94、深き森 〜アイさんと魔王キニクの転生体
「アイさん、貴女がなぜここに? 転生塔の管理者リーナさんの手伝いをされてるのですよね?」
俺がそう尋ねると、彼女は落ち着かない様子で、ぎこちない笑顔をつくった。やはり霊鳥を隠したいのか。
「燃えていたから……」
俺に話せないことがあるのか、必死に言葉選びをしている表情は、保護欲に近い何かをかき立てられる。
(保護欲は失礼か)
だが、今も目が泳いでいる彼女は、見た目の凛とした美しさとは逆に、放っておけない危なっかしさを感じる。
転生塔でも、こんな感じだったよな。人見知りでコミュ障なのかもしれない。
(可愛いじゃねーか)
こんなことを考えていても、彼女は何の反論もしない。転生塔で会ったときとは少し印象が違う。あー、もしかして、俺の考えが見えなくなったのか。魔王スパークにも見えてないようだったし。
核の傷には苦しまされた。だが、勲章の星を20個しか集めていないのに、封じられていた能力が使えようになったことは、メリットの方が大きい。同時に課されるはずの縛りはないからな。
俺の封じられた鎖の一部を正確に壊したバブリーなババァの能力の高さに、改めてゾッとする。シルバー星で帝都ライールといえば、かなりの上位都市だ。彼女は、そこの皇帝なのだから、当然かもしれないが。
「キィィィ〜ッ!」
背後にいる金色の巨大な鳥が鳴いた。アイさんは、それを聞いてハッとしている。言葉がわかるのか?
「アウン・コークンさん、もう帰ってもらって大丈夫よ」
(俺が邪魔か?)
「緊急要請のミッション中なので、消火が完了しないと、天界に戻る転移魔法が発動しませんから」
「チッ」
彼女は、小さな舌打ちをした。俺がそれに気づくと、しらじらしく目を逸らす。無意識なのか、口をへの字に結んでいる。
(ふっ、まるで毒舌幼女みたいだな)
もしかしたら、血の繋がりがあるのかもしれない。毒舌幼女アイリス・トーリは、このブロンズ星を統べる大魔王リストーだ。幼女アバターを身につけているから、俺はその素顔を知らない。おそらく長く生きているはずだから、子孫がいても不思議はない。
だが、そんなことは、いま尋ねるべきではない。霊鳥が暴れて山火事が起こるなら、その怒りを鎮める必要がある。
「アイさん、この巨大な鳥が霊鳥ですか?」
俺がそう尋ねると、彼女は何かを言い返そうとしたのか口を開きかけ……しかし、またその口は、への字に戻った。
(ふっ、おもしれー)
俺はただ美しいだけの人には、目を奪われても心は動かない。だが彼女は、人間くさい部分があって面白い。転生塔の管理者の補佐をするくらいだから、俺なんか比べ物にならないほど優秀な先輩だろうけど。
「この鳥は、霊鳥ではありません。魔王キニクの転生体です」
「えっ? 魔王キニクですか。なぜ、魔王がこんな鳥に?」
俺の聞き方がおかしかったのか、彼女は一瞬、怪訝な表情を浮かべた。確かに俺は、上手く言葉にできていない。魔王がなぜ、こんな魔物に落ちぶれたのかを尋ねたつもりだったが。
「キニク国は、炎の霊鳥により滅ぼされたようですわ。なぜ火山に棲むはずの炎の霊鳥が、こんな場所に現れたのかは不明ですけど」
彼女は、何かを気にして落ち着かないようだ。
「アイさんは、この鳥を保護するために、ここに来たのですか」
「えっ? あぁ、まぁ、そうね。貴方は、もう帰る方がよろしいのではなくて?」
(そんなに邪魔か?)
一瞬、嫌われたのかと心が重くなった。だが、彼女は何かを気にしていて、俺のことはロクに見ていない。
「アイさん、何を気にしているのですか」
「えっ? 別に何も気にしてないわ」
その直後、緊急要請を受けた他の数人が、転移してきた。
「チッ」
また、彼女が舌打ちをした?
「あっ! こ、これは……」
「私は、アイと呼ばれているわ! 転生塔の管理者補佐よ。貴方達、余計なことは言わないわよね?」
彼らは彼女を知っているようだ。彼らの言葉をアイさんは不自然に遮った。そういえば、彼女の名前は、呼び名しか知らない。
「は、はい、あの、アイ様……い、いや、アイさん、あの……」
俺には偉そうに言っていたくせに、彼らは彼女の前では緊張しているらしい。すぐ背後にいる金色の巨大な鳥に、チラチラと視線を向けている。
「この鳥は、霊鳥ではないわ。除霊師が卵を割った? だから炎が広がったのね。霊鳥が落とした卵は、すでに生まれる準備が整っています。キニク国に落とした物がまだ残っていたようですね」
アイさんは、彼らの思考を覗き、彼らが求める返答をしている。やはり、俺の考えは覗けないらしい。
「では、あの……」
「深き森の火事は消えたわ。貴方達の仕事は終了よ」
「で、でも……」
「転移塔に、まだ連絡が届いてないのでしょう。半日ほど時間を遡ってきたのなら当然だわ。そのうち強制転移が発動します。それまで、おとなしくしていなさい」
アイさんは、彼らには何も喋らせずに、テキパキと指示を与えている。凛とした彼女は、さっきまでとは別人のようだ。
「その男は……」
俺のことを話題にした瞬間、彼女の視線が鋭くなった。彼らは、ギクリと顔をこわばらせた。
(アイさんを恐れているのか?)
まぁ、どうでもいいか。金色の巨大な鳥も悪さをしないなら、どうでもいい。
「アイさん、じゃあ、俺は知り合いの集落に行くので、失礼しますね」
「えっ? ええ」
なんだか、また反応がおかしい。やはり強烈なコミュ障か。俺とは一度しか会ってないから、こんな反応なのかもしれない。
俺は、軽く会釈をして、転移魔法を唱えた。
◇◇◇
ロロ達がいる集落の前に着いた。水蒸気で、まだ真っ白だ。
集落を覆うパワースポットの結界は、今回は俺をすんなり通してくれた。箱庭を買ったからだろうか。
「あっ! カオルくん!」
ロロ達が、門のすぐ近くにいた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「結界があるから大丈夫ですよ。あっ!」
ロロ達は、一斉に跪いた。振り返ってみると、目を見開いて立つアイさんの姿があった。