87、深き森 〜魔王クースが生まれる場所
ロロは、俺の顔を見て固まっている。ブロンズ星では、あれから10年近く経過しているのに、覚えていたようだ。
種族的に長寿なのか、ロロの見た目はほとんど変わってない。ハーフデーモンだったよな。
「まさか、カオルくん? いや、カオル……さん」
「ロロさんは、俺のことをカオルくんって呼んでくれてましたよね。なんか、懐かしいな」
ロロの背後にも、見覚えのある顔がいた。ベージュのダサいジャージを着ている。少し年齢を重ねた顔でも、わかるものだな。
そして、ロロも含めて全員の額には【拒絶】の文字が描かれている。初めて見た文字だ。
「カオルくん、なぜここに?」
ロロは、複雑な表情をしている。俺に、スパーク城で待っていると約束していたからか。
(コイツに嘘はつきたくないな)
「魔王スパーク様の城に行ったんですよ。そしたら、ロロさんが森で迷子になってて戻って来ないと聞いたので、捜しに来たんです」
俺がそう言うと、俺のことを知るスパーク城の使用人は、まだ幼く見える少年をかばうように、数歩前に出た。
(洗脳されているのか?)
「カオルくん、僕達は、迷子になっているわけではないのですよ」
ロロは、少年にチラッと視線を移した。
「そうですか。俺も、なんか変だなと思ってたんですよね。ロロさんは強いから、捕まったとも思えないし、それに、朝になっても戻って来ないなんてね」
「カオルくん、ここには魔王クースを生み出すパワースポットがあるからですよ。魔王スパーク様の城にある物よりも、強い物です」
(へぇ、隠さないのか)
ロロが素直に打ち明けたことに、見知らぬ男達は、慌てた表情を浮かべた。そして、ロロを制しようと思ったのか、何か耳打ちしている。
だが、ロロは首を横に振っている。
「彼には、隠し事はできないよ。カオルくんは、魔王ではない。天界人だからね」
ロロがそう言うと、見知らぬ男達の額の文字は【敵視】に変わった。
(ふっ、俺も天界人は嫌いだ)
「ロロさん、スパーク城に戻る気はないのですか? それから、アンゼリカも迷子になっていると聞きました」
アンゼリカの名前を出したことで、少年はピクリと反応を示した。サキュバスに生まれたあの女も、ここに居るようだな。
「あの少女のことは、城に来てから僕達がずっと見張っていました。魔王スパーク様が、あの子をカオルくんが言っていた子だと、僕に託したのです」
(なるほど、考えたな)
魔王スパークは、俺を上手く利用して、ロロ達が死なないように役割を与えたようだ。だが、その結果として、アンゼリカもこの場所に捕われることになったか。
「彼女は、どこにいるのですか」
俺がそう尋ねると、ロロは少し困ったような顔をしている。集落内は、サーチ魔法も使えないが……。
「カオルくん、申し訳ないのですが、お引き取りください」
(訳ありか)
集落の中を見回すと、何人もの人が心配そうに、こちらの様子を窺っていることに気づく。
俺は、目に魔力を込めた。すると、遠視も問題ないことがわかった。さらに魔力を込めると、小屋の中も見える。
この集落を覆い尽くす結界内の空気が、様々な魔法の発動を阻害しているが、それは身体から発する魔力を邪魔するようだ。身体強化系はいけそうだな。
少し大きめの小屋で、マチン族の二人の姿を見つけた。口論をしているだけのようだ。ただ、粗末な服を着たここの原住民は、ドムに剣を突きつけているが。
スパーク城から捕われてきた使用人は、それなりの数が居るようだ。ダサいベージュのジャージが、この集落ではオシャレに見えるから不思議だ。
しかし、アンゼリカの姿は見つけられない。
(あれは、何だ?)
地面から水色っぽい光が、ゆらゆらと立ち昇る場所が見えた。立ち昇った光は、そのまま空へと進み、一定の高さでパンッと弾けるような動きを見せる。
そして、空を駆ける水色の光は、やがて色が薄くなって見えなくなる。まるで意思を持つかのような、不規則な動きだ。
「カオルくん! ここはダメなんです」
ロロが俺の視界を遮るように向きを変え、手をパタパタと振る。
「アンゼリカは、どこですか?」
俺は、表情から笑みを消し、再びロロに尋ねた。この顔は、ロロでも怖いのだろう。息を呑んだのか、ヒュッと変な音を立てている。
ロロは、少年をチラッと見た。
(まさか、これがアンゼリカか?)
少年からは、アンゼリカの気配は全く感じられない。むしろ、この感じは、何か覚えがある。
「カオルくん……カオルさん、お帰りください」
ロロは、断固拒否だ。額にも【拒絶】と書いてあるが……。だが、ロロの目の奥は違う。俺に尻尾を振っているかのような……。
「じゃあ、俺の連れだけ、返してもらおうかな。森の中で、はぐれてしまったんですよ」
俺が諦めたと思ったのか、ロロの瞳は一瞬、寂しげに揺れた。
「新たに集落に招かれた者は、帰せません」
ロロの背後にいた【敵視】の男達が、口を挟んできた。
(はぁ、もう面倒くさいな)
「その二人は、俺の護衛として、魔王ムルグウが雇っているんですよ。勝手に行方不明になると、気の短い獣系魔王は、ここに攻め込んできますよ?」
「なぜ、攻め込んでくる!? この場所は、魔王には知られるわけがない」
(コイツは単純だな)
「俺が報告しますからね」
ニヤッと笑みを浮かべてそう挑発すると、その男は、剣を抜いた。そして、俺に剣を突きつけた。
ロロが、俺の策に気づいたときには、もう遅い。
「やめ……」
俺は左手で、少年の腕をガッツリ掴んだ。
「この少年は、人質だ。連れを引き渡してもらおうか」
すると、【敵視】の男達の額の文字が、なぜか【恐怖】に変わった。
(あぁ、なんだ。そういうことか)
俺は、少年に触れて気づいた。彼らは俺が、この少年に触れたことで、何かが起こると怯えているらしい。
彼らは、俺からジワジワと離れていった。
俺の左手首がザワつく。
左手首に収納してある死神の鎌が、エサをくれと、俺に訴えているようだ。