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Ep.26 - 過去

 ――8月29日、3時17分。


 8月21日から一週間が経過し、荒山から受けた銃創も完治した遠野は、紅茶や菓子が置かれたトレーを持って、半年前に買ったばかりの一軒家の自宅の一室に向かっていた。

 そして、目的の部屋の前に着いた遠野は、木製の扉を開けて中に入る。


 部屋の中では、高校生時代からの友人が椅子に座ってパソコンとにらめっこをしていた。


「どうだ、明美(あきみ)。なんか分かったか?」


「んー、まぁ昔の藤広さんがどんなだったか位はね」


 明美と呼ばれた女性は、一旦パソコンのモニターから目を離してそう返事をすると、椅子を回して遠野がいる方向に体を向けた。

 冷房がまだ十分に効いていない暑い部屋で作業をしていた彼女は、ボタンが外されて首筋から胸元までが露出している白いワイシャツと、短いタンクトップというかなり際どい恰好をしていた。

 しかも、汗をかいているせいで、ワイシャツのところどころが湿り、透けて肌が見えている。


 そんな扇情的な姿の友人から若干目を逸らしながら、遠野は運んできたトレーから、冷えた紅茶が注がれたロンググラスを明美に手渡した。

 自分の有様を知らないのか、明美は変わらない調子で「ありがと~」と言ってロンググラスを両手で受け取り、ズズズと音をたてながら紅茶を飲み始める。


「あま~い! 生き返る~! やっぱこれがなきゃ生きてられないよー!」


「いつも思うけど、よくそんな甘ったるいの飲めるよな……じゃなくて、分かったこと教えてくれ」


「うい~」


 やる気を全く感じ取れない返事になっていない返事をすると、明美は体を捻って振り返り、パソコンの前に置いてある開かれたノートを手に取る。

 大量の文字がびっしりと書いてあるそれを、椅子の上で胡座をかいた自身の両足の上に置いて、遠野にも見えるようしながら、明美はノートの一部分を指さした。


「まず身内のことだけど、多分親御さんはこれ。候補の内から絞り込むのに時間かかったけど、この永藤和人(ながふじかずと)って人が父親で、こっちの永藤華子(ながふじはなこ)って人が母親ね」


「いや待て。永藤って、名字からしてそもそも違うじゃないか。本当に合ってんのか?」


「うん、間違いないよ。悠翔君の言う藤広さんってさ、実は何度か名前を変えてるんだよね」


 平然とした様子の明美から放たれたその言葉に、遠野は驚きで目を丸くする。

 だが、すぐに表情を真剣な顔に変えると、明美に質問を続けた。


「名前変えてるって……マジ?」


「マジマジ。大マジのマジ。ここに来る六、七年前までは名前を変えながらずっと各地を転々としてるね。職場を変えるときも必ず偽名を使っていたみたい。容姿の情報と移動のパターンでどうにか特定したけど、調べるの超大変だったよ」


