84、深き森 〜サイのような魔物
深い森の中を、ドムが先導して進んでいく。ドムの後ろにはトーリの名を継ぐ男、そして一番後ろを歩くのは俺だ。
(気持ちのいい空気だな)
俺は、前世で訪れた大きな神社を思い出していた。何の信仰心もなかった俺でも、神様が居ると思わせる神聖な空気感は、けっこう好きだった。
そして今、この世界には本当に神がいる。しかも、かなりの数の神々がいるはずだ。
(俺は、くそ女神しか知らねーが)
ただ、ブロンズ星には神はいない。ブロンズ星を統べるのは大魔王であり、天界が様々なサポートをする仕組みだからだ。
「カオル、この先に厄介な魔物がいるぞ」
先導していたドムが立ち止まった。そして、いつの間にか腰に装備した剣を抜いている。
そういえば、さっきのドムのサーチ結果は、ブロンズ星の一般人を大きく上回るステイタスだったな。さすがマチン族か。
ドムは、医者の役割を果たしているから、戦えないのかと思っていた。回復魔法力はハンパない数値だったが、戦闘能力も高いと思った。
トーリの名を継ぐ男も、剣を抜いた。この男は常に守られているから、何ができるのは俺は知らない。サーチはしないと言ったから、今さら調べられないが。
俺は、ドムが警戒する方向を見てみた。
(あ、この魔物……)
なかなかの巨体だな。牙のあるサイのような魔物だ。見覚えがある。26体か。群れというほどではないが。
そのうちの1体を、ジッと見てみると……。
種族名:レヌーガ
危険度:Gランク
苦手属性:雷
やはりな。以前遭遇したことのある魔物だ。
(うん? 妙な何かが……)
魔物に何かの思念が届いたのか、一斉に奴らの気配が変わった。戦闘モードか。
「カオル、どうしようか。1体なら倒せるが、この数は無理だ」
ドムは白いフードを外しているから、額に文字が見える。最近は、俺に見せていたのは【無害】だったが、今は【恐怖】の文字に変わっている。
もしかしてドムは、魔物に届いた思念も察知したのか。
「ドム、俺も魔物サーチをするから、ちょっと待って」
「わかった」
俺は、サイのような魔物が向いた先を探していく。天界人の目は、どこまで見えるのだろう。魔力を込めれば、どこまでも見えるのかもしれない。
(アイツらか)
この森に住む魔族か。見た目は、普通の人間に見える。
人を相手にサーチをすると、こっちの居場所がバレそうだな。奴らの額を見ようと集中すると……よし、全員【無害】だ!
「ドム、この魔物を操っている魔族がいるけど、弱そうだから大丈夫だ」
俺がそう言うと、ドムは目を見開いた。
「この森に魔族がいるのか!? 魔物しかいないと言われているぞ」
(気づいてなかったのか)
「見た目は、普通の人間っぽいけど、あのオーラは魔族だと思う。ちょっと遠いし、能力サーチはしてないから、正確なことはわからないけど」
「そうか。だが、その前に魔物の群れだ。10体以上いるぞ」
「26体だ。危険度はGランクだから、大丈夫だ」
すると、トーリの名を継ぐ男が、口を開く。
「カオルさん、別の魔物をサーチしていませんか。ドムが言っているのは、レヌーガという獣です。3体以上で行動する知能の高い魔物です。連携して戦うから、10体もいると魔王でも厳しいです」
(レヌーガ、だよな?)
「その連携は、魔族が操っているとも考えられるな」
ドムが、額に汗をかきつつ、警戒を強めた。
「とりあえず、適当に討伐するか」
俺もそう言って、剣を抜く。魔王スパークがくれた細い剣だ。すぐにポキッと折れそうな繊細な剣に見える。
ザッ!
突然、1体が茂みから、角を出し、俺達の方へと突進してくる。
(これで、連携してるのか?)
ドムが、ガチッと剣を牙に引っかける形で、魔物の突進を止めた。
(剣、折れねーか?)
魔物がブルンブルンと首を振り……。
ガキッ
ドムの剣は、嫌な音を立てた。亀裂が入ったか。
「チッ、やはり、撤退……」
焦るドムを、俺は手で制した。
「撤退なんてしねぇから。俺がやる。ドムは、トーリを守ってろ」
「カオル、無茶なことを言うな! レヌーガは、1体を倒すと……うぎゃ、倒さなくても、囲まれた!?」
(もともと囲まれてるぞ)
俺は、細い剣に物資強化魔法をかける。あの魔物は、雷属性が苦手だったな。俺は剣に稲妻を纏わせた。
「えっ? カオル……」
バチバチと派手な音を立てる剣に驚いたのか、マチン族の二人は、顔を引きつらせている。
「奴らの苦手属性を纏わせただけだ。ちょっと片付けてくる」
俺は、ダンと地を蹴り、高く跳躍する。
そして、落下の勢いのまま、ドムの剣を壊した1体に剣を突き立てた。
ウォォン!
魔物は、サイのくせに狼のように吼えると、ドドンと地面に倒れた。
すると俺を狙って、一斉に新たな魔物が飛び出してきた。
(面倒くさいな)
だが、森を焼くわけにもいかない。俺は1体ずつ、稲妻を纏わせた剣で魔物を切り裂き、動きを奪っていく。殺す方が簡単だが、操る魔族のペットかもしれないから、命は奪わない。
あの魔族がこの森の原住民なら、恨みを買うことはしたくない。ここに俺の領地ができるなら、原住民とは敵対しない方がいいからな。
俺が16体目の動きを奪ったところで、魔物へ、何かの思念が届いたようだ。魔物は、ピタリと動きを止めると、さっと逃げていく。
(仲間を置いていくなよ)
地面に倒れた魔物は、放置されている。まぁ、そのうち、あの魔族が回収に来るだろう。
「二人とも、大丈夫か?」
まるで置物のようにジッとしている二人に声をかけた。
「あ、あぁ、大丈夫だ。カオル、しかし……」
何かを言いかけて、ドムはやめたらしい。突然、ゲラゲラと笑い出した。
(は? 壊れたか?)
トーリの名を継ぐ男も、なぜか声を出して笑っている。緊張が途切れて、笑ってしまうというやつだろうか。
「しっかし、これ、どうすんだ?」
「急所をわざと外したんですか」
二人は、ペタペタと魔物に触れ、生存確認をしているようだ。
だが次の瞬間、二人の姿は魔物と共に、忽然と消えた。




