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Ep.12 - 悲劇の始まり

「さぁ、君も一枚を選んでくれ」


 青年に高らかにそう言われて、円は膝を曲げて座り込み、覗き込むようにしながら地面に落ちているそれぞれのトランプカードを眺める。


 正直、全て同じに見える。

 トランプの形状や裏面に描かれた模様は全て同じだし、どれかに折れ目がついていたり、少し曲がっていたり、なんてこともない。


 全部が全部、変わりがなさすぎて、トマトジュースを見つけた時のように円の琴線に触れるようなトランプカードはなかった。

 だがそれでも「どれかは選ばねば」と思い、とりあえず一番近くに落ちているカードを拾い上げる。


「それを僕に」


 青年はそう言うと、まだカードを持っていない方の腕を差し出す。

 円は素直に地面から取り上げたばかりのカードを青年に手渡した。


 カードを受け取った青年は指の一を小さく変え、クルリとトランプを反転させる。

 そして、自分だけ表面に描かれた数字と柄が見えるように顔の前に持っていく。

 そしてしばらくして「うーむ」と唸ると、今までの笑顔を消して目を細め、神妙な顔を円に向けた。


「占いを吹っかけておいてなんだが、引き止めてしまって悪かったね。君は今すぐ帰った方がいい」


「……どうしてですか?」


 急に雰囲気が変わってそんなことを言い始めた青年に不審感を覚え、円はつい口答えしてしまう。

 だが、それを諭すかのような冷静な口調で、青年は円に占いの結果を淡々と伝えた。


「君の運勢は大凶、最悪(ファンブル)だ。今すぐ帰らなければとても大切なものが無くなってしまうだろう。さぁ、早く君の居場所に帰るといい」


「――そうですか」


 妙に真剣な様子の青年にそう言われ、思わず引き下がってしまった円は言う通りに小走りで帰ろうとして、青年の横を通り過ぎる。

 だが、そこで青年が思い出したかのように円を呼び止めた。


 足を前に動かすのを一旦やめて、体を捻らせて振り返り、次はなんだ、という目線を青年に送る。

 対して青年は、首を捻って横顔で鋭い目線を円に送るだけ。

 口元は青年と円が選んだトランプによって隠されている。


「一つアドバイスを。きっと今日、君は本当に悲しい目に遭ってしまうだろう。だが、そこで自分のしたいままにしてはいけない。自分の感情に支配されては――」


「分かりました。それでは」


 青年が言い終わる前に、円は料理店へ走り始めた。

 早急に帰れと言ったのに引き止めてくる青年を鬱陶しく思ったのか、それとも占い結果を聞いて心配になったのか。

 ともかく、円は青年の言葉を聞き終わらずして去ってしまった。


 その様子を横顔でじっと見ながら青年は目を閉じ、わざとらしく大きなため息を吐いた。

 そして、今まで青年の口元を隠していたカードを挟む指を小さく動かして九十度回転させ、その顔の全貌を(あら)わにする。




 その口元は、笑っていた。


 今まで細くなった目だけで判断されていた、真剣そうな印象が反転し、まるで何かをバカにして遊んでいるような性格の悪い印象に変わる。


「――まったく、せっかちな()だ」


 青年がそう呟くと同時に、一陣の風が吹く。

 ある人は帽子が飛ばないように頭を抑え、ある人はめくれないようにスカートを抑え、ある人は目に塵が入らないように腕で目を覆った。


 バラバラと音を立てながら、地面に落ちていたトランプが風に飛ばされ巻き上がる。

 そしてまるで竜巻のようにクルクルと円を描きながら、空へ空へと舞い上がっていく。


 そして、視線を青年のいた箇所に戻すと――




 そこには、何もなかった。


 元から誰もいなかったかのように、まるで煙のように青年は消えてしまっていた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 ――走る。

