76、ムルグウ国 〜ムルグウ兵を追い払う
「ガハッ!」
俺が力を込めてブンと剣を振った衝撃で、斬りかかろうと駆け寄ってきた兵が数人、吹き飛んだ。
そして地面に倒れ、ポタポタと血を垂らしている。
(当たってないよな?)
だが、倒れたムルグウ兵の鎧まで、斬ったような傷が付いている。
「クッ、お、おまえ、なぜ真空波を使う!?」
「雑種ではないのか!」
(は? 何だ、それ)
俺が、一振りしただけなのに、ムルグウ兵は動きを止めた。
「単騎で攻め込んでくるとは、もしや、どこかの魔王か」
(は? 攻め込んできたのはおまえらだろ)
「ま、マズイぞ。城を攻める口実を与えてしまう……」
「魔王なら、人間の村になど……」
「ということは、魔王の配下か。真空波を使う配下がいるとなると……」
奴らは、なんだかんだと意味不明なことを言いながら、どんどん青ざめていく。
その様子に、助太刀をしようと身構えていたマチン族の二人は、剣を鞘に戻している。ドムは半笑いだな。もうひとりの男は、ゲンナリしているようだ。
(つまらないな)
一振りで、何かを巻き起こしてしまったらしいが……それだけで、ここまでビビられては、何も言う気になれない。
「どの国の……いや、ムルグウ国へは、どのようなご用で……」
背後にいた指揮官らしき男が、近寄ってくる。魔導系の兵を伴い、バリアか何かを張らせているようだ。
(死にたがっているくせに、ビビるのか?)
あー、そうか。魔王ムルグウの害になることをして死んだら、魂は格落ちするのかもしれねーな。
チラッと、レプリーの方を見る。
やはりコイツは、村の住人を守ろうと必死だな。だが、この村はもう、魔王ムルグウが放っておかないか。
おそらく俺が居なくなると、ムルグウ兵は再び潰しに来るだろうな。潰してはいけないと思わせない限りは……。
(仕方ないな)
「あ、あの……貴方様は……どの国の……」
指揮官は、俺が黙っていることに焦り始めたようだ。俺がどの魔王の配下かを、必死で考えているようだな。だが、彼が思いついた魔王は、魔王ムルグウより格上なのだろう。
媚びへつらうような、鬱陶しい笑顔を貼り付けている。
「はぁ? 俺の顔を知らないのか?」
俺は、指揮官を睨みつける。
「えっ、あ、そのような潜入用の軽装を纏われていると……」
指揮官の額には、【無害】の文字と、大量のあぶら汗が光っている。この文字が溶けてしまいそうなほどの汗だな。
俺は、怯えるムルグウ兵を見回した。俺と目が合うことを恐れているのか、皆、俺と視線が合わないように目を逸らす。
「俺は、魔王ではない。魔王の配下でもない」
俺がそう言うと、ムルグウ兵の表情が変わった。一気に表情がゆるむ。それと同時に、敵意を向けてくる者もいる。
(死にたがりが、復活か)
「そうか、それなら何ゆえ……」
「俺は、ムルグウ城に滞在している。枕カバーが肌に合わないから、タオルを買いに来たまでだ。おまえらは、それを邪魔している」
指揮官は、頭から血の気が引いたらしい。だが、疑惑を抱く者もいるようだな。簡単に知らない者の言葉を信用できないのは、当然だ。
「そ、それでは、貴方は……」
「おまえに名乗るつもりはない。知りたければ、魔王ムルグウに尋ねてみればいい。しかし、感じ悪りぃな。もう、ムルグウ城に戻るのはやめようかな」
俺は、表情から笑みを消し、ポツリとそう呟いた。
バタッと、指揮官が伴っていた魔導系の兵が倒れた。ムルグウ兵達が、パッと俺を見る。怯えた表情だ。
(俺は何もしてねーぞ)
真顔の俺は、おっかない暗殺者のような顔なのは、わかっている。睨みつけるよりも、無表情な顔の方が怖いのか?
突然、指揮官が座り込んだ。
(は? 土下座か?)
「お、お許しください! 城へ、城へお戻りください! アウン・コークン様!」
あぁ、念話か何かで、連絡を取ったか。ふぅん、それほど天界人の置き物が大事か。まぁ、俺も仕事だしな。
「俺は、その名前は嫌いだ。カオルと呼ばれている」
「ヒッ! も、申し訳ございません、カオル様! 何とぞ、どうか……城へお戻りくださいませ!」
指揮官は、必死の形相だ。
俺が視線を移すと、他のムルグウ兵も、土下座を始めた。なんか、あの時代劇みたいな展開だな。
(印籠は出してねーぞ)
「俺は、まだ買い物の途中だ。おまえらこそ、城に戻れ。俺の邪魔をするな!」
「は、はい! あ、あの城へは……」
「くどい! 買い物が終わったら戻ってやる。さっさと帰れ!」
「は、ハハァッ!」
ムルグウ兵は、慌てて立ち上がり、撤退を始める。だが……。
「おい、おまえら、怪我人を置いていくなよ!」
「ヒッ! は、はい」
倒れている数人に、死人はいない。だがムルグウ兵は、見捨てるつもりだったらしい。
俺は、ふと、この村に手を出すな! と言おうとした言葉を飲み込んだ。下手なことを言うと、俺とレプリーの関係が知られることになるかもしれない。
そうなると、魔王ムルグウが自分の保身のために、この村を利用する未来しか見えない。
ムルグウ兵が撤退していくと、村には血の臭いが残った。
「レプリー、少し、地面を洗浄しておく」
「は、はいっ!」
ワクワクした笑顔のレプリーに微笑みを返し、俺はオリジナル魔法であるクリーニング魔法を使って、付近を洗い流した。
(意外に使えるな)
「カオル、おまえ、やっぱ強いな」
ドムが、何かツボにハマったのか、ゲラゲラと笑いながらそう言った。
「だが、シルバー星に行くと、このザマだぜ?」
俺が胸を指差すと、もうひとりのマチン族が神妙な表情を浮かべている。シルバー星がヤバイと、伝わったらしい。
「カオルさん! ありがとうございます!」
レプリーは、キラキラした笑顔を見せた。この笑顔を守ることができて、よかった。
ドムの息子のダンが、たくさんのタオルを抱えて嬉しそうにしている。この村の特産の品質は高いのか。
そして、俺達は、レプリーの村をあとにした。