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Ep.19 - 善なる覚悟

 円が引き起こした大量の人を巻き込んだ大爆発による大事故の後、幸運にも同じようなことが起こることは無かった。


 遠野は円を止められない。

 円の内には道徳が存在せず、同時に道徳に賛同することができないことを、遠野はあの会話の中で思い知らされた。


 だから、遠野はもう同じようなことが起きないことを願うしかなかったのだが、どうやらこの地獄の中でも、神はその願いを聞き届けてくれたらしい。

 どうせ聞いてくれるなら、そもそもこのような地獄を起こさないでくれ、と言いたいところだが。


 そして、遠野と円は無事に目的地にたどり着いたのだが……




「ここって……円ちゃん、本当にここで合ってるのか?」


「えぇ、間違いありません。出会った際にも言いましたが、この目で見ています」


 円が目指していた地点、それは藤広の料理店だった。

 藤広がこんな事件を起こした張本人とは思えず、遠野は不可解な表情を浮かべて、つい思ったことを口走ってしまった。


「なんで、藤広さんが……」


「それは……私にも分かりません。ですが、藤広がこの災害の発端になったのは事実です。神秘の濃度も、この周辺が一番高いですから」


 今までの質問は直ぐに確信をもって答えていた円も、これだけは口籠って、明確な答えは示さずに事実だけを口にする。

 今までのことから、円がこんな場面で嘘を吐いたりすることが無いことを知っている遠野は、円ですら知らないことなのだ、と考えた。


 分からないことを考えても仕方がない。

 そう思って、遠野は一旦思考を切り替えて、目の前にある問題だけに集中することにした。


「……どうすんの、あれ」


 円にしか聞こえないような小さな声で、遠野が円に耳打ちする。


 二人の視線の先には、恐怖が幾分か混ざった怒りの形相で、銃を持って周りを威嚇している警官がいた。

 円を料理店から追い払った警官なのだが、そんなことを遠野が知る由もないし、円も関係のないことだから口にしない。


 遠目に見るだけなら、遠野と同じように狂人達に恐怖して、自分の身を守っているように見えるのだが、警官の周りの光景がそうではないと語っていた。


 警官から半径10メートルくらいの円の中で、沢山の人が倒れてる。


 ある人は頭から血を流し、ある人は体の所々に穴を空けていた。

 また、死に至ってはいないが、脚を抑えて呻いている人がいる。


 十中八九、全てあの警官が撃ったものだ。



 パンッ、という乾いた音がやけに静かな料理店の前に響く。

 警官が、近くで脚を抑えて苦悶の声を上げた男を、拳銃で撃ち殺した音だった。


 拳銃から撃ち放たれた鉛玉は男の頭を貫通し、男は一瞬痙攣したかのようにビクリと動いて、じきに身動き一つしなくなる。

 それに対して、市民を守る義務があるはずの警官は、まるで獲物を仕留めた蛮族のような咆哮を上げて、勝利宣言を行った。


「ハハハッ! 殺した! 殺してやったぞ! 人間を甘く見るからだ! ざまぁみろ、化け物共め!」


 どうやら周りにいる人間が、全て恐ろしい化け物に見えているらしい。

 確実に、カフェで遠野と宮野を襲った大男と同じ類の狂気――殺害衝動を発していた。


「――ッ!」


 その光景を一部始終見ていた遠野が、顔を顰めて歯噛みする。


 ――また一人、人を見殺しにしてしまった。


 その事実が固く冷たいツララのように遠野の心に深く突き刺さり、また挫けそうになる。

 だが、これ以上の被害は出すものか、とも考えて自分を奮励。

 どうにか再び立ち上がる。


 同じ光景を見ていた円が、やはり平然とした顔で遠野先程の遠野の質問に答えを返した。


「銃弾ならば、平時の私には問題ありません。平時ならば、ですが」


「言い方的に、今は無理ってこと?」


「はい。平時なら外郭が一部破損するだけで済みますが、今は神秘が濃すぎて全ての物質に神秘が付着している状態です。この状態ではむしろ、あらゆる攻撃が概念を存在の核としている上、生ける炎の神秘を身に宿す私への特攻になってしまいます」


