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Ep.13 - 負情の坩堝

「ご、ごめんね。まさか身内の人だとは思わなくて……」


 藤広が救急車に乗せられ病院に運ばれていから、一時間は経過しただろうか。


 円を捕まえて追い出した救急隊員が、椅子に座って俯き一言も喋らなくなった円に、申し訳無さそうに謝罪する。

 当の円は「仕方ありません」と返答しようとして一瞬顔を上げるが、そんな気はすぐに失せてしまい、もう一度俯いて黙りこくってしまう。

 それを見た救急隊員までもが非常に気まずそうに、自分のしたことを後悔するかのように顔を俯かせて黙り込んでしまった。


 藤広の料理店の近場のカフェにて、非常に重たい空気が流れる。

 それまで楽しげに他の人と話していた周りの人達も、二人から流れてくる全身を締め付けられるような暗い空気に当てられて、静かになってしまっている。


 だが、この暗雲に包まれた空間に一筋の光が差し込んだ。


「二人共おまた――なにこの空気!? 重ッッッ!!!」


 両手で買ってきたドリンクを抱えてきた遠野が、でかい声で叫ぶ。

 それのお陰で場の雰囲気が若干和み、周囲の客達の様子も元に戻っていく。


 だが、周囲は和んでもこの空気の発生源は和まない。


「ど、どうしよう悠翔(はると)君……私とんでもないことしちゃったがもしれない……あの男の人死んじゃって、この()ともう――」


「不吉な言葉を言わないでくれ明美(あきみ)! 言霊ってものがあるんだから! ホントになったらどうするんだよ!」


「ご、ごめん……」


 今にも泣きそうな顔で不穏なことを大声で叫ぶ救急隊員――宮野明美(みやのあきみ)を遠野がやけに親しげな口調で叱りつけた。


 叱りつけられた宮野は反省した様子で頭を下げて謝ると、小さな声で「あ、これもらうね」と呟き、やけに素早い動きで遠野が抱えている三本のドリンク中から一本に手を伸ばして強奪。

