9、ムルグウ国 〜俺だけが使える特殊魔法
ボムッ!
村の奥の方で、爆発音がした。攻撃魔法が飛び火して燃えている付近だ。激しい炎が一気に広がっていく。
その近くの住居からは、住人達が外に飛び出してきた。
(あっ、あの子か)
母親に抱きかかえられた男の子が、必死に炎を消そうと水魔法を使っている。まだ、大した魔力はないらしい。
ほんの打ち水程度だが、周りの人間は、男の子をすがるように見ている。へぇ、まだ1歳なのに、ゴブリンだった男レプリーは、人間を助けようと頑張ってるじゃねぇか。
「おまえ、天界人として……」
俺が死神の鎌を向けた奴らが、何か騒いでいる。
「うるせぇ。おまえらに構っている暇はなくなった。黙れ!」
俺が怒鳴ると、奴らはビビる。ふん、クズには構っていられない。
(しかし、どうしようか)
俺は、まだ、自分の魔法にどの程度の威力があるか、わかっていない。転移魔法や浮遊魔法は使えたが、あの炎を消すには水魔法か?
だが、下手をすると、村を流してしまったり、人間がダメージを受けるかもしれない。どの程度の魔力なら大丈夫なんだ?
(あー、アレを使うか)
俺だけの特殊魔法、クリーニング屋魔法だ。さすがに、クリーニングで、村は流されないだろう。
村を元通り綺麗にしたい、炎を消し、焼かれた土壌の洗浄をしたいとイメージする。
(死神の鎌を使って発動するのか)
俺は、自分の感覚に任せた。女神から与えられた魔法はすべて、身体が覚えている。
死神の鎌に魔力が集まり、白く輝く。
(まぶしくて、目が痛いな)
俺は、頭の上で、死神の鎌をブワンと振り回した。
『焼けた地を洗浄し、元の大地へと導かん!』
(何だ? 今の声?)
俺が振り回した死神の鎌から放たれた白い光が、村全体に広がっていく。そして、パシャリと水が投下された。
(びしょ濡れじゃないか)
その水は、一瞬で地面に吸い込まれた。水たまりも何もできていない。やがて地面からは、白い光があふれてくる。薄暗い村が、一気に明るい光に包まれたようだ。
光が収まると、攻撃魔法の炎は消えていた。
それに、服も乾いたようだな。風呂に入った後のようにサッパリしている。身体のクリーニングもしたのか。
「お、おまえ、何なんだ? こ、こんな……」
天界人がうるさい。
『内乱か何か知らねぇが、無関係な奴らを巻き込むな。ケンカの仲裁をする根性のない奴は、引っ込んでろ! さっさと立ち去れ!』
(まただ。なんだか変な声だな)
普通に話しているつもりなのに、音が妙に響く。念話か?
うるさい天界人は、次々と消えていく。ふっ、逃げたらしいな。俺は、死神の鎌を左手首に戻した。
すると、視界がよりクリアになった。
もしかして、俺自身が光っていたのか。結構、魔力を消耗したような気がする。身体に、どっと疲れが襲ってきた。
「あ、あぁ、貴方様は……天界人様で……」
村の奥から、爺さんが近寄ってきた。見たことがある顔だ。あー、映像で見たんだな。確か、レプリーの嫁の爺さんだ。この時代では、村長か。
(もうすぐ俺は、天界から追放されるからな)
「俺は、ただの通りすがりの者だ。皆は無事か?」
「あぁ、ありがとうございます。さっきの不思議な光で、火事は収まりましたし、死人もいません」
チラッと、レプリーのいる方を確認すると、キラキラとした笑顔でこちらを見ていることがわかった。ふっ、あの笑顔は、人間に転生しても変わらねぇな。
「そうか、それならよかった。じゃあな」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ! 助けていただきながら、何もお礼をしないというわけには……」
俺が手をあげて立ち去ろうとすると、村長は慌てて俺を呼び止めた。
「いや、大したことはしてねぇから」
「村が救われました! あぁ、特産品をお渡ししたいのに、倉庫が焼けてしまいました……」
(随分と、礼にこだわるんだな)
あぁ、何かあれば、また助けて欲しいということか。
魔族の国で、人間が村を作っていること自体、珍しいらしい。村長は、自分達で自活するために、こうやって縁を繋いでいるのか。
「ここの特産って何だ?」
「あ、はい! 表向きには綿花の栽培をしております。綿製品の水浴び用のタオルも作っております。裏では、綿花から得られる油を使って、その……」
(なるほど、武器に関わるものか)
「水浴び用のタオルか。へぇ、俺は持ってないな」
すると、トコトコと俺の方に、キラキラとした笑顔の男の子が歩いてきた。
「あ、あの、これを!」
男の子が差し出したのは、白いハンドタオルだ。
俺が受け取ると、キラキラとした笑顔は、さらに輝いている。俺のことを覚えているらしいな。だが、そのことは口に出さない方がいい。コイツも前世の記憶があることは、秘密にしているはずだ。
「おまえ、そんなに小さいのに、歩けるのか」
俺がそう尋ねると、村長が口を開く。
「この子は、魔力持ちなので、成長が早いようです」
「へぇ、将来、有望だな」
「この子は、利発なので、私達も期待しております」
村長の言葉は、事実らしい。村の住人も、レプリーを誇らしげに見ている。目立ちすぎるのも危険かもしれないが。
「そうか。じゃあ、このタオルはもらっていくぞ」
「はい! しばらくすれば、また、特産品ができます。もっと大きなタオルも作っていますので、よかったら、またお立ち寄りください」
やはり、村長は必死だ。だがこれで、レプリーの成長を自然に見守ることができそうだ。
「あぁ、タオルが欲しくなったら、ふらっと立ち寄るかもな」
俺がそう言うと、わっと歓声があがった。頼られているようで、悪い気はしない。
チラッと、レプリーに視線を移すと、やはりキラキラとした笑顔を浮かべている。俺は少し安心した。
『鎮圧成功! 10秒後に転移します』
頭の中に、転移塔の職員の声が響いた。
(へぇ、意外に早かったじゃねぇか)
「じゃあ、俺は、行くから」
俺は転移魔法の光に包まれた。