82、スパーク国 〜北側の森のパワースポット
「パワースポットに誘拐された? 意思を持つのですか」
魔王スパークが話した言葉に対して、俺よりも先に口を開いたのは、トーリの名を継ぐ男だ。
(いやいや、比喩だろ)
「うん、そうだよ〜。魔王クースが生まれる場所はね、僕も迂闊には近寄れないんだ」
魔王スパークは、何でもないことのように、サラリと肯定した。場所が意思を持つということは、そこには地縛霊か何かが居るということか? そんな地縛霊に、ロロやアンゼリカは捕われたということなのか!?
「スパーク様、それは、北の森のどの辺りなんですか」
俺がそう尋ねると、魔王スパークは嬉しそうな笑みを浮かべる。なんだか、誘導されているようでムカつくが、魔王スパーク自身が救出に行けない事情があるのだろう。
「カオル、ここなんだ」
魔王スパークは、ある地点を指差した。何か目立つものがあるわけではない。天界人の記憶力は、こういうときには真価を発揮する。俺は、正確に地図を頭に叩き込んだ。
「わかりました。俺は、ちょっと行ってきます」
俺がそう言うと、マチン族のドムが慌てた。
「ちょっと待てよ、カオル。今のおまえは、本来の力の5分の1も魔法を使えない。まだ、治っていないことを忘れてるだろ」
「ドム、俺の友達と、俺が転生させた子なんだ。放置するという選択肢はない」
「それなら、俺達も行くぞ。俺はおまえの世話をするために、雇われているんだからな」
ドムはそう言うと、トーリの名を継いだ男の方をチラッと見た。そして、互いに頷き合っている。
(気持ちは嬉しいが……)
「カオル、ちょうどいいじゃない。マチン族の二人に、北側の森を案内してあげてよ。カオルの領地にする場所の、下見もしてくるといいよ」
魔王スパークは、のんびりとした表情で、おかしなな提案をする。彼は、自分の子供が死ぬことを悲しむ。ということは、ロロ達は、今は危険な状態ではないのだな。
「スパーク様、俺は、北の森には行ったことないですけど」
「ふぅん、そっか。でも、北側の森から出てきた魔物を倒したことはあったよね? あの頃よりも強い魔物が増えちゃってるよ」
(は? 何だと?)
ロロと一緒に行った農家の話をしているのか。魔王スパークとしては約10年前のことだ。よく覚えていられるな。天界人の記憶力は、どうなっているんだ?
「じゃあ、やはりカオルには危険だ。行くなら仲間を集める」
ドムがそう言って、やや上を向いた。彼が念話をするときのポーズだが……すぐにドムは、ガクリと頭を垂れた。スパーク城の謁見の間だ。外部との連絡は遮断されていても不思議じゃない。
「ふふっ、心配しなくても大丈夫だよ。ドムが思っているほどカオルは弱くないよ。じゃなきゃ、北側の森を領地にしろなんて言わないから〜」
魔王スパークは楽しそうだな。こんな状況なのに、ワクワクしているようにさえ見える。
「おそれながら申し上げます。魔王スパーク様、カオルは見た目は元気ですが、大変な怪我を負っていて……」
「僕のことは怖がらなくていいよ。うん、カオルは核に傷を負っているね。だから、魔力を多く使う魔法は発動できないかな。だけど、今のカオルは、僕が以前に会ったときよりも、たぶん強いんだよね〜」
(たぶん?)
魔王スパークは、適当なことを言っているわけではなさそうだ。俺は、思念が覗かれないだけでなく、能力サーチを弾いているということか。
「ドム、俺は大丈夫だから。行ってくるね」
俺が扉へと歩き始めると、ドムが駆け寄ってきて、俺の腕をつかんだ。
「俺達も行くって! あっ、転移魔法を使うと負担がかかるか」
「中庭の転移魔法陣を使っていいよ〜」
魔王スパークは、ニコニコしながらそう言うと、俺にポーンと何かを放り投げてきた。剣か。
「これは……」
「カオルに、あげるよ。魔王クースが生まれる場所で、死神の鎌は使えないからね」
(ビルクと同じことになるか)
「鎌が、魔王クースに魅入られるんでしたっけ」
「ふふっ、カオルの鎌は、まだ何も吸収してないみたいだけど、エサをやれば成長するタイプだと思うよ」
魔道具塔の天界人、熊アバターのアメリア・ルブレ……魔王ルブレも、そんなことを言っていたな。
それに、彼女の城というか屋敷で使った魔道具枕が、俺に変な夢を見せた。背景が深い森を思わせる濃い緑色に染まっていたあの光景は、とても鮮明に記憶している。
『神が授けた道具が神具の卵だ。つまり、おまえの場合は、その鎌だな』
『神具の卵は、その育て方によっては、死をもたらす呪具にもなる。だから、神具は面白いのだ』
『なぁ、なぜ何も考えない? 鎌を持つということは、特別に選ばれた天界人の証だぞ。おまえなら、何でもできる。鎌を神具に育てれば、覇者となる可能性もある』
『魔王になる力を得たいなら、餌を選べ。魔王クースは極上の餌だ。呪具になる可能性も高いが、神具になれば、それこそ最強だ』
『魔王ルブレの治める国には、神具の餌がたくさんあるぞ。特産株を買えば、餌が得られる。強い鎌には、黒い石が必要だ』
天界人の記憶力は、夢まで正確に覚えているらしい。あのときの声が、次々と頭の中に浮かんできた。
あれは神具枕だったか。神具についての説明、いや導きの枕だ。ビルクもおそらく、この枕を使って、魔王クースを探し、そして鎌に乗っ取られたのだ。
(確かに、森で鎌は使えないな)
「スパーク様、ありがとうございます。じゃあ、中庭の転移魔法陣をお借りします。ロロさんとアンゼリカ以外に、何人くらいが誘拐されているのですか」
俺がそう尋ねると、魔王スパークの表情から一瞬、笑みが消えた。そして、しばしの沈黙……。
(マズイことを言ってしまったか?)
「魂の記憶に、古の魔王トーリの刻印がある全員だよ。数は、わからない。僕にも見えないんだ」
魔王スパークは、哀しげに微笑んだ。