77、ムルグウ国 〜風車のある古い塔
ムルグウ城へは、マチン族のドムの提案で、徒歩で戻ることにした。レプリーの村へ来るときは転移魔法を使ったが、帰りは急ぐ必要はない。
ただ、時間がかかりそうだから、俺は転移で大丈夫だと言ったが、ドムに猛反対された。おそらく、俺の身体への負担を考えてのことだろう。
ドムは、マチン族の中では医者のような役割を担っている。やめろと言われたのを押し切って転移魔法を使って、胸の傷が痛んだ。早く治すためにも、ドムの指示には従う方がいいと感じた。
マチン族と一緒に歩いていると、ムルグウ城へ近づくにつれて、人々の視線が冷ややかなものへと変わっていく。まぁ、もう慣れてきたが……。
そして、城に戻ったのは、その日の夜になってからだった。
◇◇◇
「あぁあぁ、よく、お戻りになられました!」
城門前では、城兵だけでなく、魔王ムルグウの側近も立っていた。ずっと朝から待っていたのか?
「珍しいな、出迎えですか」
「なかなかお戻りにならないから、心配しておりました! 体調はいかがですか。怪我の具合が悪くなってしまったのでは……」
(ふん、何の心配だ?)
俺を気遣うフリをしているが、違うだろう。俺が怒って城に攻め込むのではないかと心配していた、という顔だ。
ムルグウ国で、頻繁に反乱が起こる理由が、俺にも少しわかった気がする。魔王ムルグウが疑心暗鬼になって、何もかもを疑うからだ。一つの国を治める王とは思えない小心者だ。
見た目とは、あまりにもギャップが大きい。強そうな獣系の種族だからこそ、ムルグウ国の住人は、この違いに不信感を抱くのかもしれない。
「カオルさんが少し無理をされたので、歩いて戻りました。ヒーリング魔法を適宜使っていたので、少し遅くなりました」
ドムが、魔王ムルグウの側近にそう説明した。俺が黙っていたから、城兵までがハラハラし始めたためだろう。
「そ、そうでしたか。ささ、お部屋でお休みください」
魔王の配下は、俺を先導するように、城へと入っていく。
俺は、魔王ムルグウが私邸から、こちらをこっそりと見ていることに気づいた。城ではなく、私邸にいるということは、やはり攻め込まれることを恐れていたのか。
(はぁ、つまらねーな)
◇◇◇
それから数日が経った。
これまでのように城下町へ散歩に行くと、護衛のマチン族だけでなく、隠れて魔王の配下がついてくるようになった。
「カオルさん、見張りがいますね」
ドムの息子ダンは、後ろを振り返ることなく、そう言った。6〜7歳の子供にまでバレている魔王の配下。まぁ、こんな国だから、マチン族を排除したくてもできないのだろう。
「ダン、よく気付いたな」
「はい! 気配がダダ漏れですもんね〜」
はしゃぐダンに、父親のドムが念話を使って何かを言ったらしい。一瞬でダンは警戒したような表情に変わる。
(自由にさせてやればいいのに)
マチン族としてのしつけもあるか。彼らが生き抜くためには、城下町を歩いていても油断はできない。常に、どこにいても敵国だからな。
「ドム、ちょっと高い場所で、昼飯にしないか?」
俺がふと思い付いた提案をすると、ドムは首を傾げた。
「高い店か?」
「いや、高い建物という意味だ」
「なるほど、じゃあ、軽食を買って行くか」
ドムは、俺の考えに気づいたらしい。ニヤッと笑うと、近くの店に立ち寄った。
そして、肉まんのような物をいくつか買うと、それを息子のダンに持たせて歩き出す。
(ダンの好物か)
ダンは、その匂いをスーッと深く吸い込んで、腹をキュルルと鳴らしている。ふっ、無邪気な笑顔だ。
ドムが連れて行ってくれたのは、古い塔だ。中には入らず、外のらせん階段横を、浮遊魔法を使って上がっていく。
最上階には、大きな風車が設置されていた。今日は風がないから、風車は止まっている。
「アイツら、慌ててるぜ」
名前を知らないマチン族が、塔の前でオロオロする魔王の配下に冷ややかな視線を送っている。この男は特に、ムルグウ国を嫌っているようだ。
「父ちゃん、食べる?」
「あぁ、ひとつもらう」
ダンは笑顔で、肉まんのような物を俺達に配る。俺もひとつ受け取って、二つに割ってみた。
(なんだ?)
まるで血のような、赤いドロッとしたものが入っていた。
「ダン、この赤いのは何?」
「イングムラドルです。美味しいですよ!」
(初耳だな)
俺は、一口食ってみる。味は、想像とは随分と違った。血の臭いもしないし、なんというか、甘いカレーのようだ。
「カオル、これはスパーク国の料理だ。現地のイングムラドルは、もっと辛いがな」
「へぇ、そうか」
色は赤いが、カレーまんみたいな感じだ。スパーク国の料理か。
俺は、スパーク国の方角をジッと見てみる。かなりの距離があるが、目に魔力を込める。
(あっ、魔王スパークか?)
広大な畑にいる男が、俺の視線に気づいたらしい。こんなにとんでもない距離なのに、一瞬、目が合った気がした。気のせいかもしれないが。
さらに俺は、アンゼリカの姿を捜す。
だが、スパーク城の中は見えないな。遠視も透視も弾きそうだ。そういえば、天界の干渉を弾く部屋もあったな。
「ドム、俺、ちょっとスパーク国に用事があるんだけど」
「はぁ? スパーク国? 高速馬車で2日かかるぜ?」
「うーん、転移なら……」
「ダメだ! 今のカオルが単独で行くには、スパーク国は危険すぎる。それ以前に、そんな長距離の転移は、核の傷を悪化させるだけだ」
ドムは、かなり本気でキレている。
(心配性だな、コイツ)
風車の下の扉が、ギィイッと開いた。ドムの息子ダンが振り返ったが、何も見えないようだ。咄嗟に隠れたからな。
「もう、登ってきやがったな」
ドムは小声で呟くと、風車の方へと近寄っていく。そして、バンッと扉を開いた。
「あれ? 誰もいないな」
(必死に隠れているからな)
「おーい、ドム、帰るぞ」
「あぁ、そうだな」
俺達は、浮遊魔法を使って塔から飛び降りた。魔王の配下が慌てる様子を見て、ドムがケラケラと笑っていた。




