88、深き森 〜魔王クースが生まれる理由
「この少年が、魔王クースか」
俺がそう呟くと、見知らぬ男達の表情が凍りついた。
「カオルさん……」
ロロは、俺に何かを言いかけて……言葉を飲み込んだ。だが、俺には、ロロの言いたいことがわかる。
(守っているのか)
ロロ達は自分達の意思で、この場所……魔王クースが生まれる場所を守っているのだな。
強いパワースポットがあるとはいえ、スパーク城に帰る気があれば、ロロなら容易にこの集落を去ることができるだろう。ハーフデーモンのロロは、全く洗脳されている様子はない。
だが、ここに居るということは、彼らの意思だ。
「天界人、しかも死神の鎌持ちか。我は、魔王クースだ」
俺が拘束している幼く見える少年は、そう名乗った。まるで、俺を挑発するかのような目をしている。
「そうか。実体化が早いな。アイツに喰われて思念体に戻ったのは、ほんの10年前だろう?」
「この集落に招かれた者の数が多ければ、我は生まれる。次々と生まれる」
(次々と?)
あぁ、魔王クースは、こんな妙な奴らの総称だったな。本当の意味での魔王ではない。
だが、この地を統治するという意味では、魔王でいいのか。
「アンゼリカは、どこにいる?」
俺が少年にそう尋ねると、彼は目を見開いた。
「なぜ、我よりも、その少女を求める? 少女は、まだ魔王クースにはなれない。ただの候補者だ」
(は? 候補者?)
「アンゼリカは、魔王クースになるのか?」
俺は、記憶をたぐり寄せた。アンゼリカは11歳で死ぬ。緑に囲まれた場所で……魔王スパークの手によって……。
この集落の外には、深い森が広がっている。もしかして、魔王スパークは、アンゼリカを魔王クースにするために殺すのか?
「あの少女は、その可能性を秘めている。その資格もある。だが、それを叶えるには、まだ祈りが足りない」
(祈りだと?)
叶えるという表現から、この少年が望んで魔王クースになったと予想できる。だが魔王クースになって、何がしたいのだ?
「キミは、祈りが足りていたということか」
「我は、だから魔王クースとして生まれた」
「ちょっと見せてもらうぞ」
俺は、そう言うと同時にサーチを使う。やはり触れていれば、サーチ魔法も発動できる。
名前:なし(0歳)
種族:魔王クース
特殊職:天界クラッシャー
魂の状態:転生1
最終転生担当者:魔王トーリ(刻印転生)
体力(HP): なし
魔力(MP): 35,500
物理攻撃力: 1
物理防御力: 1
魔法攻撃力: 6,000
魔法防御力: 5,000
回復魔法力:3,000
結界魔法力:76,000,000
時空魔法力: 1
特殊魔法力: 1,000,000
速度: D
回避: D
増幅: S
特記事項: 魔王クースの霊体
状態:恐怖
発動中: 眷属化
(こ、これは……)
刻印転生ってことは、古の魔王トーリは、自分の国の民だった者に、魔王クースとなる刻印を記したということか。
天界クラッシャーだなんて職業は初めて見たが、魔王トーリが天界を潰したいという野望を魂に刻んだのか。
(ふぅん、イカれた魔王だな)
「無駄だ。我をサーチすることはできぬ」
少年は、俺を恐れているみたいだが、その表情は冷静だ。俺の鎌に喰われる覚悟を決めたらしいな。
『魂の記憶に、古の魔王トーリの刻印がある全員だよ』
魔王スパークの声がよみがえってきた。彼は、これを知っているようだな。魔王トーリの刻印がある者は、魔王クースに転生する可能性がある。
何かの条件が揃うと、この場で魔王クースとして生まれるらしい。しかも転生回数はリセットされるのだな。
魔王クースに転生する前の記憶は引き継がれず、古の魔王トーリの国の記憶のみを持つようだ。だがそれも、古すぎる記憶なら忘却の彼方か。
死神の鎌が魔王クースを喰うのは、天界のシステムの一部だろうな。天界クラッシャーを消し去るために、その敵を作ったということか。
古の魔王トーリも、それを想定して、大量の魂に刻印を刻んだのだろう。
(どっちも、クソだな)
俺の左手首の中では、鎌が暴れている。早く喰わせろと、訴えかけてくる。だが、まだ耐えられる。
なるほどな。一度でも鎌にエサを与えてしまうと、鎌のレベルが上がり、この衝動がもっと強くなるのだろう。だから、鎌に操られるようになっていくのだな、ビルクのように。
「ど、どうしたんだ!?」
俺が拘束している少年……魔王クースは、俺の顔を見て、その表情を歪めた。俺が怖い顔をしていたのか。
「カオルさん、なぜ、笑っているのですか」
(笑っている?)
あぁ、確かに、ロロが言うように俺は笑っているか。
「ロロさん、いつものように呼んでくれませんか?」
俺がそう言うと、ロロは戸惑いの表情を浮かべた。彼が、さん呼びをするようになったのは、俺を敵認定したからだろう。
しばらくの沈黙の後、ロロは口を開く。
「カオルくん、何がおかしいのですか」
(ふっ、やればできるじゃねーか)
「あはは、ロロさん、あははは」
俺は思わず、声を出して笑ってしまった。ロロが俺を再び信じてくれたことが、素直に嬉しいと感じた。
(そうだな、そうしよう)
「カオルくん?」
「ロロさん、俺、決めましたよ」
「へ? 何をですか?」
「この付近一帯を、俺の領地にする」
すると見知らぬ男達の表情が、怒りに染まった。言い方がマズかったかもしれないが、隠さず伝える方がいいだろう。
「カオルくん、それはどういう意味ですか」
「言葉通りですよ。俺は、この付近一帯を領地にするために、箱庭を買う」
「箱庭?」
ロロは、素っ頓狂な声をあげた。
「そう、箱庭ですよ。天界人は、ブロンズ星の地を箱庭売買という形で手に入れるんです。俺がこの付近一帯の箱庭を買えば、他の天界人は手出しできなくなる。もちろん、魔王もね」
「えっ? それって……」
ロロの目は、キラキラと輝いている。
「俺が、古の魔王トーリの刻印を持つ者達の集落を守るってことですよ。もちろん、魔王クースの霊体も喰わない」