Ep.24 - それぞれの幕間
「悠翔君、銃創なんてもらったならさっさと電話してよ……すぐ助けに行ったのに」
ゴテゴテと様々な救急用具が備え付けられた救急車の中で、宮野が今にも泣きそうな声で担架の上に寝かされた遠野に、そんなことを言ってくる。
対して遠野は、困った笑みを浮かべて「ごめん」と一言謝った。
荒山との命懸けの激しい攻防の後、遠野は大通りの荒れようを聞いて全速力で駆けつけてきた救急車に見つかり、銃に撃たれたという事で急いで搬送されたのだ。
そして、偶然にもその救急車の中には宮野が居た。
宮野は狂気に満ちた大通りの中で遠野と円二人と別れた後、所属している救急隊本部に戻り、この事件のことを伝えたらしい。
安全な場所にいろと言われたものの、二人が危険な場所で事件を止めようとしているのに、自分一人だけ安全な場所で事態が収まるのを待つということに、我慢できなくなったのだとか。
その後多少の時間をかけて、救急隊は宮野の言うあり得ないような事件が事実であることを確認し、隊員総出で急ぎ現場に急行したのだ。
そして勿論、その中に宮野も混ざっていた、というわけである。
目に涙を浮かべていた宮野は、遠野からの謝罪を受けて一旦落ち着く。
そして一転、安堵したかのように息を吐き、遠野の笑いかけた。
「でも、無事そうでよかった。その様子なら致命傷にもなってないでしょ? 体に残ってる銃弾を取り除くだけで大丈夫なんじゃないかなぁ」
「まぁ確かに致命傷ではないかな。三発撃たれたけど、痛むだけで体感全然大丈夫。死にそうな感じもしないし」
「……死ぬ直前になって痛覚が失くなってるだけだったりしてね」
「不吉なこと言うなよ!?」
救急車の中で、悲鳴のような遠野の怒鳴り声と、宮野の笑い声が木霊した。
◇◆◇◆◇◆◇
赤萩町のとある住宅地にある、謎の白い施設の教祖室にて。
黒いローブに身を包んだ二人の男が、高価ながらも趣味の悪い品で囲まれた部屋の中で、どこかピリついた雰囲気で話し合いをしていた。
「どうやら、相当重大なことになったようで」
「あぁ、その通りだ。よもや神遺物が原因であのようなことが起きようとはな。こうなった以上、もはや策を弄する暇も理由もない。神遺物の回収を急がなくては」
「ええ、その通りでしょう。では、確保の役割はこの私にお任せを」
教祖の男に恭しく首を垂れながら、部下らしき男は神遺物というものの回収の任を一人で受けようという意思を表す。
教祖は部下の男に対して訝しむような態度こそないものの、いくつかの質問を返した。
「ふむ……それ自体は問題ないが、お前以外の人員などはどうするつもりだ? 下手な者を選抜しても、場合によっては足手まといにしかなるまい」
「そこはご安心を。私一人で回収に赴くつもりであります」
「お前一人で、か?」
初めて教祖の雰囲気が変わる。
今までの部下の男を信用していることから生じる穏やかな声が、一転して男に対する怒りを孕んだ声に変化したのだ。
部下の男は仮面越しに教祖から睨めれていることを感じ取り、小さく身震いをした。
「あのような事件が起こったばかりだぞ? 今は警察などの警備や巡回もあるだろう。それに、狂気に冒された者も残っているかもしれん。だと言うのに、お前一人で行くつもりか?」
「えぇ、そうですとも。貴方様の指摘はごもっともでございます。しかし、だからこそ私一人なのです」
「というと?」
「まずは警察の巡回、これに発見される確率は多人数で動くよりも少人数で動くほうが低いのは自明の理でございます。それに、街をうろつく狂人たちに関しても、私の調査では既に全員正気に戻ったとのこと。なんの心配もありますまい」
部下の男は自信満々な様子で教祖に自身の正当性を語る。
その甲斐もあってか、教祖は若干の心配を抱きながらも納得したようだ。
仕方無さそうな様子で「そうか」と小さく呟いた後、部下の男に右腕で扉を指して、神遺物の回収に赴くように指示をした。
ハンドサインを受け取って男は教祖に深く礼をした後、背中を向けて教祖室から出ていった。
そうして部下が部屋から去った後、豪勢なソファーに座っていた教祖は、ふと立ち上がり、近くの机に向かって歩く。
その上に置かれていたのは、クリップで一箇所を止められた、何枚もの紙が重なった分厚い紙束。
部下の男が長い年月をかけて日本各地を回り、盗まれた神遺物の行方についての調査資料兼報告書、それを教祖がまとめた物だ。
教祖は大量の文字が並んだ紙をペラペラとめくりながら、ここまでの量に達する程の調査をしてくれた部下に改めて心の内で感謝する。
とある内容が書かれた箇所を見つけた際に、紙をめくる教祖の手が止まった。
そして、十数秒間その箇所をじっと見つめる。
教祖が読んでいたページには、とある料理店の店主の写真が載っていた。
◇◆◇◆◇◆◇
大きな満月が輝く、雲一つない満天の星空の下。
ガラスが破壊されて随分と開放的になった窓からは、とある建物の一分の部屋の様子がかろうじて視認できる程度の月の光が差し込んでいた。
その部屋の中はまるで殺傷事でもあったかのように荒らされており、家具は壊され、衣服類は床に落ちていて、見るに堪えない酷い有様である。
こんなボロボロの部屋がある家に、人なんて住んでいないのだろう。
しばらくの間、時間が止まったかのように静かだったその部屋は、しかしある瞬間に突然動きを見せる。
部屋の中央にある白い金庫、その隣で横たわっていた小さな人影がピクリと動いた。