「いや、そんな情報どうやって手に入れたんだよ……」


「ひーみつ♪」


 口笛を吹いて可愛らしくそう言う明美の様子に、遠野は一瞬不穏なものを感じたが、すぐに明美なら大丈夫か、と考え直して一旦情報のソースの追求はやめる。

 そして次に、明美が話した情報から思ったことを口にする。


「名前変えながら住む場所も変えるって、なんか借金取りから逃げてるみたいだな」


「うん、私もそう思った。だから手に入れた情報を元に色々調べてみたの。そしたら、こんなのが出てきたんだよ」


 そう言うと明美は振り返り、片腕でマウスをいじってパソコンのモニターに表示されたタブを変える。


 そこには、とある新聞紙の画像が載っていた。


魚水(うおみず)新聞……見たことも聞いたこともないな」


「そりゃあそうだよ。ここらじゃ発刊されてない地方新聞だし、そもそも開いて数年で潰れた弱小企業だし。大事なのはそこじゃなくて、ココ。この記事を見て」


 明美カーソルをくるくると動かして円を描いている箇所に目を向けると、そこには行方不明の男子高校生の写真が載っていた。

 ツンツンとした特徴的な頭髪に、どこか見覚えのある顔つきである。


 目を細めてその写真を見ていた遠野だったが、何かに気づいたかのように「あっ!」と大きな声を出す。


「これって、若い時の藤広さんか?」


「アタリ。でも、名前は永藤広文(ながふじひろふみ)ね。藤広って苗字は多分中間の漢字二つを取ったんじゃないかな」


「確かに。いや、それは今はどうでもいいな。で、この行方不明の記事からさっきの二人が親だって分かったわけか」


「そーゆーこと」


 そこまで話した明美は遠野が持ってきたトレーの上からクッキーを一枚取ると、そのまま口に運んでバクバクと食べる。

 直径10㎝程もあったはずの大きなクッキーは、ものの数秒で明美の胃の中へと消えた。


「あと、ここには行方不明って書いてるけど、多分これ家出だと思う。さっき遠野君が言った通り、追跡から逃げてるような生き方してるし」


「家出って言い方は可愛げがありすぎじゃないか? 逃げ方がガチだろ、これ」


「あー確かに。そう考えれば、家出というよりかは縁切りかな。それも、藤広さんからの一方的な」


「一方的? なんでそう思うんだ?」


「行方不明って書かれてるから。家族全員賛成の縁切りだったらこんな記事は出ないだろうし。それに親が追ってこないなら、藤広さんだってあんな風に逃げたりしないでしょ?」


 明美の言い分に納得し、遠野が「なるほどな」と頷くと、明美はマウスから手を放して、再び遠野のいるほうを向く。

 それに気づいた遠野も、ここからが重要な話なのだ、と気づいて明美に向き直った。


「でさ、藤広さんが縁を切ったと思われる永藤家だけど、結構黒い噂があるんだよね」


「……ほう」


「ここの家族、海淵教っていうむっかしからある宗教団体の教祖をずっとやってきてたんだって。で、この海淵教って宗教は毎月第三金曜日に定例会があるらしいの」


「……それがどうしたんだ?」


「この海淵教の本拠地の町ではさ、毎月必ず行方不明者が出てたっぽいんだよね。毎月第三木曜日、つまり海淵教の定例会の前日に」


 いつもと変わらない様子で、明美は海淵教が人攫いをしている可能性があることを、暗に口にする。

 遠野はそれに取り乱したりせず、ただ真剣な様子で口にする言葉を選んだ。


「……なんで、捕まらないんだ」


「証拠がないから。やってることは明白なのに、人を攫っている証拠が全く取れないから。でも、今じゃ真相が一切分からなくなってる上に、物理的に捕まえられないのが一番の理由かな」


