90、ムルグウ国 〜風車のある古塔へ
「やぁ、カオル、北の森はどうだった?」
もう薄暗い中を城に戻ってくると、魔王スパークは、ニコニコと爽やかすぎるアイドルスマイルを浮かべて、俺達を出迎えた。
(なんか、ムカつく)
俺に話しかけているようでも、チラチラとマチン族の二人の方を見ている。彼らの考えていることは、魔王スパークには文字となって見えるためだ。
「深い森でしたよ。見せてもらった地図よりも、かなり広がっていましたね」
俺は、あえて、ドム達が見ていない話をした。集落に関する情報の説明は不要だろう。
「え〜っ? また広がってるの?」
魔王スパークは、俺達を謁見の間に招き入れ、扉を閉めた。城の者達には、聞かせたくない話らしい。
そして、室内に地図を表示している。
「どこまでが森になってる? 東西にはこれ以上広がらないと思うから、北かな?」
「正確には確認していませんが、北に広がってましたよ。森の先は砂地のように見えました」
俺がそう言うと、魔王スパークは少し目を見開いた。地図には、砂地らしき場所はない。深い森のさらに北の方には、別の魔王の国があるようだ。
(こんなの、あったか?)
「どの辺りまでかな〜?」
「パワースポットが、森のほぼ中央部にあると感じましたね。魔王スパーク様は、森の北部を指差しておられましたが」
「そっか。パワースポットは移動しないから、北側に大きく広がっているんだね。強い魔物が増えたのは、そのためかな。困ったことになってるよ」
そう言いつつ、魔王スパークは楽しそうだな。
「困っているようには見えませんよ?」
「ふふっ、だって、カオルが北の森を領地にするでしょ? だったら、僕のところは安全じゃない? 安全じゃなきゃ、本来の役割を果たせないからね」
(本来の役割?)
魔王スパークの言葉は気になったが、俺はスルーした。余計な面倒に巻き込まれたくないからな。
「ロロさんの無事は確認できました。アンゼリカは会えなかったですけど、生きていることはわかりましたよ」
俺が話を変えると、魔王スパークは、ふわりと微笑んだ。
「じゃあカオルは、療養が終わったら、再びここに来るよね? でも、あまりお金は持ってないみたいだから、私用で転移塔は使えないかぁ」
魔王スパークは、いくつか事前に用意したシナリオがあるような口ぶりだ。この時を待っていたかのように、その表情はイキイキとしているように見える。
「箱庭を買ったら、来ますよ」
「うーん、でも100万ポイントしかないなら、広大な北の森の半分も買えないよ。領地があれば、領地偵察の名目で転移塔を使えるけど、そのためのお金がないよ?」
(何が言いたい?)
俺が若干イラつくと、魔王スパークは楽しそうに笑った。
「あはは、カオルの顔が怖いよ〜。ふふっ、心配しなくても大丈夫だよ。僕が天界に依頼を出しておくよ。うーむ、報酬は出来高制にしようかな。そうすれば、何人来てもいいし」
「楽しそうですね……どんな依頼ですか?」
「ふふっ、隣国の滅亡調査だよ。北の森が広がったのは、その北側にあったキニク国が滅亡したせいだと思う。森の北側には、砂地なんて無かったよ。沼地だらけの鳥系魔王の国だからね」
(キニク国? 知らねぇな)
魔王ランキングに載らないほどの弱小国かもしれない。
しかし、なんだか焼き肉みたいな名前だな。鳥系魔王の国なら、天界人でもないだろう。鳥系なら、焼き肉じゃなくて焼き鳥……くそっ、この世界には焼き肉屋も焼き鳥屋も、ねぇんだよ。
(生ビール飲みてー)
「滅亡したのですか? 俺の見間違いかもしれませんよ?」
「大丈夫だよ。僕も、そうじゃないかなって思ってたんだ。キニク国の一部も、古の魔王トーリの国だったからね。魔王クースを求める天界人がキニク国の特産株を買い漁ってたのに、最近は動きがないんだよね」
(特産株?)
あぁ、その領地に出資して、配当代わりの特産品をもらうアレか。天界人は、特産株の売買に必死になっている人が多い。つまらない趣味だ。
「キニク国の特産株売買が、行われなくなったんですか」
「うん、そうみたい。以前はキニク国にも、天界人がよく出入りしてたんだけどね」
魔王スパークは、らしくない笑みを浮かべている。やはり、天界人が嫌いらしい。俺も、特産株でグダグダと言っていた奴らを思い出すと、吐き気がする。
「カオル、今夜は泊まっていくかい?」
もう、晩飯の時間か。マチン族の二人に視線を移すと、戸惑っているようだった。
「いえ、魔王ムルグウが騒ぐので、このまま帰りますよ」
「ふふっ、わかったよ。じゃあ、天界に依頼を出しておくね」
魔王スパークはそう言うと、パチンと指を鳴らした。
◇◇◇
「えっ? ここは……」
マチン族の二人が、混乱しているようだ。魔王スパークは、俺と目が合ったときに、俺がどこに居たのかもわかっていたらしい。
大きな風車が、ガタガタと音を立てて回っている。
「ムルグウ国だよ。ここでカレーまん……じゃなくて、イングムラドルを食べただろう? あっ、トーリは居なかったな」
「風車のある塔の上か。なぜ、こんな場所に?」
「さぁね〜。とりあえず、城に戻ろうか」
俺達は、ムルグウ城へと向かう。途中の屋台で、ドムが、イングムラドルを買ってくれた。
これをこの世界に持ち込んだのは、あのバブリーなババァだとわかり、俺は以前とは違う懐かしさを感じながら、アツアツのカレーまんを頬張った。
「あっ! お戻りになられました!!」
ムルグウ城の門番は、もう夜遅いのに、俺の姿を見つけると魔王ムルグウに知らせに走ったようだ。
やはり俺が、魔王スパークと共謀して攻め込んでくると予想していたらしい。城門前には、多くの傭兵がいた。
「ドム、今夜はここでいい。面倒くさそうだからな」
「いや、逆に、俺達がなんとかするよ。カオルは怪我人だろ」
(律儀なんだな)
「じゃあ、奥まで来てくれ」
俺がそう言うと、マチン族の二人は頷いた。だが、結局、俺の心配は杞憂に終わった。