 次の瞬間には、遠野からひったくったドリンクに凄まじいスピードでストローを刺して、飲み始める。


「うおぇ……これブラックコーヒーだぁ……」


 そして、中身の液体が口の中に入った直後にそんな事を言いながら顔を顰め、ストローを通して啜った黒い液体をカップの中に戻していく。

 中々真似できない、流水のようになめらかで見事な技術だ。


「おぉい! それ俺の!」


 自分用に買ってきたブラックコーヒーを勝手に飲まれた挙げ句、口の中に入った液体をカップに戻された遠野が怒って宮野を怒鳴る。


「そう言うなら私の分も買ってよ……甘いやつ」


「あるよ! ここに! お前の好きな! 砂糖とミルクたっぷりの! 紅茶が!」


 怒鳴られた宮野が不服そうな顔をして文句を言うと、遠野がこれまた大声で持ってきた内の一本のドリンクを宮野の顔に押し付けながらそう言い返す。


「……あ、ホントだ。ありがとう」


「あ、ちょま、お前!」


 そして、宮野はなんの悪びれもなく、またもや凄まじい速さで遠野が押し付けてきたドリンクを強奪してストローを刺し、啜り始めた。

 みるみる内に今までの悲しそうな顔が幸せそうな顔に変わっていく。


「ホンっとお前は……高校生時代から変わらないな……」


 そんな宮野に頭を抑えながら、困ったかのように遠野がそう呟いた。


 一拍、宮野に向けていた困ったような表情を笑顔に変えて、遠野は円に向き直る。

 そして、残った一本のドリンクを差し出してこういった。


「ほら円ちゃん、これあげる。辛いだろうけど、元気だして」


 そう言われて、黙って二人のやり取りを聞いていた円が顔を上げて、両手で差し出されたプラスチックのカップを両手で受け取った。

 そして、藤広が搬送されてから初めての一言。


「……ありがとうございます」


 それはとても小さくてか細い声だったが、それでも話してくれたのには間違いない。

 少しは暗い気持ちを紛らせただろうか、と思って遠野は心のなかで小さくガッツポーズを取った。




 そんな遠野に、話しかける女が一人。

 遠野の方をトントン、と指で叩きながら、ブラックコーヒーのカップをまるで押し付けるかのように差し出してくる。


「……なんだよ」


「これ、あげる」


「いらない。お前が飲め」


「えぇ……私が苦いの嫌いって知ってるのに……ひどい」


「多分この場で一番その『ひどい』って言葉を叫びたいのは俺だからな?」



 ◇◆◇◆◇◆◇



 藤広が病院に搬送されてからまだ数分後の頃。


 遠野の先輩と課長は会社に戻っていったのだが、遠野だけは料理店の前に残ることにしていた。


 理由は円が心配だから。

 円からすれば、お使いから帰ってきたら藤広が刺されて病院に搬送された、という意味の分からない状況なのだ。

 パニックに陥ったとしても、なんら不思議はない。


 ――誰かがそばに居てあげなくてはならない。


 そう考えた遠野は、今日一日を休ませてもらえるように課長に頼み込んだのだ。

 流石に有給とまでは行かないが、遠野が普段から熱心に仕事に励んでいて、なおかつ他の同期を軽く凌駕する成果を上げていることもあり、課長は快諾してくれた。


 そして、しばらくの間料理店の前で円を探していたのだが、そこで遠野は見つけたのである。


 特徴的な朱色の髪を持つ見慣れた少女、樋之上円(ひのかみまどか)――の胴を抱えてあたふたしている、救急隊の服を着た高校生時代からの友人、宮野明美の姿を。


 遠野からすれば中々に異常な光景だったのだが、どうにか冷静になって一旦二人を近場のカフェに連れて行って落ち着かせることにしたのだ。






 そして、現在に至るわけだが。


 円は遠野が買ってきたアップルジュースを手にしてはいるが、ずっと落ち込んだ様子で俯いており、それに口をつける気配は微塵もない。

 凄まじい勢いで激甘の紅茶を飲んでいる隣の友人とは大違いである。


(大丈夫かなぁ……)


 頭の中でそうは思っても、遠野には円を慰められるような言葉を口にすることはできなかった。


 今、円にどんな言葉をかけたとしても、その全てが逆効果になってしまうような気がしてならない。


 それに、遠野は藤広が刺される瞬間を眼の前で見ていた。

 腹部に鋭い刃物を一突き。

 正直、あんな一撃を受けてしまっているのだから、彼がまだ生きていることの方が不思議だ。


 ここで変に円に希望を与えて元気づけたとしても、それは藤広が死んでしまったときに今よりも深い心の傷になってしまうと思うのだ。


 元々感情を見せることが少なかった円が、遠野の前でここまで露骨に感情を表に出したのは初めてである。

 その初めてを見る理由が、こんな悲しいものになるとは思っていなかったが。


 横にチラリと目を向けると、もう飲み終わったのか紅茶の入っていたカップをテーブルに置いた宮野がいる。

 そんな宮野も、どこか心配そうな目を初対面の円を向けていた。


 ここまでの道中で軽く円と藤広の関係性を説いたので、同情してくれているのだろう。


 この後も誰も話すことはなく、三人の間ではしばらく静かで重たい空気が流れていた。

 ――円が初めて自分から話す、その時までは。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 遠野から受け取ったアップルジュースを見ながら、円は深く深く、思考に(ふけ)っていた。




 どうして、どうして、どうして。

 様々な疑問が円の中で浮いては消えて、消えては浮いてを繰り返す。

 