 ようやく冷房が効いてきて、若干涼しくなってきた部屋を、不気味な沈黙が包んだ。

 そんな空気の中で、やはり明美は調子を崩すことなく言葉を続けた。



「この団体、藤広さんのご両親含めて、二年前に信者が丸ごと行方不明になってるんだよね」






 ◇◆◇◆◇◆◇






 ――8月22日、0時46分。

 赤萩町にあるとある謎の施設、いや、海淵教の新しい拠点にて。


 おどろおどろしい雰囲気のある礼拝堂にて、教祖――永藤和人は神遺物の回収に向かった男の帰りを待っていた。


 息子である弘文が、突然神遺物と先祖が遥か昔から残してきた書物を持ち出してから、はや十数年。

 ずっと前から盗まれた神遺物の行方を追っていた幹部の男から、ようやくその場所を発見したという報告を受けたからここに来たのだ。


 一時期報告が届かなくなって音沙汰がなくなり、何かあったのかと思っていたが、つい最近になってこの報告だ。

 おそらく、報告をする余裕がなくなるほどに捜索が多忙を極めていたのだろう。


 そんな男に褒美を受け取らせ、同時に神遺物の帰還を祝うために今日は信者全員をこの礼拝堂に集めたのだが、一向に男が帰ってこない。

 信者達は礼拝堂を包む神秘性を壊さないように、それぞれが声を潜めて静かに、となりに居る信者と「男が戻るのはいつか」と話している。



 そんな時、勢いよく礼拝堂の扉が開いた。



 信者全員が扉に振り向くと、そこに居たのは全員が待ちわびていた幹部の男――ではなく、ただの一人の信者。

 大きな音を立てて扉を開けて入り、礼拝堂の雰囲気を壊したその男に、礼拝堂に居た信者達から責めるような視線が突き刺さる。


 だが、その男はそんな目線など気にも留めずに、恐怖に歪んだ顔で教祖にとある報告をした。


「侵入者です! 侵入者が、侵入者がッ!」


「侵入者、だと?」


 大声でそう叫ぶ男に、教祖が重厚感のある低い声でそう返す。

 その声を聴いて安心したのか、男はホッと息をはいて深呼吸をすると、侵入者の詳細を伝えようと口を開いて――



 後ろから迫ってきていた、紅蓮の炎に呑み込まれた。



「あ゛゛ああ゛あああ゛ぁ゛あぁあ゛゛あぁぁ゛ぁあ゛!」


 男の凄惨な悲鳴が、礼拝堂にうるさく響いた。

 男に険しい顔を見せていた信者たちは、突然のことに呆然とした後、すぐに表情を恐怖に染めて、ワーワーと騒ぎながら壁際に逃げる。


 だが、教祖だけは一切動じず、むしろ一歩踏み出して、男を包む炎を放った元凶に大声で話しかけた。


「随分な挨拶だ。その信者は貴殿に恨まれるようなことをしていたのか?」


 教祖のその一言に、信者たちは冷静さを取り戻して、じっと教祖を見つめる。

 その目には、きっとこの状況でも一切動じなかった教祖が、輝いて見えているのだろう。


 そして、扉の奥から教祖の言葉に対する返事が飛んできた。

 同時に、炎の中から一人の少女が姿を見せる。


「えぇ、その通りです。この男の人は私に恨まれるようなことをしました。そして、それはこの人だけではありません。あなたたちもです。それでは――死ね」


 炎の中から歩み出てきた朱色のツインテールの少女が、実に退屈そうな表情でそう言うと、右手を教祖に向けて右手を向ける。


 次の瞬間、巨大な炎の渦が教祖を襲った。

 頼れる教祖が炎に包まれたのを見て、壁際に逃げた信者たちは悲鳴を上げる。


 そして、次はお前たちの番だ、とばかりに少女が信者たちに手を向けたその瞬間。



 轟、と風が吹いて教祖を襲った炎が、内側から破られたかのように消えてなくなる。



 そこには、一切の怪我がない教祖が立っていた。

 だが、炎の勢いによるものなのか、はたまた自ら外しただけなのか、教祖の顔を隠していた仮面と左腕を覆っていた長い手袋が消えている。


 そして、今まで隠されていた教祖の顔と左腕は、人のものとは到底思えない見た目をしていた。



 人間だった頃の面影が多少は残っているが、顎の下からは(たこ)の触手のようなものが生えており、皮膚は茶色くてブヨブヨの海綿状の物体に変わってしまっていう顔。

 左腕に限っては、既に人だった頃の面影は何も残っておらず、皮膚は顔と同質のものに変化しており、また枝のような十数本の長い触手が樹木のように捻じれて、一本の太い腕を形成していた。



 腕の触手が、捻じれを解いて、まっすぐと伸び、蝶の羽のように大きく広がる。

 そして、その全てが侵入者の少女――円に一斉に向けられた。


 信者達が、教祖のあまりの冒涜的な神々しさに、歓声を上げて喝采を送る。

 それに対し、少女は一切動揺せずに冷えた目線を送るだけだった。



 教祖が口を開く。



「大変申し訳ないが、貴殿の恨みを買うようなことも、そもそも貴殿のことも私の記憶には存在しない。だが、こんな攻撃を大切な信者たちにされては堪らない。故に、貴様はここで排除させてもらう」


 長髪じみたその物言いに、少女は静かに冷たい口調で返答をするのみ。


「やれるものなら、やってみてください。大いなる者(クトゥルー)に祝福されただけの、下等生物が」

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