言葉の変遷
――ピンポーン。
インターホンが鳴るとパタパタとスリッパの音がした。そしてドアが開く。
「あらあら、おかえりなさい」
「ああ、ただいまオフクロ」
「ま、この子ったら『オフクロ』だなんて。ちゃんと呼びなさいよっ」
「ははは、ごめんごめん。まあ、しばらく実家を離れてるとそうなるよ」
「まったくもう、はいお茶」
「うん、ありがと、それで叔母さんが騙されたんだって?」
「そうなのよぉ! おばあちゃ、あ『尊き大いなる母』に続き
『血を分けた愛すべき存在』までも
『善人の清い心につけこむ悪鬼非道詐欺』に遭っちゃって……。
あの子、しっかり者だけど一人暮らしだしねぇ……」
「ぜん、ん? 何それ、詐欺? ああ、それって『母さん助けて詐欺』じゃなかったっけ?」
「あら、その名称とっくに変わってるわよ。
ホント、この子ったら抜けてるんだから……。
いい? まず『オレオレ詐欺』だったでしょ?」
「ああ、うん」
「んで『振り込め詐欺』になってそれから
なんか『母さん助けて詐欺』になって、よくわからないうちにそれは自然消滅して
まあ、色々と手口が多様化したし、ひっくるめて『特殊詐欺』に
でもなんかちょっとカッコいいし、それに騙された人は全然悪くないんだよって意味で
今の名称に変わったんじゃないのぉ」
「あ、そうだったか。ははは、ごめんごめん、母さん。忙しくてニュース観なくてさぁ」
「それもよ」
「え?」
「ちゃんと『尊き母』と呼びなさい。女性の地位向上のために
世の中のみんなでそう呼ぶって決まったでしょ?」
「あ、ああごめん『尊き母』……しかし、まったく許せないね詐欺だなんて」
「ええ、ホントよぉ! まったくどういう教育を受けて来たんだかね!
何に使うにせよ、そんな汚い方法で手にしたお金じゃ嬉しくないでしょうに」
「んー、まあ、女でも買うんじゃない?
はははっ、売春やってるやつは何で稼いだお金かなんて分かりっこないし気にしないし」
「ばいしゅん? ああ『パパ活』……じゃなくて『援助交際』ね。
あら? それは前のかしら? 今は何て言うんだったっけ……」
「ははははっ! なんでもいいよ。それよりさ」
「もぉぉぉ、本当に嫌だわぁ。うちは『偉大なる尊き母』もそうだったしねぇ……」
「えっと偉大なる尊き……ああ、おばあちゃんね。
でね、その許せない詐欺師をやっつけるためにさ」
「あ、そうだったわね……はい、これで足りる?」
「ああ、足りるよ。いやー、会社の先輩の知り合いに
元刑事のすっごく優秀な探偵がいてさ。
このお金でその人に依頼したら連中なんてもう、一網打尽さ。
お金も全部、返ってくると思うよ。それじゃ俺、もう行くよ。
母さんも、あ『尊き母』も気をつけてね。自分だってもう年なんだからさ」
「はいはい、あらもう行くの? 犬に会っていかないの? 隣の部屋にいるわよ。
あなたからの電話にすっごく喜んでたんだから」
「んー、いいかな。今日はもう時間ないし。
足りなそうだったら、また用意お願いね。必ず現金で頼むよ。
銀行の人に何に使うか聞かれたらリフォームするためにって……え、警察?
なんでここに、隣の部屋って」
「どうも『国家と民衆の犬』です。ええ、不祥事が続いたものですから……」