中から無傷の教祖が姿を現した。

 信者たちが安どのため息を吐いて落ち着きを取り戻す中、二人は先程までと変わらない様子で言葉を交わす。


「私の魔術の原理はバレてしまったかな?」


「人に訊く前に、自分で考えてみては?」


「そうくるか。さて、流石にこの程度で理解されるほど、簡単な造りはしていないと思いたいが」


 どこかこの状況を楽しんでいるような口調の教祖と、氷のように冷たい口調の円。

 そんな会話をしながらも、互いに互いを見つめ合い、出方を探り合っている。


 次に先手を取ったのは円。


 一切の予兆もなしに突然走り始め、教祖との間の距離を一気に縮める。

 大量の触手がツルのように伸びてきて円を襲うが、今までの攻防で対応に慣れたのか、その全てを最小限の動きで、いとも簡単に避けていく。


 そして、この戦いが始まってから初めて、円が教祖に肉薄する。

 目と鼻の先にまで教祖が迫ったところで、円は至近距離で、教祖に向かって腕から爆炎を噴出した。


 教祖に確実に当たったと思われたその攻撃だったが、結局そうはならず、代わりに真上からガシャンという金属音がした。

 円が顔を天井に向けて見上げると、そこには礼拝堂のシャンデリアに触手を絡めて、天井にぶら下がっている教祖がいた。


「逃げましたか」


「当たり前だ」


 先程の攻撃を食らって少し考えたのだろう。


 触手の全てを攻撃に使わず、また、残りの触手も防御ではなく回避用に使っている。

 今回は事前にシャンデリアに絡ませておいた触手に自身を引っ張らせることで、素早く円の攻撃を躱したのだ。


 まるで蜘蛛の巣のように天井に触手を広げて自分の体の位置を安定させた教祖は、「次はこちらの番だ」とばかりに、杭を打つようにして次々と天井から円に向けて触手を振り下ろす。


 雨のようにまっすぐと降ってくる触手の群れを、円は今までと同じ要領で、まるで舞踏会で踊るようにして華麗に回避していく。


 しかし、円が礼拝堂の壁に近づいたとき、壁を流れてきていた流水から、突然大きな水飛沫を上げて一本の触手が姿を現した。

 

 予想できない場所からの出現した触手は、そのまま円に向かって勢いよく攻撃する。


 が、それすらも予想通りだと言わんばかりに、円は腕から炎を噴き上げて触手を迎撃した。

 炎の熱で触手がひるんでいる間に、床を蹴って距離を取る。


 そして、完全に円の虚を突いたと思った攻撃を防がれ、驚いている教祖に、指をさすようにして手を向けた。

 次の瞬間には、人差し指から放たれた熱線が、教祖の胸に命中している。


 しかし、その攻撃を受けても一切血を流さず、のけぞりもしなかった教祖は、驚いた顔で円に話しかけた。


「これすらも予想の内だと言うのか……」


「その腕に付与されている『水』の神秘を利用した同化及び転移の魔術でしょう? それさえ知っていれば、予想できて当然の攻撃ですが」


「だとしても、ここまで簡単に防がれるのは予想外だ。おまけにその構造をすぐに看破され、さらに反撃までもらってしまったからな」


 そう言いながら、シュルシュルと触手を動かして教祖は再びに地面に降りてくる。

 そしてもう一度地に足をつけると、正面から円を見据えた。


 円も、何も言わずに教祖を冷たい目で見つめ返す。




 まだ、二人の戦いは始まったばかりだった。

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