そして、深い眠りから目覚めたようにして上半身だけを起こした後、その小さな影は確かめるようにして自分の体をペタペタと触る。
暗い部屋の中でも目立つ朱色のツインテールが、ゆらゆらと左右に揺れた。
「成功……持っていかれた贄も最小限。完璧です」
風鈴のような静かで透き通る美しい声が、部屋の中に小さく響いた。
自分の安否を確かめたその小さな人影――円は、次に自分の近くに落ちてある衣服の塊に手を伸ばす。
奇妙な紋様が描かれたその衣服の塊をそっと手に取り、自分の胸の前に持ってきて、円は困ったように息を吐いた。
そして、本来なら自分が今座っている部屋で生活しているはずだった男の顔を頭に浮かべて、どこか哀愁を漂わせながら窓から見える星空に顔を向ける。
その行動には、こうすればその男に自分の言葉が届くのではないか、という願いが込められていた。
「……藤広、どうしてあなたはこんなものを」
大いなる者の化石。
それも、かなりの年代物なのにも関わらず、保有する神秘に陰りが見えない一級品。
地球に住む生命体が、ましてや他と明確な違いがあるわけでもない人間が持っていていいものではない。
適切な処理を施さなければ、また今回と同じような神秘による大災害が発生するだろう。
そのため、円はこの化石の封印に旧き印を使ったわけだが。
しばらく星空を眺めながら、藤広なら今の円の問にどんな返事をするだろう、なんて考える。
だが、数秒経った後に円はもう一度自身の顔の下にある封じられた化石に目を向けた。
そして、今までの藤広を心配する困ったような表情とは真逆の、復讐心に満ちて歪んだ、壮絶な笑顔を顔に浮かべる。
「あぁ、でも……でも!」
こんなもの、そう簡単に手に入るまい。
藤広を襲った犯人の動機が、これなのは明白だ。
そして、最初の襲撃でこれを得ることが叶わなかった藤広を刺した犯人が、これを得るためにもう一度ここに来るだろうことも。
だって、地球全土を探し回ったとしても、こんな物が見つかるのは二、三箇所の隠された神域だけだから。
それに、そんな神域というのはとても人間が入って生きていられるような環境ではない。
恐らく円でも長時間の活動は不可能だろう。
そんな場所でしか得られない貴重なものが、ここにあるのだ。
犯人は喉から手が出るほどこれが欲しいだろう。
手に入れるためならどんな手でも使うに決まってる。
だから藤広を殺したのだろう。
だがその時に得られなかったから、きっと犯人はもう一度ここに来るはずだ。
そして愚かな犯人がこれを求めて再度この店を訪れたその暁には、是非とも捕らえて殺してやろう。
いや、すぐに殺してはダメだ。
共犯者がいる可能性がある。
犯人が何かしらの組織に所属していて、その組織全体での犯行だった可能性がある。
拷問して可能な限り情報を引き出そう。
殺すのはそれからだ。
そう考えて、円がニヤリと口元を歪ませたその時。
ガチャリ、という下の階の扉が開く音がした。
そして同時に、可能な限り音を殺された、床を歩く小さく静かな音も。
間違いない。
円が予想した通り、犯人が得ることが出来なかった化石を再び探しに来たのだろう。
床に座っていた円は、化石を包んだ布を両手で持ったまま静かに立ち上がる。
そして、舞踏会に行くシンデレラのような軽い足取りで、階段に向かって歩き始めた。
途中、円の服から炎が吹き出てきて、すぐに接客業をする時にいつも着用している白いエプロンに姿を変える。
折角のお客様だ、最高のおもてなしをしなくてはならない。
歩いている途中、どんなメニューでお客様を楽しませようか想像する。
そして、お客様がするだろう表情を想像して楽しくなり、クルリと一回転。
腹を裂いて内臓を炎で炙り、内側から燃やし尽くしてしまおうか。
――ダメだ、そんなことをしては簡単に死んでしまう。早く死ぬのも、情報を引き出す前に殺すのもNGだ。
両手両足の指の先、頭の天頂に炎をつけて、心臓に至るまでゆっくり炎で燃やしてしまおうか。
――ダメだ、長い間痛みは継続するけども、死ぬまでずっと叫ぶせいで情報を聞き取れそうにない。
魔術で自分の体が炎によって焼き焦げ死ぬ感覚、それを何度も何度も見せてみようか。
――ダメだ、簡単に精神が壊れてしまう。そうなってしまえば情報を聞き取るのが難しくなる。
――いけない、毎回毎回やりすぎて壊してしまう。
そんなことを考えている間にもう階段は目と鼻の先だ。
自然と笑みが浮かんでしまう。
接客をするときにはいつも出来なかった笑顔というのも、今の円なら百点満点だ。
目にしてしまえば誰しもが魅了されてしまうような、幸せそうで可愛らしい笑みを浮かべて、円は階段を降りる。
階段を降る円の足音が、静かな料理店に響いた。
そして円が階段の奥から姿を表すと、そこには驚いた様子の黒いローブを着込んだ男が。
満面の笑みを浮かべたまま、円は布で来るんだ化石を自分の顔のすぐ横に持ち上げる。
そしてあざとく顔をクイッと傾けて、男に歓迎の挨拶と注文の確認を。
「いらっしゃいませ、ご注文は地獄でしょうか?」
来週は投稿なしです。
理由は簡単、突然の路線変更でここ三週間の努力とプロットがパーになったからですね。
また、話のストックも尽きかけていたので書き溜めしたいという気持ちもありますし、同時に最近「ドスケベカンパニー」でトレンド入りしたあの模試にもチャレンジしてみたい、という気持ちもありますので、一週間精一杯お休みさせていただきます。
それでは、二週間後の荒野で再び会いましょう。
今後の円の活躍にご期待ください。