 相変わらず全く意味が分からないが、重要そうな部分だけをまとめると、円でも銃は致命傷になるという事だ。

 その価値観の(いびつ)さはともかく、この騒動を止められる方法を知っている円をここで行動不能にするのは、避けたいところである。


 そして同時に遠野は、今もなお脳裏にひどく焼き付いている光景を思い出す。


 空高く昇る紅蓮の炎。

 響き渡る人々の叫び声。

 ボロボロに壊れた白い車。


 全て、正常な精神状態にある円が故意に行った殺戮だ。

 狂気を発している人々がするのとでは、訳が違う。


 しかも、悪意は全くないのだから尚更悪い。


 この場を円に任せてしまえば、また同じようなことが起こってしまうかもしれない。

 それに、周りの人は怪我を負うだけで済むかもしれないが、拳銃を持っている警察は確実に殺されるだろう。


 その事実は、あの白い車に行った円の攻撃の容赦のなさを見れば、一目瞭然である。


 確かに円が言っていることは正しいことだ。

 自分の命を守るのは、正しいことだ。

 死亡者の数を抑えるのも、正しいことだ。


 でも、だからと言って他人を(ないがし)ろにしたり、人の命をまるでただの消耗品のように見るたりするのは、違うのだ。

 それは、人の道に反している。


 だから、遠野は覚悟を決めた。


 円が道徳を理解せず、その価値観のままに無辜(むこ)の人々を傷つけたり、挙句の果てに殺したりするのなら、自分がストッパーにならなければならない。

 円の行動の全てを止められずとも、せめて自分の目が届く範囲では、円による死者が出る事だけは防がねばならない。


「円ちゃん」


「? どうしたのですか?」


 唐突に自分の顔を正面から見て、話しかけてきた遠野に円がキョトンとした顔で返事をする。


 一度口にしてしまえばもう取り返しはつかない。

 そう知っていながら遠野は、深呼吸をして一度落ち着いてから、円に己の覚悟を告げた。



「あの警察官の相手、俺に任せてくれ」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 邪悪で暗い世界の中で、拳銃を手にして汗を流す警察官――荒山真一(あらやましんいち)は、達成感による笑みを、口元に浮かべた。


 突然恐ろしい気配を感じたかと思えば、気づけば見知らぬ地獄のような場所に居て、周囲には怪物が大量に立っていったのだ。


 その怪物達は胴体と四肢、そして頭があり、人に近い形をしていたのだが、それぞれの部位が人からかけ離れていた。



 まず、左腕と右腕はそれぞれ形が歪んでねじ曲がっており、右腕の方が左腕よりの二倍近く長かった。

 そして、筋肉質だが所々虫に齧られたかのように抉れたような形をしている両足には、鋭い鉤爪がついていて、悪魔のような印象を増長していた。

 また、胴体は臓器なんてものが入っているとは思えないほどに細く、まるで背骨しか入ってないように見えていて、かつ肌は全体的に嘔吐物のような様々な色が混じった汚い緑色で、その見た目をさらに病的していた。

 

 だがなによりも、先に荒山の目に入ってきたのはその怪奇的な頭である。


 形は横に長い楕円形のような形で、眼や鼻、口などはその頭のあらゆる方向にまばらに、その上大量に存在してた。



 まるで地獄の書物から飛び出してきたような怪物に突然囲まれた荒山は、あまりのことに声にならない叫び声を上げて腰を抜かしてしまった。

 だが、その次の瞬間に後ろから黒板を爪で引っ掻いた音と、嵐に打たれた窓が奏でるギィギィという音が混ざったような、精神を逆撫でする叫び声が聞こえてきて、荒山は思わず後ろを振り向いた。


