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Ep.21 - 交差する弾丸

 荒山によって放たれた銃弾が遠野を貫き、赤い鮮血が辺りに飛び散る。


 しかし、取っ組み合いの最中だったということもあり、弾が命中したのは幸運なことに遠野の左肩。

 致命傷にはならない。


 だが、痛いものは痛い。

 思わず肩を抑えて隙を見せた遠野を、荒山は空いた左手で突き飛ばす。


 遠野が離れたことにより、体勢を整えることができた荒山はしっかり銃の照準を遠野に合わせ、トドメを刺すべく引き金を引いた。


 しかし――


「クソっ! 弾切れか!」


 二人の間に響いたのはカチッ、カチッという荒山の持つ拳銃の引き金が鳴らす音だけ。

 大急ぎで荒山は装填を始め、その間に遠野は荒山から走って逃げて、再び車の陰に飛び込んだ。


「はッ、ぁ、ッはぁ……!」


 車に背中を預け、肩を上下に揺らして荒い息遣いを整える。


 銃が貫通した左肩が、まるで焼けた鉄を当てられているかのように熱い。

 ちょっとした動きでも鋭い痛みが肩を走り、思わず顔が歪めてしまう。


 ――これからどうする。


 そんな思いが頭をよぎる。


 幸い、遠野が銃を食らったおかげで荒山の意識は完全に遠野に向いている。

 遠野を仕留めるのに夢中で円のことは完全に忘れているので、遠野が囮になって円を藤広の料理店に送り込むという当初の目的は、だいたい成功でいいだろう。


 だがしかし、だからといって遠野が死ぬのでは元も子もない。


 きっと円は遠野が死んだとしても、ほんの一瞬でこの街が狂気に包まれた、今日の事件の原因を何らかの方法で断つのだろう。


 だが、藤広のほとんど瀕死の大怪我の後に遠野の死を知ってしまえばどうなるだろうか。

 きっと円は心に深い傷を負うし、あのとき遠野に任せずに自分が動けばよかった、なんて考えるだろう。

 同時に、やはり殺害が最も合理的な手段だったとも。


 それはダメだ。

 遠野は円に、目的の為ならば簡単に人を殺すような人間になってほしくない。


 何よりも一番、自分が死にたくない。




 だが、そうは思っても何か打開策があるわけでもなかった。


 先程荒山が銃のリロードをしている内に、退くのではなくその隙を突いてもう一度銃を奪えばよかったと遠野は後悔する。


 荒山は再び銃を手に入れ、既にリロードも終えた頃だろう。

 すぐに手負いの遠野にトドメを刺しに来るはずだ。


 必死に頭を回して考える。


 なにか打開策はないのか。

 なにか一発逆転の手段はないのか。

 なにか生き残るための道はないのか。


 必死に必死に頭を、脳のあらゆる細胞をフル稼働させて考える。


 だが、少しのダメージを食らって入るものの、ほぼ無傷で銃を持つ荒山と、肩に銃弾を受けた上に武器も何も持っていない遠野との間にある戦力差を埋めるのは難しく――



「――ぉかぁさん?」



 突然、今までその場にはなかったはずの、幼い声が響き渡った。


 遠野と荒山は互いに、一瞬互いのことを忘れて驚いた表情を顔に浮かべながら、その声が聞こえてきた方向を振り返る。


 荒山に殺され、道路に寝たまま冷たくなってしまった人々。

 死屍累々のその光景の中で唯一起き上がり、呆然とした顔で辺りを見回している存在がいた。


 まだ四、五歳に見える小さな少年だ。

 小さなカバンを大事そうに抱え、座ったまま動かない足からは赤い液体が流れ出ている。


 そこにいた人々の中で、唯一の生き残りだった。


「仕留めそこねていたかッ――!」


 勿論、荒山はその少年に銃を向けた。

 そして、次こそはその尊き命を奪おうと、銃の引き金に手をかける。


 そして遠野の脳裏には、少し前に見たばかりの光景が鮮明に思い浮かんだ。


 ――死屍累々の地獄の中で響く、少年の泣き声。

 ――はるか上空より落ちてくる、金属製のデスク。

 ――潰され、グロテスクに飛び散った少年の血肉。


 状況こそ違えど、少年が生命の危機に陥っているという主要な点は同じだ。


「――ッ!!!」


 その時にはもう、遠野の体は勝手に動いていた。

