8、ムルグウ国 〜レプリーの村と死神の鎌
俺が転移させられた場所は、まさしく戦場だった。ブロンズ星の中でも、発展している地域のようだが……。
(ひどいな、これは)
元の状態の想像ができないほど、街並みは激しく壊され、絶え間なく攻撃魔法が飛び交っている。
爆風と共に広がる血の臭いに、吐き気がしてくる。
(ありえない……)
さっき与えられた情報によると、ここは、ムルグウという獣系の魔王が治める国の中心部だ。贅を尽くした豪華な城があるはずだが、炎の海に飲み込まれたか。
「追加情報を送ります。よろしくお願いします!」
新たな詳細情報が、頭の中に、勝手にぶち込まれた。すると、一緒に鎮圧に来た人達は、焦ったような表情で、次々と移動を始めた。
「最悪だ! ムルグウ国が、内乱だと?」
「特産株の価値が、地に落ちるぞ」
「俺なんて、ここに領地を買ったばかりだ。時間がない。さっさと鎮圧するぞ。魔王が死ぬと、すべてがパァになる」
(何の話だ?)
剣を抜き、どこかへ消えていく。転移魔法か。さっきの妙な会話……俺とは違って、自らの意志で鎮圧に来たのか?
俺も含めて数人が、動かずボーっとしている。俺と同じく、イヤイヤ来た連中だろう。確か、3時間以内に戻れるんだよな。
(まぁ、適当に時間を潰すか)
ふと、俺は、点滅するアイコンが、目の前に浮かんでいることに気づいた。意識を向けると、個別情報というタイトルのリストが出てきた。リストとは言っても、一つだけだが。
(あぁ? レブリー? 何だ?)
その情報を読み、俺は血の気が引いた。
(あのゴブリンじゃねぇか!)
個別情報というのは、自分に関係のあるモノの情報らしい。一緒に転移してきた奴らが次々と消えていったのは、自分の関係者が、この戦乱に関わっているからか。
俺が見ているのは、ゴブリンだった男、レブリーの人生が変わるという情報だ。今の年齢は1歳か。彼は、この戦乱に巻き込まれて、命を落とす……。
(もう1歳?)
あぁ、そうか。確か、時の流れが違う。天界の1日は、ブロンズ星の1年だったか。
俺が、アイツの人生の承認を保留にしていたから、人生が変わったのか。アイツの、それなりに幸せな人生が狂ってしまったのか?
(わからない、だが、まだこれも確定していない!)
俺は、ゴブリンだった男を捜した。どこにいるかと集中すると、頭の中に情報が飛び込んでくる。
(映像で見たことがある村だ)
確かに、あの映像では、彼の幼児期に近くで戦乱が起こっていた。だが、無事に生き延びていたのに……。
(やはり、俺のせいか。くそっ!)
俺はその場所へと、転移魔法を唱えた。
◇◇◇
「反乱軍への武器の提供は、この村からだな」
「内乱の鎮圧のためには、武器を断つのが近道だ。これも、おまえらの運だ」
「犠牲になった者は、すぐに生まれ変わることができるぞ。次は下級魔族に生まれることを願うんだな」
俺が転移した場所は、その村の上空だった。3人の魔力の高い男達が、村人を相手に、何かぐちゃぐちゃと騒いでいる。
(よく見ると、さっきの奴らじゃねぇか)
奴らは確か、転生塔の10階に、俺より先に来ていた。そして、さっき、訳の分からないことを言って、転移して行った男達だ。
(まさか、レプリーは、天界人に殺されるのか?)
俺は、奴らと村人の間に、サッと降り立った。ちょうど、奴らが、炎魔法を放った瞬間だ。
だが、俺は冷静だった。落ち着いて、左手首から死神の鎌を取り出し、炎魔法を叩き斬る。
(へぇ、魔法も殺せるのか)
死神の鎌に触れると、奴らが放った炎魔法は、かき消えた。背後を見ると、腰を抜かした村人達が青い顔で震えている。だが、誰も死んでないな。
(あのゴブリンだった男は、どこだ?)
「お、おい! おまえ、邪魔をする気か? 反乱軍……いや、見たことのある顔だな」
俺は、コイツらと馴れ合う気はない。ゴブリンだった男の無事を確かめることが先だ。
意識を集中して、捜す。まだ1歳なら、どこかの家の中だろうか。
村の奥の方が燃えているのが見える。攻撃魔法の飛び火か。木造の倉庫か何かに火がついたらしい。
「おまえ、耳が聞こえないのか。こんな人間の村に介入する理由などないはずだ」
(くそっ、うるさくて捜せない)
俺は、奴らを睨みつけた。幼女と違って、ビビっているように見える。ふん、コイツらは、たいしたことなさそうだな。
「我々が先に、この場に来ていた。横取りは許されない」
そう言うと、うるさい男は、再び、手に魔力を集めている。
「横取りではない。この村には、俺が転生させた客がいる。まだ、報酬を受け取っていない。勝手に殺されては、困るんだがな」
俺がそう言うと、うるさい男は、魔力を散らして手をさげた。だが、嫌な笑みを浮かべている。
「死神の鎌持ちか。ここは人間の村だぞ? ふん、転生を失敗したのか。ククッ」
「それなら、一掃してやる方が親切ってもんだ。格落ち魂でも、次は人間以外に生まれるかもしれないからな」
(クズだな)
「この国の内乱を鎮圧するために、人間の村を襲う必要がどこにある? おまえら、頭おかしいだろ。立ち去れ!」
俺が鎌を向けると、やはり奴らは怯む。なるほどな、激しい攻撃魔法が飛び交う中へは、入っていく根性がないらしい。
「お、おまえ、死神の鎌を天界人に向けるとは……罰を受けるぞ」
「追放か?」
「あぁ、最悪、追放だ。少なくとも力を封じられて、幼児になるんじゃないか? ククッ」
(幼児? うん? 幼女?)
あの幼女、アイリス・トーリは、何かをやらかして、力を封じられているから、あの姿なのか?
「ククッ、それが嫌ならそこを退け。おまえは無能な転生師のようだから、特別に許してやってもいい」
(ふん、それなら、逆に好都合だ)
「嫌だね」
「えっ、な、なぜ」
「追放でも何でも好きにすればいい。この村に手出しする気なら、俺は、おまえらを殺す!」