93、旧キニク国 〜山火事の原因
俺は、緊急要請として、旧キニク国へと転移させられた。さっき、俺が自室で確認したのと状況は変わらない。
フロア長は、まるで緊急要請になることを望んでいたかのようだった。
(なにか裏がありそうだな)
この山火事を起こしたのは、見知らぬ男の所の新人だと言っていたか。
「直ちに消火しなければならないのですが、至急用件を受注して向かった人からの報告によると、消火は困難です。ですが、この森には、魔王クースが生まれる場所があります。必ず消火してください! 方法に関する制約はありません。お願いします!」
ここに転移してきたのは俺を含めて11人だ。緊急要請としては少ない。だが、強そうな奴ばかりだ。
彼らの雑談から聞こえてきた情報によると、今説明をしているのは、山火事を起こした新人の教育係だそうだ。そして、その新人は除霊師らしい。
(胡散臭い職業だな)
天界人には、そういう職業もある。だがどうしても前世の感覚で、オカルト的な何かに思えてしまうが。
「その失敗の理由を聞いてないが? 何をやったんだ」
体格のいい男が、そう尋ねた。誰も知らないのか。
「あの……」
言いにくい失敗なのか、説明をしていた女は、口を閉ざした。
「はぁ? 聞こえませんが?」
(喋ってねーだろ)
嫌味な奴を見つけた。だが俺としては、こうしている時間も惜しい。
「話せないなら構わない。消火が困難だという件の、報告内容だけ知りたい」
俺がそう言うと、彼女は、この世の終わりかのような表情をしている。俺の顔が怖いのかもしれないが……。
「そ、それは……新人くんが、割ってしまったのです。キニク国の調査依頼でここに来て、森に入って……」
(高い壺でも割ったか?)
「まさか、霊獣か? キニク国は鳥系だったから霊鳥?」
嫌味な奴がそう尋ねると、彼女はビビりながら頷いた。
「おいおい! まさか、霊鳥が暴れているのか? 勘弁してくれよ」
「霊鳥の卵を割ったなら、絶対に怒りは収まらない。下手をすると周辺国まで火の海だ」
「魔王スパークが対応できないってことは、上位霊鳥だな。悪いが討伐は、俺には無理だな。延焼をできる限り抑える役割に回らせてくれ」
グダグダと文句ばかり言いつつ、誰も動かない。
「単独行動でいいなら、俺はもう行きますから」
俺がそう言うと、他の奴らは怪訝な顔だ。
「おまえ、恩を売って、除霊塔の管理者を狙う気じゃねぇよな?」
「はい? なぜ管理者?」
「この緊急要請に来たってことは、そういうことだろ? みんな、魂胆は同じだ。今回の失敗で、除霊塔の管理者は交代になるからな」
ふぅん、もしかして、フロア長もそれを狙っていたのか。だから緊急要請になるまでチンタラしていたか。
「俺は、緊急要請が出る前に、この森の箱庭を買ったんですよ。これ以上の被害は困るんで、じゃ」
何か反論されたが無視して、俺は森へと向かった。
◇◇◇
ひどい煙だ。黒っぽい煙がまるで生き物のように、空へと、うねりながら立ちのぼっていく。
森のほぼ中央に転移した俺は、ロロ達がいる集落付近を確認した。パワースポットの結界のせいで、上空からでは見えないが、位置的には、まだ大丈夫だな。
(あっ、水魔法か)
あの集落の住人らしき魔族が、付近の樹々に水をかけている。火事への対応としてはアリだろうが、霊鳥が原因なら……まぁ、無いよりはマシか。
(俺も、水を撒くか)
俺は空中に浮かび、燃えている部分を、エリアターゲティングする。かなりの広域だが、いけるだろうか? 核の傷は治っているし、俺の能力は上がったはずだ。
細かな指定は魔力の無駄になる。とりあえず、第一弾は適当に水を撒いて、第二弾で調整しようか。
俺は、手に集めた魔力を、サーッと水を撒くイメージで、エリアターゲティングした場所へと放った。
バシャーン!
変な音が聞こえた気はするが、ゴウゴウと燃えていたオレンジ色の炎は、真っ白な湯気のような霧のような何かに、かき消されている。
風魔法で白い霧を吹き飛ばしたいが、そうすると火をあおることになってしまうか。
(あっ、冷やせばいいか)
俺が、再び手に魔力を集め始めると、キニク国に近い付近から、俺に向かって何かが飛んできた。
一応、魔力で盾を作ると、その何かに当たった盾は、バチバチと暴れるイナズマに包まれて、あっという間に消え失せた。
(は? やべぇ)
こんなものに当たったら、ただでは済まない。
何かが飛んできた方向を、警戒して見てみると、金色に輝く巨大な鳥のような後ろ姿が見えた。森の中にいるアレが、霊鳥か?
今の攻撃が霊鳥のものなら、容易には近寄れない。だが、ここは、俺の領地なんだよな。
俺は覚悟を決めて、金色に輝く巨大な鳥の方へと転移した。
◇◇◇
「えっ? あっ」
俺は、一瞬、言葉を失った。金色に輝く巨大な鳥の前には、見たことのある女性がいた。
(や、やべぇ)
彼女も、俺の顔を見て、一瞬慌てたようだ。
「こんにちは。アイさん、ですよね? こんな場所で会えるとは思いませんでした」
転生塔の管理者の部屋で、彼女には一度会ったことがある。20代前半に見える綺麗な女性だ。神々しさを感じる気品のある美しさに、俺は目が離せなくなる。
「えっ? あ、ええ。アウン・コークンさんでしたわね。なぜ、ここに? もしかして、山火事が緊急要請になったのかしら」
なぜか、目が泳いでいる彼女。もしかして、俺のことを意識してくれているのか?
(やべぇ、かわいい)
「はい、緊急要請で、山火事の消火に来ました」
「そう、それならもう帰っても大丈夫よ。山火事は消えたわ」
「ですが、山火事って簡単には消えないんです。くすぶっている火種があると……。それに、ただの山火事じゃないと聞きました」
俺は、金色に輝く巨大な鳥をチラッと見た。これで伝わるはずだ。彼女は、俺の考えを見抜くチカラがある。
「もう、誰かが完全に消したみたいですわ」
(霊鳥を隠したいのか?)
彼女は、やわらかな笑みを浮かべて……落ち着かない様子だ。