 肩の痛みも忘れて走り出し、少年を抱きかかえる。


 もう、子供達の命をみすみす、散らせてなるものか。

 将来立派な花を咲かすであろう命の芽を、狂気に摘み取らせてなるものか。

 もう、目の前で命が散るのを、自分が耐えられるものか。


「――がぁ、あッ!??」


 そして、荒山の凶弾はそこにいた少年の代わりに、遠野の脚を貫いた。


 脚を撃たれた遠野は体のバランスを崩し、固いアスファルトの地面に前のめりに倒れ込む。

 だが、抱き上げていた少年を遠野は倒れる前に放り投げ、無理矢理安全な位置にまで移動させた。


 かなり痛かっただろうが、それでも今はもう安全だ。




 一度荒山を見れば、拳銃の照準を遠野の胸に合わせようとしている。

 それを見て、遠野は自身の終わりを知覚した。


 途端に、世界が灰色に染まっていき、全ての動きが妙に遅くなり、スローモーションの映像を見ているような状態になる。

 次いで、自分が今まで生きてきた人生の記録が、氾濫した川のような勢いで次々と蘇り、スライドショーのように上から下に、消えていく。


 走馬灯、と呼ばれるあれだろう。


 自身の生きてきた記憶から生き残る(すべ)をさがしているとかどうとか聞くが、結局のところこれは、死を覚悟した瞬間に自分の人生を振り返って、勝手に感傷しているだけではなかろうか。

 それはもう、自分の状態から分かる。


 すでに絶体絶命、助かりようがない。

 きっと自分は荒山の拳銃に頭を撃ち抜かれて死ぬ。


 心のなかで、遠野は円に謝った。


 ――ごめん、円ちゃん。俺は死ぬけど、どうか人殺しにだけは……




「お兄ちゃんッ!!」


 その時、助けたばかりの少年の叫び声に、遠野の意識は再び現実に戻される。


 そして、叫ぶと同時に少年から投げられた小さな物体を、間一髪でなんの負傷もしていない右手で掴み取る。

 見てみると、自分の右腕は小さな救急車の小さな模型――俗にトミカと呼ばれる、少年たちが大好きな玩具があった。


 そして遠野は直感的に、その消防車を荒山に向かって投げつける。


 命の瀬戸際で放たれたその一撃、いやその一投は明らかに力のリミッターが外れていて、遠野は少年から受け取った模型をプロ野球選手もかくや、というスピードで投げつけた。


 人を救うため、どのような現場であろうとも駆けつけるその白い車体は、小さくともその使命を全うしようと、今この場で失われかけている命を救うべく、荒山の額に向かって真っ直ぐに飛んでいく。

 短く白い直線を描きながら、凄まじい速度で目標に向かって一直線に進んでいく様は、もう弾丸と変わらない。


 そして――




 小さくても鉄のように固いその小さな救急車が、見事に荒山の額にぶち当たった重い音。

 荒山が人差し指で引き金を引き、弾薬が着火して銃弾を飛ばした竹を割ったような破裂音。


 その二つの音が、同じ瞬間に響き渡った。




 白い弾丸が当たった額を赤く腫れさせて、白目を剥いた荒山が大きく後ろにのけぞった。

 黒い弾丸が遠野を貫通して、胸辺りから血を飛び散らる光景が少年の瞳に映った。


 世界が止まったような静寂が辺りを支配し、バタリという荒山が倒れた音だけが響き渡った。







「痛っっっっってぇ~……!」


 一拍遅れて、遠野が胸の辺りを押さえて苦悶の声を漏らす。


 確かに、銃弾は遠野を貫通した。

 横になっていたために、ぴったりと接していた左腕と胸の間を、見事に貫通していった。


 遠野が生きていることが分かって、少年の瞳から嬉し涙が流れ始めた。

 そして、窮地を生き延びた遠野は少年を横目に、苦笑しながらすぐ近くにある藤広の料理店に目をやった。


 そして、思う。

 先程荒山に撃たれかけた、というか撃たれる直前に脳裏を過った願いとは、希望の有無という観点なら正反対ながら、遠野が思い浮かべた人物という観点なら同類の願いを。


 確かに遠野は生き延びたが、この狂気に塗れた事件が終わったわけではないのだ。


 ――だから。任せたぞ、円ちゃん。

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