96、深き森 〜古の魔王トーリと魔王クース
「マチン族って、こないだの人達ですか?」
(ロロは覚えていたか)
この集落のパワースポットは、魂の記憶に古の魔王トーリの刻印がある者を誘拐する。何かの条件が整うと、勝手に転移させるようだ。
だから、魔王スパークの依頼によりこの森に入って調べていたときに、ドムとトーリの名を継ぐ男が、ここに引き寄せられたのだ。
「ロロさん、彼ら二人だけではありません。マチン族は、定住地を探しているんですよ」
俺がそう説明すると、ロロは首を傾げた。
「定住地を探しているからって、なぜ、カオルくんが世話をする必要があるのですか。マチン族は、天界人が滅ぼそうとしている種族ですよね」
ロロがそう言うと、近くにいた原住民らしき男が顔をひきつらせている。自分達もその対象だと感じたのかもしれない。
確かに、天界は、古の魔王トーリの末裔であるマチン族だけでなく、魂の記憶に古の魔王トーリの刻印を持つ者を排除したいのだろう。
(そんなものは、くそだ、くそ)
「ロロさん、マチン族には、俺が転生させた男の子もいるんですよ。アンゼリカもそうだけど、俺としては、担当した人には安全に暮らしてもらいたいから」
「そうでしたか。カオルくんに転生させてもらったら、なかなか死ねませんね」
ロロは冗談のつもりだろうが、その言葉は俺にグザリと突き刺さった。魔王クースを守る役割を得ても、ロロの死にたがりは変わらない。
あまりにも理不尽な魂の転生システムは……やはり、ぶっ壊すしかないのか?
(くそっ)
「カオルくん? すみません、変なことを言ってしまいました」
ロロは、俺が真顔になったから、ビビったらしい。
「あー、ロロさんがどうのってことじゃないですよ。ちょっと嫌なことを思い出してしまったので。あの、アンゼリカは?」
サキュバスに転生したアンゼリカとは、俺はまだ会っていない。この集落にいるようだが……。
「カオルくん、たぶん、大魔王様も同じ考えだと思います。だから、任せておけば大丈夫です」
(は? 毒舌幼女が?)
ロロが突然大魔王の話をするのは、ブロンズ星では、大魔王リストーが神のような存在だからか。
「同じ考えというのは?」
そう尋ねると、ロロは困ったような表情を浮かべた。話せないことなのか? ロロは、原住民に視線を移した。ここでは、話せないということか。
「アンゼリカは、我が死なせないようにする」
目の前に突然現れたのは、あの少年だ。魔王クースの赤ん坊は、霊体だからこんな現れ方ができるのか。
コイツには触れないようにしないとな。左手首の鎌が、また魔王クースを喰いたがって騒ぐと面倒だ。
「今、あの子はどこにいる?」
「それは言えぬ」
焦点が合わないのか、少年は俺を見ているようで見ていない。
「なぜ言えない?」
「言うと、あの少女を奪うであろう? あの子は、今は動かせぬ。だが、死なせないようにしておく」
(なんか、必死だな)
「そうか、わかった。あぁ、それから、俺はこの森の領主になったからな」
俺がそう言っても、魔王クースは表情を変えない。この場所にいるが、さっきから目の焦点がおかしい。俺を見ているようで見ていない。
(なるほど、霊体だったな)
以前サーチをしたとき、魔王クースの霊体という情報が書かれていた。年齢も0歳だったが、職業は、天界クラッシャー。
奥へアイさんが入っていったから、コイツは今、二つに分かれているのだろう。集落内を天界人にウロウロされたくないか。
「とりあえず、俺は、この森に二つ集落を作るから、邪魔しないでくれ」
「なぜ、我が天界人の邪魔をすると考える?」
そう言いつつも、魔王クースは動揺しているようだ。少年の目が、しっかりと俺を捉えた。俺の方に集中することにしたか。
「なんとなくだ。特に理由はない」
そう答えると、少年はポカンとしている。
(ふっ、混乱しているのか)
「ロロさん、ちょっと手伝ってもらえませんか?」
「何を、でしょうか」
集落の住人達が、またビクビクしている。あぁ、そうか。この集落をどうするか、話してなかったな。
「ここから歩いていける距離に集落を二つ作りたいので、その候補地を探してほしいのです」
「あぁ、なるほど。ですがマチン族の集落と、もうひとつは何ですか?」
「ムルグウ国にある、とある村を移住させたいんですよ」
すると、やはりロロは首を傾げ、そしてふわっと笑みを浮かべた。
「その村にも、カオルくんが転生させた魔族がいるんですね」
(ふっ、ドヤ顔してねーか?)
「ロロさん、惜しいですね。その村には、俺が転生させた人間がいます」
そう話すと、住人達が少しざわついた。ロロは首をひねっている。
「カオルくん、なぜ人間にまで……」
魔族にとって、人間は下等で格下の生物だからな。ブロンズ星では、基本、人間は奴隷だ。
「俺が転生を失敗したんですよ」
「カオルくん……」
なぜか、ロロがポロポロと涙を流している。俺は何か、おかしなことを言ったのだろうか。
「カオル、その人間を奴隷にするのか?」
その少年、魔王クースは、初めて俺の名前を呼んだ。
「まさか。俺は、担当した転生者には、安心して暮らせる環境を整えてやりたいだけだ。まだ相手の意思は確認していないから、俺のただの願望だけどな」
「なぜ、そのような施しをする? 人間は、魔族の助けなしでは生きられない最低格の種族だ。天界人に何のメリットがある?」
(は? これが古の魔王の価値観か)
「俺は、天界人に転生する前は、人間だった。地球という別の星のな。その星には魔族なんていない。人間は人間だけで生きていられる。そんなことも知らないのか? 古の魔王トーリは」
「なんだと!? 我を愚弄するか」
(うん? 聞き間違えか?)
「今、おまえは、自分のことを古の魔王トーリだと言ったか? 魔王クースではないのか?」
俺がそう尋ねると、少年は、パタリと倒れた。