 なにか藤広は、恨まれるようなことを、ああやって刺されてしまうようなことをしたのだろうか。

 自分の知らない場所で、自分の知らない時に、自分の知らない人に。

 なにかをしたのだろうか。


 ――分からない。だって、自分は知らないから。


 意味のない自問自答。

 意味がないと分かっていながら、何度も何度も繰り返す。

 まるでなにかに縋るように、助けを求めるように。


 ――まるで、なにかを探すように。


 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐると。

 自分の中で様々な感情が渦巻いている。 

 乾いた血のようにドス黒く、深夜の森のように暗い、知らない不快な感情が。


 初めて感情を得たときの、追い込まれるような感覚とは違う。

 ただ、心臓を握りつぶされそうなくらいに胸が苦しくて。

 ただ、まるで大切なモノが壊されたり、失くなってしまったかのように心細くて。


 ――自分の内なる炎が表面に出てしまいそうになるほどに、思考が加速して、頭が熱くなって、心が今にも燃えてしまいそうで。


 一体、自分はなにをしたいのだろう。


 なにをしようと思っても、次の瞬間にはその意思が消えてしまう。

 なにをするべきかいくら頭を捻ったって、変に思考に靄がかかってそれ以上考えられなくなる。


 まるで、既に自分はやるべきことがあることを知っていて、なのにそれを自分の意志で無視しているかのようだ。


 自分のやるべきことを、自分が見ないようにしていることを、自分の欲望を。

 見つけるために、ひたすら円は思考を繰り返す。




 ふと、円は一つの疑問にぶち当たった。


 そういえば、藤広を刺したというのは誰なのだろうか。

 藤広が倒れる原因を作ったのは、誰なのだろうか。


 自分の内で渦巻く、この暗く深い感情を作ったのは、誰なのだろうか。




 ――あぁ、そうか。これだ。ようやく合点がいった。


 自分は知りたいのだ。

 ――藤広にあんな目を(自分にこんな不快な)合わせた犯人を(思いをさせた犯人を)

 自分は探していたのだ。

 ――藤広の仇討ち(この感情から)をする方法を(逃げる手段を)

 自分は知っていた。その上で無視したのだ。

 ――非効率的だから、と(意味がない、と)


 だが、今自分は知覚した。

 自分のすべきことを知覚した。

 今、しなければならないことを知覚した。


 (すなわ)ち、復讐。


 あんな事をした犯人を見つけて、嬲り殺しにしてやりたい。


 肉を千切り、骨を砕き、内臓を取り出してぐちゃぐちゃにして。

 悲鳴を上げさせ、嗚咽を零させ、恐怖で心を壊して。

 殺して、殺して、殺し尽くす。


 いや、それよりももっと自分らしい手段があるではないか。


 お前の母体は、何者か。

 ――再び星辰が揃った暁には、世界を掌握するであろう旧支配者の一柱。

 お前は、何者か。

 ――生ける炎より生み出された、炎の吸血鬼。炎を纏い、あらゆるモノを焦がすもの。


 さぁ、お前はなにがしたい。

 ――燃やし尽くしたい。この不快な感情の原因となった、その全てを。








 円の表情が変わった。

 無表情に近いものの、落ち込んでいてとても暗い表情から、憎悪に満ち満ちて歪んだしまった、復讐鬼の邪悪な笑顔に。


 ――自分のすべきことは見つけた。あとは、実行に移すだけである。


 遠野と宮野が見ている中で、円が顔を上げる。


 二人が驚いた様子でハッ、と息を呑むのが分かる。

 何故か、その顔にどこか恐怖の色が混ざっているのも。


 ――まぁでも、そんなのどうでもいい。それよりも自分のしたいことをしよう。


「藤広を刺したのがどんな人だったか。教えてください、遠野さん」


 それは、この少女が地球に来てから二度目に獲得した、強烈でなによりも耐え難い欲望だった。

【謎の手記】

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 ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます。

 さて、ここが物語のターニングポイントです。


 クトゥルフファンの皆様、長らくお待たせいたしました。

 ここから先は今までの平穏は打ち消えて、シリアス感溢れる冒涜的な物語が始まります。


 赤萩町の暗闇で蠢く者どもは何者なのか?

 何者かに刺されてしまった藤広の運命や如何に?

 そして、復讐を志した円はどんな行動を取っていくのか?


 また、Ep.4で一度円に言及された魔術の設定なども、随時解禁していく予定です。

 是非是非、今後の円の冒険をお楽しみくださいませ。


『追記』

「今後の展開が気になるな」や「このシーンが好き」と思ってくださったのであれば、ブックマークをして頂けたり、感想や評価を頂けると、とてもありがたいです。

 励みになります。


 というかください。

 いやくれ。ここまで読んでくれたならもう半分ファn……


(ここから先は破れていて読めない)

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