 逃げるためではなく、自分の帰るべき場所に向かってまっすぐに。


 別に、急ぐ必要なない。

 知らない青年の占いで時間を取られてしまったとはいえ、まだまだ時間には余裕があり、こんな風に走る必要性はないのだ。

 緩やかに、歩いて帰ってもいいはずなのだ。


 だが、胸の内で蠢く正体不明の高揚、猛獣に追いかけられるような焦燥感、そして胸の内から湧き上がってくる悪い予感がそれを許さない。


 本来、占いなんてものはただのまやかしであり、ここまで心を揺さぶられるようなものではない。


 だが、何故かあの青年の言葉には真実味があった。

 彼が言う言葉は全て正しい、と。

 そう思ってしまうような気迫と、存在感があった。


 故に円は疲労を知らない体を駆使して、一週間半ほど前から一緒に暮らしている男の元へと走るのだ。





 ――そして。


「なんですか、これは――」


 けたたましく鳴り響くサイレンの音。

 クルクルと回り、騒々しく視界を点滅させる赤いランプ。

 大量に集まって、それぞれ個別になにかを騒ぐ群衆。


 そんな、なにか普通ではないことが起こった、とすべての感覚に訴えてくるものが、大量に集まっていた。


 毎朝見る道の上で。

 知っている場所の目の前に。

 藤広の料理店、その前に。


 その時、円の体は勝手に動いていた。


 炎で構成されているが故に軽い体を利用して高く飛び、大量の人間の上を飛び越える。

 何人かがわっ、と驚いたような声を上げるが、そんなものはどうでもいい。


「道を開けてください! 道を開けてください! 重症の人が――あっそこの子! 入っちゃ――」


 店の前に集まった人混みを掻き分けていた救急隊の人員がそう叫び、料理店の中に走っていく円を止めようとするが、素早く動く円の小さな体を捕らえるのは難しく、侵入を許してしまう。

 そして、円は自分の知りたいものを求めて、過ごし慣れた料理店の中に入った。



 ただ、一つの事実を知りたい。


 何が起こったのか。

 誰が負傷したのか。

 彼は、無事なのか。


 そして、少女はようやく見たいものを目に移す。


 電気がついていて、いつもほとんど変わらない店の光景。

 ただ、いくつかの椅子やテーブルは乱暴に蹴飛ばされたように倒れており、そこに居た人々がパニック状態に陥っていたのが一目でわかる。

 だが、辺りを見回しても血は見つからない。重症の者がいるような痕跡は見つからない。


 そう、客席には。


 遠野という男がよく座っているカウンター席。

 その奥にあるキッチン。

 円が初めて調理の光景を見て、初めて調理に失敗し、藤広に教えてもらいながらようやく成功できたあのキッチン。


 そこに、血の跡があった。

 刃物に突かれたかのように、勢いよくベッタリと、壁に粘性のある赤い液体がついていた。


 キッチンにある血痕。

 そして、キッチンに入るような客など円は見たことがない。

 それらが示す事実は唯一つであり。


 キーン、と耳鳴りがして世界が止まる。


 赤、青、黄。世界を鮮明に彩る色彩が抜けていき、枯れ果てたような灰色に変わっていく。

 時間が止まってしまったかのように思考が停止し、次に同じような考えがぐるぐる、ぐるぐると脳内を回り続ける。

「そんなわけがない」「杞憂だ」「嘘だ」というなんの根拠もない考えが。


 円の目がキッチンの奥で動く何人かの人の影をとらえた。

 それが誰かなのか、確認しようとしたタイミングで、後ろから何者かに胴を抱えられて持ち上げられる。


「――ぁっ!?」


 首を捻って振り返ると、すぐそこには救急隊員の怒りの形相が。


「入ったらダメって言ったでしょう! 重症の人が居るんです、今すぐ出ていきなさい!」


 逃げないようにガッシリと円を抱えた救急隊員は、そのまま力尽くで円を外に連れ出そうとする。

 だが、救急隊員の予想は外れ、円は反抗もせずにただ静かになってされるがままにされていた。


 見えてしまったのだ。

 救急隊員に持ち上げられて視界が高くなったことで、キッチンの内部の様子が見えてしまったのだ。


 そこには、円を持ち上げた救急隊員と同じ服装の人が何人か集まって座り込み、それぞれがテキパキと作業をしていた。


 確実に同じ救急隊員。

 そんな人達がすることなのだ、それはきっと助命活動なのだろう。


 そして、そんな救急隊員達に囲まれて様々な応急処置を受けている人物の姿も見えてしまったのだ。

 床に倒れ伏し、大きな血溜まりを床につくっている男性の姿を。

 見慣れた白い服装の腹部を赤く汚した、コック姿の男性の姿を。


 目を閉じて、身動き一つしない藤広の姿を。


 口をパクパクと開けて円は、まるで助けを求めるように、必死に藤広に向かって右手を伸ばす。



 何か、反抗すればよかったのだろうか。

 ――そんな余裕、なくなっていた。


 何か、言うべきことがあったのだろうか。

 ――頭が全く、働かなかった。


 何か、叫べばよかったのだろうか。

 ――口は動くのに、声が全く出せなかった。



 ただ漠然とそう思いながら、円は救急隊員に抱えられ、住み慣れた料理店から追い出されてしまうのだった。

 次回、作者死す。

 意訳:ここから地獄みたいな展開が続くけど、読むのをやめないでほしい(;;)


 ……あ、良かったらついでにブックマークと評価もお願いします。

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