 荒山の目に移ったのは、後ろから凄まじい速度で迫ってくる一匹の怪物。


 口や鼻から汚い体液をまき散らし、迫ってくるその姿は実に恐怖をそそるもので、荒山は再度叫び声を上げてしまった。


 だが、何もせずに接近を許してしまえば、自身の命はたちまち怪物に貪り食われることだろう。

 直感的にそう感じた荒山は、腰に巻き付いたホルスターから拳銃を取り出した。


 そして、一撃。

 ドパンという乾いた炸裂音を地獄の世界に響かせた。


 日頃から行っている射撃訓練の成果もあったのか、荒山の放った弾丸は見事に怪物の眉間を貫いた。


 荒山を襲って来た怪物は動かなくなる。

 だが、地獄に大きく響いた発砲音は、周りに居た怪物達に荒山の存在を気付かせる要因にもなった。


 怪物たちはタイミングを見計らったていたかのように一斉に荒山を見て、次の瞬間には汚い咆哮を轟かせた。

 そして、同時にその一部が荒山に向かって迫ってきたのだ。


 それから、荒山は必死だった。


 死なないために拳銃を怪物に向かって撃った。

 何度も何度も、ところかまわず撃ちまくり、怪物たちを殺し尽くした。


 今は襲ってこない怪物たちも、いつ荒山に敵意を向けて襲ってくるか分からない。

 だから、全部の怪物を撃った。


 そこから見える怪物は、徹底的に全て撃ち殺した。

 幸い、怪物たちは人間と同じように頭や胸を拳銃で貫いてやれば、簡単に死ぬようだった。


 だから、荒山は撃った。


 脚に風穴を空けられて、呻く怪物を。

 それが親だったのか、倒れた怪物に引っ付いて汚く泣く小さな怪物を。

 そこに居た、全ての人間(怪物)を。


 最後に残った怪物の頭を打ち抜いて、ハァハァと息を切らした遠野は、喜びのあまり雄叫びを辺りに響かせる。

 そして、次には全ての怪物を殺し尽くした英雄たる自分を讃えるかのように、勝利宣言を行った。


「ハハハッ! 殺した! 殺してやったぞ! 人間を甘く見るからだ! ざまぁみろ、化け物共め!」


 そうして、市民を守るために警官になったはずの荒山は、そこに居た全ての無辜の人々を殺し尽くした犯罪者となった。


 だが、荒山の市民を守りたい、という意識が変わることはない。

 なぜなら荒山は、そんな市民たちを殺したなどとは、一片たりとも考えてはいないのだから。


 自分の他にも、この地獄のような世界に飛ばされてしまった人がいるかもしれない。

 そして、そんな人たちは自分のように武器を持っていないかもしれない。

 自分のように怪物を殺して、助かることができないかもしれない。


 いや、そうだ。きっとそうだ。


 きっと神様はこの地獄に送られた哀れな人々を救うために、自分をここに送り込んだのだ。

 さながら最近流行りの、異世界転移系のラノベみたいに。



 神の天啓が聞こえる。

 ――汝、人々を救えと。


 神の意思が理解できる。

 ――汝、英雄になれと。


 神の怒りが感じられる。

 ――汝、汚き怪物を殺せと。



 神が、神が神が神が神が神が神が神が神が神がかみがかみがかみがかみがかみがかみがかみがかみがかみがかみかみかみかみかみかみかみかみかみかみかみかみかみかみ!



 さぁ、救おう!

 ――人々を!


 さぁ、なろう!

 ――英雄に!


 さぁ、殺そう!

 ――怪物を!



 助けられた人々の感謝の声が、未来から聞こえてくる。

 英雄たる自分を讃える歓声もまた、未来から聞こえてくる。

 怪物を殺す自分の雄姿が、今にも頭に鮮烈に思い浮かぶ。




 荒山は一歩を踏み出した。


 人々を救い、英雄になり、怪物を殺す。

 その勇気ある苦しき旅路を歩まんとするための第一歩を。


 その時、一匹の怪物が飛び出してきた。

 そして、汚い声と体液を自分に向かって飛ばす。


 荒山は壮絶な笑みを浮かべた。


 神の加護がある自分なら、勝てるに決まっている。


 無双物のライトノベルに登場する主人公のように。

 物語に登場する英雄たちのように。

 どんな敵でも迷わず立ち向かう、勇者のように。


 荒山真一という男の英雄譚。

 この醜く汚い怪物は、その一部と成り果て遠い未来で語り継がれるのだ。

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